第3話

 私は自分の部屋でいつの間にか眠ってしまっていたようだ。


「こら、起きんかい」


 え、なんですか?何か聞こえましたけど。


「いつまで寝とんねん、って言うとんねん」


 一体何が起こっているの?

私は狭い部屋の中をぐるぐると見渡したが、誰かが居る筈もない。

いかん、昼間から飲んだのがいけなかったのか? 然も調子に乗って「もう1本下さーい」がいけなかったのか?


「お前、ええ事教えたろか」


 なんですかー、やっぱり声が聞こえるんですけどー!


「おえ、こっちや、こっち見たらんかい」


 幻聴だ、これは幻聴だ、しかも結構危ない状態かもしれない。

あの店のおばちゃん、コロッケ定食に何か仕込んだか?そんな訳が無い。


「お前、なに独りでぶつぶつ言うてんねん。どうでもええけどやー、こっち見たれや」


 言われるがままに、声のする方を見てみると


「うわあーあーあー、目覚まし時計が喋ってるじゃないですかー」


「アホかお前、時計が喋る訳ないやろ」


「ですよね、ですよね、そうですよね」


 で? じゃ、誰がしゃべってるの?

もしかして私が寝てる間に誰か不法侵入してきたの?



「せやから、さっきから、こっち見ろ、言うてるやろ」


 やばい、と思いながらも私は恐る恐る時計から少し視線を逸らすと、其の横に!


「うわーあーあーあー、ぺ、ぺ、ペンギン、ぺペンギンが、ぺぺンギンが喋べ、喋ぺ、ぺ」


「どないしたんや!ぺペンギンがどないしたんや!」


「ぺ、ぺ、ペー、ペー、ぺ、ぺ、ぺ、ぺ」


「あのー、お取り込み中に済みませんけど、それ何処の国の言葉?」


「ぺッ、ペぺ、ぺッペー、ぺ、ぺ、ペー、ペー」


「よしわかった、分かったから兎に角、落ち着け、そして然るべき後に日本語を思いだせ!」


「ぺー、ペー、ペー、あははははー、ペー、あははははー」


「こらあかんわ、こいつ。口から泡吹いとるやん」


「ぶくぶくぶくぶく・・・・・・・。」


 私は、気を失っていたのか?


「うっ、うーん、」


 まだ、ぼーっとしている。


「起きたか?」

 

 いかん、まだ幻聴が続いているぞ。

私は声のする方へゆっくりと首を回して見てみた。

やはり目覚まし時計の横にペンギンがいて、しかも嘴から煙を吐き出している。

片方の手?翼?で頬を支えて横になっている。

もう片方の翼は指が無いにも関わらず器用に翼の先っぽで火のついた楊枝のようなものを掴んでいる。

とうとう本格的な幻覚も見え出したようだ。

無視しよう。

いや、病院に電話したほうが良いだろうか?笑われたらどうしよう?「もしもし病院ですか?」「どうされました?」「家でペンギンが煙草を吹かしてるんですけど」だめだ、全然だめだ。こんなことしたら逆に通報されるだけではないか!まるでダメ

だ。


「なぁ、さっきから何をぶつぶつ言うてんの?お前、独り言好きやなぁ」


 無視だ、とにかく無視しよう。


「えーと、晩御飯にしよーかな」


「あー、参考のために言うといたるけど今何時か知ってる? 晩御飯には遅すぎるし、明日の為に早よ寝たほうがええんちゃう?」


 なんか、いちいち気に触るんですけど、この幻聴。


「えーと、シャワーでも浴びようかな」


「なぁ、念の為言うといたるけど、もう夜中の2時過ぎてんねんし、まじ早よ寝たほうがええんちゃうかなぁ」


「ええーい、うるさいわ! このぺペンギン野郎奴が!」


「やっと会話になったやん」



「なぁ、お前さぁ、何んか悩み事でもあるんちゃう?」


「そんなものはありません」


 いみじくもだんだん会話になって来ている。

違う! 気持ちに反して会話になっているではないか!



「ところで、明日朝、何ん時に起きるん?」


「七時くらいには起きたいと思ってます」


「そうかー、ほなら朝の七時に起こしたるわ」


「えっ、起こしてくれるんですか?」


「一応役目やしな」


「目覚まし時計の役目っていう事ですか?」


「お前、此れ何んに見える? 目覚まし時計以外に何んに見えるん? ちゃうもん言うたら腰抜かすで。まぁ、明日だけは起こしたるわ」


「明後日からは起こしてくれないんですか」


「当たり前やろ、まだ時給貰うてへんで」


「時給って何んですか、時計の針を動かすのに時給が発生するんですか」


「なぁ、まさかタダ働きさせよう思てんちゃうやろな、お前、太い奴っちゃなー」


「済みません、えーと、そのー、いくら要るんですか?」


「金は要らん、此の時計の上にお椀が二つ有るやろ? 此処にシラスを30匹ともう一個のお椀には角氷を三つな」


「お椀て? 此れベルじゃないんですか?」


「お前なぁ、上向いてるベルって見たことある? ベルが上向いてたらお経の時の「チーン」いう鐘のことやん。

そんなん鳴らされたら永遠に寝てまうやん、もう二度と起きてくる事ないやん。

目覚まし時計やのうて、永遠におやすみなさい時計やん。

ええか、明日仕事から帰る途中にシラスやで、まぁ無かったら縮緬雑魚でもええさかい、ちゃんと近所のスーパー寄って来るねんで、買うて来なストライキ起こすからな」


 しかし、上を向いているからお椀だと言われても金色のお椀も、また其れは其れで何んだかなと思うが、そこは黙って別のことを聞いてみた。


「氷なら冷凍室に出来ていますけど、今飲みますか?」


「アホ!氷はワイの抱き枕や」


 何んとなく思うのだが、私はアホなのか?それとも此の会話事態がアホではないのか?

よく分からないままに私は布団の中に滑り込むと、またぺペンギンが喋りかけてきた。


「なあ、早よ寝たほうがええで」


「あ、はい、何んか眠れなくて」


「今日のこと、びっくりしてるん?」


「勿論です。でも、うーん、眠れない理由はちょっと違うかもしれません」


「ほな、明日の仕事?心配なん?」


「はい、どちらかというと、そっちかもしれません」


「そうかぁ、ほな聞くけど、その仕事してるんは誰なん?」


「其れは私じゃないですか」


「其の私って奴は、何日の何処の誰なん?」


「其れは明日の仕事場に居る私じゃないですか」


「其れって、今、ワイと話してるお前や無いわな」


「そりゃ、そうとも言えるかのかなぁ、かもしれません」


「って言う事はやで、今ワイと話してるお前が心配してもしゃーないんちゃう?」


「どういう事ですか?」


「なぁ、明日のお前を信用してみたらどうや」


「え?」


「きっと、明日のお前が解決してくれるんちゃうかな。もっと自分を信用してあげたほうがええんちゃう。今心配してるお前よりも、明日現実を前にして立ってる自分のほうがずっとかマシに働いてくれるんちゃうかな。今心配しかでけへんお前よりも現実を前にしてる明日のお前の方がよっぽど頑張るはずや。そう思わへん?」


「何んとなく」


「解ったら、早よ寝え」


「おやすみなさい」


「早よ寝えや」


「・・・・・・・・。」


「シラス、忘れるなよ」


「・・・・・・・・。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る