第16話 Tempura
涼太は、早速、天麩羅を二人の板前に試食してもらった。
食材は、蒸し加減が生きてくる野菜を使った。
いつものように野菜に強力粉を
その後、天麩羅粉に食材を通す、薄力粉は殆ど解いていない。
卵の量も多すぎず、少なすぎず。
そして、いつもの温度で食材を油に入れた。
丁度良い加減に揚げ上がったところで、和紙の上に敷いて余分な油を落としながら、時間を待つ。
その間、板長は目を瞑って仕上がりを待っている。
副板長は、涼太が料理を作り始めた時から、涼太の手捌きをじっと見ている。
程よい時間になると、充分に蒸された天麩羅に塩を軽く塗し、別の皿に盛り付け、二人の板前に差し出す。
板長は、涼太の作った天麩羅を黙って受け取ると、箸を使って口に入れる。
サクっと良い音がする。
その音に釣られるようにして副板長が天麩羅に箸を持って行く。
暫くして、店長が涼太に声を掛ける。
笑顔も無く、苦い表情でもなく、全く感情の現れていない顔だ。
「涼太、ここへ来て何年になる?」
料理以外の細かいことに無頓着な涼太は、ここで、この国で、一体、何度、寒い冬を越して来たのか。とても長かったような気がする。
感慨深く黙っている涼太を見かねて副板長が助け舟を出す、
「グレート、リョウタ、ヨクガンバタネ」
青い目をした副板長が真剣な眼差しで、日本料理と同時に苦労して覚えた日本語で言った。
「うん、これなら、うちの店で出しても恥ずかしくない料理だ」
「ソウネ、リョウタ、モリツケ、ジョウズネ、クフウシテダスト、カンバンリョウリネ」
「おいジャック、それは言い過ぎだ」
やっと板長が笑った。
「ヨクガンバタネ、ホントウヨ」
と副板長も笑う。
青い目をした副板長は、店長に一から手解きを受けてきた。
何も教えてもらえない涼太を時々横目で見ては、伝授したくなる衝動を抑えて、これまで共に料理をして来た。
「ワタシ、ジャック・ジーン、イイマス。ワショクスキデス、ワショクオボエタイデス」
やっと覚えたであろう日本語を使って、飛び込みで入って来て自薦する外人を板長は快く受け入れた。
フィッシャーマンズワークで働いてきたジャックではあるが、鮮魚で出す魚の捌き方など誰にも習ったことがない。
そんなジャックに板長は他の料理も全て細かく教えてきた。
然し、涼太には、頑として教えようとはしなかった。
板長なりの考えはあるのだろうと思うのだが、全てを教えて来てもらったジャックには、後ろめたさのようなものも芽生えていた。
それだけに、何かを伝えたい、全てで無くても良い、ほんの少しのヒントだけでも伝えられたなら、そう思うと返って寡黙にならざるを得ない。
そんなジャックだから、涼太の天麩羅を食べ終わる前に、涼太の手を両手で包んで、はっきりと言った。
「ヨクガンバタネ、ホントウヨ」
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