エピローグ「hidden history」




私が未楽せなさんにアーブストルク小戦争について伺ったのが、もう十年も前のことになる。


 それ以来、私は止国についてどうしても知りたくなり——ありとあらゆる文献を読み漁った。


 しかし秘匿気味だったその国についての情報は乏しく、何も分からずじまいと言ったところだった。


「湊おじいちゃんの言ってた博物館って…これのことかな」


 結果、私は最終的にここ"止国歴史館"に行き着いた。歴史観と言っても一般人が観光感覚で来れるような場所ではなく、過去の古城や世界遺産のような扱いを受けている。



「童楼瑞希様、お待ちしておりました」


 黒いスーツで背の高い男の人が、私を出迎えてくれた。


「あ、はい、今日はよろしくお願いします」


 童楼の名を出した途端、私はあっさりと入場を許可されたどうやら、ここの創設者と私のおじいちゃんは知り合いだったそう。


 止国歴史館、その広間には大きな石碑が置いてある。


 私は、"レーリ・クラーク"——彼女のことをどうしても知りたかった。

 

 止国最後にして最大の功労者、今はそう呼ばれている。



 

「レーリ…レーリ…あった」


 石碑に刻まれた名前を見つける、確かに"レーリ・クラーク"。その名前は刻まれていた。


 規則的に並んでいる様子はないその名前の羅列に、その名前は亡くなった順番に刻まれていることに気が付いた。


 


 レーリ・クラークと刻まれた一つ上の名前を読み上げる。


「和束優…テイーストルクの名前よね…どうしてこの石碑に…」


 その二つ下にも目をやった。


「ロボ…ハン…?」



 なんとなく、その二つの名前を不思議に感じ、歴史館内の資料を読ませてもらおうと私は案内人の訪ねた。


「すみません、この二人の方って…」


「ロボハン様、和束優様ですね」


「はい、これ止国の石碑なんですよね?」


「和束優様は止国を監督する立場にあった和束家の一人で、総督であった和束りえ様の弟に当たります」


「なるほど…」


 どうして止国兵になったのか、その理由は語られなかったので特に聞くつもりはなかった。


「そして、レーリ・クラーク様の夫に当たります」


「そうなんですか!?」


 驚いた、そもそも結婚していたと言う事実に私は動揺を隠せずにいた。


「ロボハン様はそのお二人のご友人、理由は複雑ですが…名前がなかったために今はこの名前を、和束優様がつけられた名前を刻んでおります」


「はぁ…そういうことだったんですね」


 私はそこで疑問に思うことがもう一つ増えた。この案内人はここにある名前全ての人を記憶しているのだろうか、と。


「あの、他の人のことも教えてもらえますか?」


「…残念ながら、私が存じているのは四人だけ、これ以上は私にも分かりかねます」


「そうですか…なら、その四人目について聞いてもいいですか?」


 その人は"四人"と言った。石碑に刻まれたうちのレーリ・クラーク、ロボハン、和束優、今語られたのは三人。


「えぇ、私の最もよく知る方です」


 案内人はそのまま石碑から目を背けた。


「あの名前…は?」


「そこには刻まれておりませんよ、まだご存命でいらっしゃいます」


「ということは…」


 私は察しがいい、というよりは頭の回転が早いのだろう。自分でも思った。


「リラ・リン様、この止国歴史館の創設者にいらっしゃいます」









「手紙、ですか?」


 案内された部屋で渡されたのは、綺麗に包まれた封筒だった。


「残念ですが、リラ・リン様も多忙なお方で今日は席を外しておられます…しかし童楼家の方が来られると知って手紙だけでもと」


「今、読んでもいいですか?」


 封筒を開け、ひたすらに綺麗な文字を読み進める。





 数行読み進めたところで、私はその手紙を封筒に戻して鞄に入れた。



「…あの、今日はありがとうございました」


「もうよろしいのですか?」


「はい、少し行きたいところが」








 電車に揺られて行き着いた駅の改札を飛び出て、電話で予約したタクシーに乗り込んだ。


 車は海だけが見える橋を延々と走る。


 何故、私自身こんなに急いでいるのか分からない。どうしてもそこに行きたい。

 

