第17話 Trigger Fish




 涼太は店から帰ると、いつもの様に目覚まし時計のお椀の上に氷を置いた。

そして鞄から出した食材をキッチンへと持って行く。

ぺペンギンは、いつものように目覚まし時計から出て来て、両目を3倍くらいに開いて、今か今かと晩御飯を待っている。

涼太は食材を捌き終わると、目覚まし時計のお椀へ乗せるために食材を持って行く。ぺペンギンの目が更に大きくなる。

まるで、ガルルルー、と獲物を見つけた野犬のように唸り出しそうな勢いだ。

さっきまで潤んでいた目が別の輝きに変わっている。

涼太は、今度は自分のジャンクフードを鞄から出して食べ始める。

今夜は、賄い料理を開店前に食べれたので、ほんの夜食程度の量のジャンクフードだ。


 と突然、


「何なんこれ、めっっちゃ美味いやん、なぁ、なぁ、この子、何んて言う名前なん?なぁ?」


 最近では、これも日課に近い。ぺペンギンは、新しい食材を食べると、必ずしつこいくらいに名前を聞きたがる。


「トリガーフィッシュ、です。日本語でカワハギっていいます」


「そうかぁ、カワハギちゃんかぁ、君、カワハギっていうん? ええ名前やねぇ」


 などと矢鱈に魚を褒めるのも恒例である。

涼太は頃合いを見計らって、ぺペンギンに声を掛けた。


「先日は、ありがとうございました。おかげで俺が店で出してもいい料理が増えました」


「ええよ、ええよ、そうやって、ちゃんと挨拶できる子は成功するねん」


「・・・・・・・・。」


「どうしたん?」


「・・・・・・・・。」


「何なん?」


「・・・・・・・・。」


「焦ったい奴っちゃなー。早よ、言うてみいや」


「じゃ、いいですか?」


「何んか、鬱陶しなってきたわ、早よ言うてくれへん」


「今度、いつ、一緒に出勤してくれますか!」


「・・・・・・・・。」


「・・・・・・・・・・・。」


「お前アホやろ、て言うか。アホのなかのアホ、ザ グレート ドアホ オブ ザ イアー! じゃ」


「えっ」


「ちょっと褒めたったら何調子乗っとおんねん! このボケが! お前の脳味噌の何処を通って、そんな言葉が出てくるんじゃい。一回教えたったら、もう終わりじゃ! 後は自分で考えんかい!」


「然し」


「然しも、お菓子も、ようお来し、もあるかい!」


「・・・・・・・・。」


「何やねん?」


「・・・・・・・・。」


「せやから、何やねん?」


「煮付けの」


「味付けか?」


「はい」


「あのなぁ、そこは自分で越えるべき壁やろぉ」


「でも、何年かかっても駄目なんです」


「あのなぁ、てか、お前、自分の料理に、自分自身に、自信持ち過ぎちゃう?」


「そんなこと、ありません」


「それは嘘やな、日本料理の原点は此処にあり!みたいな感じで本気で何かを変えよう、自分自身を変えよう、そんな気持ちが無いように、ワイには思えんねんけど」


「それは! いえ、はい、そうかもしれません。済みません」


「素直でよろしい。ほな、今回だけやで、今回だけ特別にやで、その素直さに免じて、少しだけヒントをやるわ。ただし、和食の味付けやないで。ワイは基本、鮮魚やさかいな」


「はい、お願いします」


「例えばや、関東風の蕎麦屋が、関西に来て、これこそ本物の蕎麦です!言うて売れると思う? 関西には関西の出汁の旨さがあるやろ? 世界で言うたらピザかってそうやと思わへんか? 日本のピザは生地がフカフカでチーズたっぷりや。でも本場のピザは、生地がぺったんこで、チーズが乗ってないやつもある。そやろ? そんなピザを日本で売ってる奴が、ピッツァ、とか言うて自慢げな顔してると思わへんか? 今のお前にそっくりやないか? お前が求めてるもんと相手が求めてるもんが違うんや、っていうことに全然気付いてへんやん。これぞ日本料理だ!って言うても見向きもされへんかったら、それは単なる独りよがりやろ。ええか、ここはアメリカなんや。ブルックリンなんや。それを忘れるな。ええか、ここはアメリカや! 頭に叩き込んどけ」


「考え直してみます」


「分かったら、それでええよ」


「はい」


「よろしい。で、ワイ、ちゃんとヒントあげたよな?」


「はい、ありがとうございます」


「よし、そこで、相談や」


「何んですか?」


「あのね、ちょっとでええねんけどぉ、シングルモルトォ、のぉ、ウイスキィー、手に入らへん? ほんのちょーっと、でええねん。ポケットサイズのやつあるやろ? ちーっちゃいやつ、な?」


「ぺペンギンさんのポケットサイズですか?」


「わーい、ちっちゃいのねー、ってアホか! どんだけちっちゃいねん!」

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