第5話

 成る程、ぺペンギンの言うことにも一理あるなと思った。

自分らしくというのは、ある意味で単なる我儘と捉える事もできる。

自分らしく生きるためには、自分らしく生きられる仕事を選ばなければならないのだろう。

組織の中で生きるということは、相手が何を欲しているのかを気付けるだけの余裕であるのかとも思えてきた。

おかげで最近は、上から叩き落とそうとする連中も少なくなってきたし、下から引きずり落とそうとする輩も少なくなってきたように思える。

以前の私は、上から叩きにくる連中は、自分が追い越されたくないからだと思っていた。

確かにそう言う連中も少なくはない。

また、下から引きずり落とそうとする輩は、自分に実力が無いから、告げ口、讒言で相手の評判を落とすことでしか、自分を引き立てる事ができない程度の低い人間だと思っていた。

しかし、相手が何を望んでいるのかを知ることによってある程度の回避はできるものだと知った。

其れでも私には絶対にできない事もある。認められたい為だとか、出世したいが為に上司の要望を理解してあげよう、などはどうしても出来なかった。ここは、これだけは、自分らしく、をやり通したいと思った。ぺペンギンに言うとまた「お前、アホやろ」と言われそうなので黙っている。


 そんな感じでぺペンギンとの共存共栄も続いている。

順調とは言えないが。


「お前なぁ、昨日のシラス2匹足りんかったで」


「済みません」


 またある日は


「お前なぁ、これは無いんとちゃうか。シラスの代わりに、めざしって、めっちゃ乾燥してるし、めっちゃ硬いし、此れって、へたしたら胃に穴開くで。いや、其の前に顎はずれるやん。シラスの代わりは縮緬雑魚や言うてるやん、何、勝手な自己判断してくれてはるん?」


「済みません」


 こんな事もあった


「アホか、お前! 氷作るん忘れてたからいうて誰が氷の代わりにドライアイス置いてくれ言うたん? アイスクリーム買ったついでに付いてきたドライアイスで済まそうって、ちょっとシャレきつうない?」


「済みません」


「てっきり氷や思て抱き着いたら、くっついてもうて離れられへんようなってもうたやん。何んでワイがこんなところでドライアイス相手にメロドラマみたいな演技せなあかんの? ええ加減にせえぇよ、このドアホ!」


「申し訳ありませんでした」


 ぺペンギンは私に一度も謝った事がない。これからも無いだろう。多分、いや、絶対だと思う。


「しまった!」と言う素振りを見せたことはあるが「しゃーないやん」で済まされてしまう。

私が「しょうがないじゃないですか」などと言おうものなら、一体どれくらい説教されるのであろうか。面倒くさいから謝ることにしている。


 そんなある日、腑が煮え繰り返るほどの出来事があり、怒り心頭で会社から帰った。

部屋に辿り着くまでに立ち飲み屋で酒を浴びるほど飲んだ。

私の浴びるほどとはビール大瓶3本である。

部屋ではぺペンギンが窓際に腰掛けて煙草を吹かしている。

何か言われると余計に気分が悪くなりそうだったので、その日は黙って布団を敷いて横になった。

ぺペンギンは2本目の煙草に火を付けながら呟くように言った。


「よっぽど嫌なことあってんなぁ」


「・・・・・・・・。」


「ほんでもなぁ、そないな飲み方は良うないわ」


「・・・・・・・・。」


「何もヘベレケになるまで飲むな、言うてるんちゃうねんで」


「・・・・・・・・。」


「なんで誘うてくれへんねん。そらワイは外で一緒に飲まれへんけど、此の部屋でやったら、なんぼでも付き合ったれるやん。そん時くらい、何んも言わんと黙って話し聞いたるやん。今度から一緒に飲もな」


「・・・・・・・・。」


 私は布団を頭まで一気に被った。酔いが回っているせいか、私は布団の中で泣いた。


「こんな時に急に優しくなるなよ!」と心の中で呟きながら泣いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る