 私は人一倍、衝動的な人間なのを知る。





「着きましたよ」



「ありがとうございます!」


 カードをタッチして素早く決済を済ませ、タクシーから降りる。


 降りたところにあったのは石の階段、山の上に続いている。


 息を切らしながらその階段を駆け上がった。一心不乱に走った。





 


 山頂に着いたのは走り始めてから二十分ほど経ったころで、肺が悲鳴をあげている。


「はぁ…はぁ…」


 海が広がり続ける景色の背後に、いくつかの墓石が置かれている。


 その中央にある墓石に刻まれている名前を見て、私の不安定な考えが確信に変わる。



 "レーリ・クラーク"


「…やっぱり」



 止国跡地、ここはそう呼ばれている場所。今はテイーストルク政府が管理している領地である。


 もともと、ここには"止国"という国があった。


 私が渡ってきたひたすら長いあの橋も、止国解体後に建設されたもの。



「…あ」



 墓石の前に、花が添えられていた。それも最近添えられたような綺麗な色をしている。


「これ、ハナニラ?」


 白くて綺麗な花、あまり墓石の前で見る花ではないような気もした。


 普段、ここは人が来るような場所ではないし、来ても一年に数人ほどらしい。


「…そっか、やっぱりここに来たんだ…」





 何故か、その人に会ったような嬉しさになった。止国について知る、今日はあまり進歩はなかったけど———それ以上に得るものは大きかった。



「また、来ます」




 








 『童楼瑞希さん、今日は歴史館に訪れてくれてありがとう。


 直接あなたに会えないことを悔しく思います、ごめんなさい。


 普段の仕事なら、断ってでもあなたに会うつもりでした。ただ一年のうち、今日だけはどうしても離せない用事があったのです。


 私が毎年、大切な人に会いに行く日。誤魔化さずに行ってしまえばお墓参りです。


 何度訪れたかはもう忘れてしまったけど、今日がその人の命日であることだけはしっかりと覚えているんです。


 




 脱線した話でごめんなさい、今日あなたが来てくれるまでこの止国歴史館を公開する決心がつかなかった理由がありました。


 止国について、あの記憶を世界の人たちに知ってもらうことが良い方向へと向かうのか、悪い方向へ転ぶのか——正直不安だったのです。


 決心がつきました、良い悪いは私が決めることではなくこれから生まれてくる子供たちが決めることであると、忘れていたのです。


 結果的に私たちのやってきたことが正しいのか、それは歴史に決めてもらうつもりでいたのに、いつまでも答えが出るのが怖かったのかもしれません。


 勝手ですが、あなたのような人がいると分かった今———託したくなりました。


 


 


 答えを出してほしい、それが私の最後の願いです。


 私がその答えを知る必要はありません、あなた達が歩む未来の先で、その答えからなにを見出すのか——あなた達自身で見てほしいのです。


 そこに幸せがあるとは限らないけど、きっと新しい答えの糧になるから。




 ありがとう。


 リラ・リン』
















 墓石の前で風に揺られているのは、かつて小さな少女だった一人の女性。


 もう動かすことすら一人では難しいほど融通の効かない体でも、彼女は毎年ここにやってくる。



「レーリさん、結局まだ答えは出ていないけれど…正しいかは分からないけど…"間違いではなかった"そう思えることが今日ありました」


「止国のことを知りたい〜って歴史館に来てくれた子がいたんです、童楼家のお嬢さんらしいですよ、またナレイさんが喜びますね」


「私、一人ぼっちになっちゃったなぁ…って思ってたんです…一人でも大丈夫だと思っていたけど、それはいつでも頼れる人が遠くにでもいてくれたからなんですね」


「また、レーリさんに会いたいです…もう少しだけ待っていてください…もう少しだけ、今の子供達に託しておきたいものがあるんです」


 そう言って彼女は、思い出の白い花を添える。



「来年には直接会いに行けるかな…」




 その時の彼女の顔は、少女だった頃の昔となにも変わらない。





「ありがとう、レーリさん」





 彼女はゆっくりと重い腰をあげて、墓石に背を向ける。




「行きましょうか、ラステンクス」



「———はい」








『終幕』


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Country to stop. クラゾミ @KURAZOMI

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