DEADCOPY

 狭い部屋だ。二人住まいに丁度いいが、いかんせんこの季節だ。夜は冷える。 

できれば先に部屋を暖める役が欲しいところだが、今回は私が先だった。

日付が変わるまで、あと一時間もない。だから言ってやる。


「遅かったわね」

「5分も待たせてないだろ」


 即座にバレた。まぁ帰宅中連絡し合っていたし、そもそも勤務先がほぼ同じだ。

ともあれコンビニ総菜を展開、彼の荷物を手早く強奪する。

「白ラベル、あの酒屋にしか売ってないのよねぇ。干上がるところよ」

「店主のコダワリに感謝だな。地域限定らしい」


 聞きつつプルタブを起こし、缶を呷るといつもの苦み。

「じゃあしばらく呑み放題、と」

「ありゃ。あの話、請けたのか」

 彼もパックを取り出す。紅茶派だが、こだわるタチでもないらしい。

「北への転勤……」

「払いがいいのよ。技術屋向きだし」


 そうなると、と彼は麺のトレーを開く。

「ラグいな。俺はこの辺でしばらく“仕事”だよ」

 あら。

「追ってくるの?」

「そりゃなぁ――」

 麵が啜られ、

「10年飽きん味だよ」

 

 かなり気に障ったので、即座にミートソース紅茶味をお裾分けしていただく。

 背は近い。顎を引っ掴むだけで事足りた。



7月27日 4時44分

胸の痛みで目が覚めた。


 頭を上げて見渡せば、154cmにはデカすぎるいつものベッド。

湧き出る感想もいつも通り。つまり、


――また現実的な夢を!! 


 この手の夢は初めてではないし、最後でもないだろう。

もっと直截的な段階に進んだこともあるが、それでも夢だとはっきり分かる。

なぜなら、


――実際試したからよね。


 コンビ組んで5年くらいでなんとなくそういう空気になった。

なったのだが、いかんせん身長差が30cm近くある。

しかもこちらは脳力特化ノイマン絡み、相手は肉体変幻エグザイルだ。

結論から言って根競べになり、めんどくさいので禁止扱いになった。


 夢のほうの原因も当然こちらにある。自分の人格は複数人のだ。

そこに任務用の基礎知識を練り込み、鍛造することで戦闘力を増す。

もとは野良超人を戦わせることに悲しんだ貴人アホが考案したらしいが、いくらなんでも倫理委員会からは逃れられなかったらしい。結果として、


――病の側面に潜るたびに、人生のカクテルを観るハメになった。


 あたしは天才だ。少々の情景シーンがあれば、その人間の歩んだ物語シナリオを逆算することはたやすい。だが問題は自分の脳のことなので、つまり超現実的な夢を多重に観ることになる。


 まぁよい。来るタイミングがわかれば対処は可能だ。

前回など酒飲んで臨んだらゾンビパニックで、電動工具で千切っては投げだった。 

とてもよい。とてもよいがよく考えると直前の任務がソレ系でつまり今回は、


――結婚願望……!!



 そういうことだ。夢は現実に影響される。

男女のコンビで10年。よく見る夢の境遇に近くなったが、形式上そういうことにしておくと色々便利だ。福利厚生も効く。

しかし、


――幼形成熟ネオテニーが面倒。


 学生として社会に適応するためのものだ。

オーヴァード化する人間には、ストレスに晒される若者が多い。

故に年近いエージェントを送り込み、めくるめく現代異能の世界に引き込むのだ。

だがあたしが素性を明かすと、大抵泣いて記憶処理と還俗を望まれる。なぜだ。


――詐称カヴァーの時点で、叔父として紹介しといたのにね。


 ともあれパッと見犯罪だ。

外見15歳と実年齢38歳はマズい。彼が若造りしていようが問題だ。問題だが界隈では一般的な組み合わせなので、“試して”から数日考えて、打診してみた。結果、


――まさか養子縁組を勧められるとは。


 天才故に順序が色々逆なのが分かって、あとはズルズルそのままだ。

今、となりに彼はいない。



 一時間経った。


 眠気は神経を多少弄れば吹っ飛ぶ。とりあえずこのまま高校へ行くことも、高校生のフリをすることも問題ないだろう。“ラストガール”の通った場所への潜入命令は、解かれていない。


 いつも通りの任務だ。ここ10年、彼と組んでから数百と繰り返したもの。

“捕獲”と“抹消”の差はあれど、表社会から人間を一人切り離す所業に変わりはない。

昨日と同じ今日、今日と同じ明日。それを維持するための戦いだ。けれど彼女は、


――暴走個体ジャームじゃなければ、マジで即採用もの。


 雑なものだったが、若い絵図ヴィジョンがあった。どの組織からも隠れ通すことのできた原因は不明だが、それも一種の天運だろう。異能のレベルに至っては、瞬間的に。しかしなにより、


――あの子、最期まで戦ったわよね。


 夢見る若者たちがいまだ前線で戦う理由がこれだ。

現実をいまだ精確に認識せず、しかし大脳の発達しきったティーンエイジャーの異能は強い。それこそなんの強化措置も受けず、一種の英雄となるほどに。

 いずれ、自分はとって変わられるのだろう。単機能特化型の宿命だ。


 その頃には、彼はより相応しい者を得るのだろうか。ならば、は、退くべきだ。なんせ、


――培養器から出て10年、この姿だもの。



 あたしには育った過去も、老いる未来もない。


 生きるということも、死ぬということもない。


 昨日と同じ今日、今日と同じ明日が、ただ続く。

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Dawn of the Undead カナブン @kanabunox

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