第5話 『実り多きものでありますように』
ウツホラキリは黙して語らず。
精霊に語りかけることで、その力を借りて術を発動することのできる、
ワシの知っとるツクモガミは、夜中になると、月の光を浴びて動き出すそうじゃが、その刀は、普通のツクモガミ……普通のと呼ぶのもおかしな話じゃが、それとは、ちぃっとばかし違ってるようじゃのう。
まるで、刀に精霊でも宿っとるような気配を感じる。精霊というものは、この大地の上、どこにでもおるもんじゃ。精霊とて、特に人に益をもたらそうとも、害を加えようとも思ってはおらん。ただ、そこにいるだけのものじゃ。
「つまりは、この刀は使い手によって、その姿を変えるのかもしれん。こやつの今後は、お主次第じゃということかのう、
○ ● ○ ● ○
ミトは、
彼女が、ぐっと拳を握りしめれば隠れてしまいそうなそれは、淡く黄色に染まり、部屋の灯りをそこに映している。
正面に座る
その通り名の元になったであろう、秋の稲穂のように揺れる、豊かな黄金色の髪をかきあげ、ミトよりも、少しばかり藍が濃い瞳を細くする。
ミトよりも何年も長く生きている彼女にとって、ミトは、この界隈で久し振りに出会った同胞というばかりではない。
彼女は、もう何十年も前に、
実際大半の者は、その長い一生を、森の都の内側で研究や、研鑽に明け暮れて過ごしている。一方、未知の世界を追い求めるが故に、故郷を飛び出す者も、そう多くはないが確実に存在した。
クガネは、そういった少数派なのだ。好奇心いっぱいのミトは、まるで故郷を飛び出した頃の自分を思わせる。故に彼女がミトを気に掛けるのも、そのことがあるのに他ならない。
クガネが、術士から、それがかなりの上達を見せたのにも関わらず、鑑定士へと志を移したのには理由がある。
彼女は術の研鑽を重ねる一方、次から次へと現れる妖石や術の施された道具などの不思議な物を、持ち前の好奇心で、研究し始めたがきっかけだった。
隣の部屋で、その友人だという胡散臭そうな、しかしながら『力』が溢れ出ている男と話しているであろう、
どこからか流れて来た、赤ヒゲを名乗る、その
その頃、地方の人の町ではまだ、
声を掛けてきた
クガネは
もとより、心の垣根が低かった彼女は、自分の知らないことを知っている
そして、自分の知らないことが、まだまだこの世には沢山あるということに気付かせてくれた、鑑定という
先刻、ミトと名乗るこの同胞の娘と、胡散臭いが手練れであるらしい冒険者が持ち込んだ妖石の数は、尋常ではなかった。
ひとつひとつの大きさも、通常のものより一回りは大きい。しかも、持ち込まれた時点で、かなり浄化されていたのだ。
どういう術か、或いは技を使って
ミトから話を聞くというよりは、その大半の時間は、彼女からの質問攻めの受け答えに費やしたクガネであった。
質問の合間に、熱心に語られるミトの討伐の話は、クガネの疑問に答えを出すものではなかったが、嘘や誇張はないと感じられた。
時折話しに出てくる、この場にはいないジュウベエという剣士らしき男も、もとより胡散臭い風体のハンゾウも、謎を深めるばかりの存在である。
ただ、ミトの話を聞く限り、クガネには、そのふたりは信頼できる者たちのように感じられた。
ミトが彼女に見せた妖石は、きれいに浄化されていた。最早『宝珠』と呼んでも差し支えないくらいに。その石の玉にも、興味の及んだクガネは丁寧に検分する。
それは、まるで聖なる土地で浄化されたものか、山や森の持つ大地の力によって、長い年月を経て浄化されたものであるかと見間違うほどであった。
大切にしなさい——。
そのことをミトに伝えて、クガネは、彼女の掌に玉を返す。
ミトの掌の玉が、微かに彼女の力に反応しているのを見て、クガネも彼女には
クガネは、その玉を見つめるミトの表情の中に、かつての自分を思い出す。そして、ミトの旅の無事を願わずにはいられないのだ。
「思っているよりも、この世はずっと広いのよ。あなたの旅が、実り多きものでありますように」
ミトは、首から下げた玉の入った袋を、何度となく手に取っては、懐の奥にしまい込むという仕草を笑顔で繰り返している。
先刻まで、話をしていた同胞のお姉さんが、袋を加工し、首から下げられるようにしてくれたのだ。
そのお姉さんは、忙しいのか先に部屋の奥の扉から出て行ってしまって、室内にはミトがひとりきりだ。
隣の部屋のハンゾウたちの話が終わるまで、この部屋で待っていてくれとのことだった。
あのお姉さんが、良い人で良かった。お話しも、楽しかったし——。
彼女は、ミトの生まれた森の城下町より、更に北にある
そこから、冒険の旅に出て、東の都に移り住み、今はこの町が気に入っているとのことだ。
確かにこの町は良いところのようだ。町の真ん中の小高い丘には立派なお城があり、町中は人の往来も多く、賑わいを見せる
しかし何より、西側にはすぐ側に険しい山々が
あの山を探索するだけでも何年か掛りになりそうだ。しかし、ミトはあの山を越えた、向こう側にも行きたいのだ。
お姉さんも、昔あの山の向こうに行ったことがあるらしい。一人では渡れない大きな河や、舟でないと渡れない海。
そして辿り着くのは西の都。これまでは、ぼんやりと西の都へ行ってみたいな——。そう思っていたミト。
今や、何故だか、この冒険の旅の目的地は、西の都しかないとさえ思い始めていた。
旅の仲間とは、ほんのまだ何日かの付き合いで、ミトにもふたりのことは、良く判ってはいない。
しかし、ミトの話を聞いた
ミトが、ハンゾウから授かった銃を撃ち、ジュウベエは、そこから放たれた光の矢で
その結果として出来上がった、この小さな丸い玉は、ミトにとっては、この冒険の最初の成果だった。
その最初の宝物というべき、この宝珠を、ミトの同胞であり冒険の先達とも言える
何回も手に取っては、眺めてしまう。手に取れば、自然と笑みが溢れてしまうミトであった。
○ ● ○ ● ○
それじゃあ、よろしく頼むぜ——。
ハンゾウが、赤ヒゲと最後に挨拶を交わしていると、コンコンと扉を叩く音がする。
「お話終わりそう? ハンゾウ」
隣の部屋で待たされて、退屈していたであろうミトが、扉を開けて顔を覗かせた。
「ああ。待たせちまってすまねえな」
こっちは、俺の昔馴染みだ——。
ハンゾウが紹介するのは、ミトにとって、初めて間近に接する
彼の姿は、家の者に聞いて育っていた、ミトの偏った
「お主の言っとった嬢ちゃんってのは、この娘っ子のことだったか」
初めまして、じゃな——。
赤ヒゲの差し出した手を、ミトは躊躇いもなく取る。
「ワタシはミト。西へ旅をしているの」
三人でね——。
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