第4話  『久しいのう、紅目の』

 窓のない、さしたる広さはない部屋。窓はないが、油を炊いた灯りで室内は明るい。部屋の中央には長机が一つに椅子は四つ。

 壁は外側から見た通り頑丈そうな造りで、一人待つハンゾウには、ここが応接室というより、どこかの組織の取り調べ室のように見える。


 部屋の隅にある組木細工による物入と、その上に飾ってある空の花瓶が、申し訳程度にこの部屋が応接室であることを主張していた。

 こうした施設には、今まで何度も訪れたことのあるハンゾウだが、その雰囲気には慣れない。


 あやかしや、それに類する研究施設である。厳重な警戒が必要なのは判ってはいるが、彼はもっと解放的なものが好みであったのだ。


 ミトも、先ほど頭巾を取り、顔の布も外した、あの女性と共に、受付の長台脇に設けられたもう一つの部屋。つまりはこの部屋の隣に入っていった。

 隣からの話声は何も聞こえては来ない。密談には打ってつけな部屋。しかし、ハンゾウも、おそらくはミトも、特に密談をしたい訳ではない。


 ミトの同胞である、森の民エルフの女性。ハンゾウの見立てでは、かなりの腕を持つ術士でもあろう鑑定士の女性。

 都では森の民エルフなど、そう珍しい存在でもないが、屋敷から出る機会の少ないミトにとっては、久方振りに見る同胞の姿なのだろう。


 嬢ちゃんも話が弾んでいるといいが——。


 しかしハンゾウの待つ、拳銃に詳しい者は、なかなか現れない。


 やけに遅いが、何かあったのか——。


 ハンゾウが心配し始めた頃、しんと静まりかえっていた壁の向こうから、ドカドカとした足音が近づいてくるのが聞こえてきた。


 やっと来やがったな——。


 部屋に入って来たのは、背丈はそう高くないものの、屈強そうな体躯を持ち、己のヘソ程まである立派な赤い髭を蓄えた山の民ドワーフであった。


「遅くなってすまんのう。ばかに多くの妖石だの、浄化された塩だのが持ち込まれたと聞いたんでな。ちょいと、先に見に行っとんたんじゃ」


 その山の民ドワーフは、入って来るなり、ハンゾウに歩み寄り握手を求める。


「おお、久しいのう、紅目あかめの」


 ハンゾウもまた、足音が聞こえてきた途端に立ち上がって、彼を待ち構えていた。


「その呼び方も懐かしいな」


 しばし、旧交を温めるふたり。この前会ったのは、もう何年も前のことになる。

 彼は、ハンゾウが知る山の民ドワーフの中でも、最もふるい付き合いのある内の一人だ。


 昔、その山の民ドワーフ、通称「赤ヒゲ」が都の近隣に居を構えていた頃には、冒険者として共に仕事をしたこともある仲であった。

 彼は、術士としての腕前は勿論のこと、武具の鑑定や製作にも造詣が深く、冒険者をしていた頃は、ハンゾウの良き相談相手でもあったのだ。


「まずは、これを見てくれ」


 長机に差し向かいに座った彼に、ハンゾウは件の拳銃を示す。

 拳銃を手に入れた経緯。三挺あった内の一挺は新しい物で、それは都に送ったこと。残りのかなり古い二挺が、今現在手許にある、この拳銃であること。

 また、ハンゾウが手を加え、術の発動装置として使ったことや、ハンゾウ本人の使用時と、森の民エルフであるミトの使った時の効果の違いを、出来る限り事細かに説明した。


「古いっちゅうても、そこまで昔の物でもないようじゃぞ」


 赤ヒゲは、二挺の拳銃を、あれこれと操作しながら語る。

 確かに型式自体は古いものだ。先の大戦おおいくさの折りに同胞が造り出したものと同じ造りをしている。火薬を使って鉛の弾丸を射出するというあれだ。


 だが、使われている素材が昔のものではないし、ところどころ新しい技術も使われている。古く感じるのは、何者かによって使い込まれた結果のようだ。

 一度、どこかで、術士によって術の発動装置として使われた形跡があるが、『力』を使えない者が使用した場合は、普通の銃として機能するだろう。


「ようするに、紅目あかめの。お主の杞憂ちゅうもんじゃ」


 無銘だが、腕の良い職人が造ったらしい。事によると自分のように術士でありながら、武具職人でもあった者かもしれない。

 銃そのものからは、悪い『気』は感じられない。例えば、手にした者が人を撃ってみたくなるような、暗示の術式が施されたような痕跡はない。

 以前の使い手だった用心棒の若旦那とやらは、この銃ではなく、やはり銃を授けた者に何か吹き込まれたのではないか。


「これは使い途さえ誤らなければ、安心して使って良いものだと思うぞ」


 ハンゾウは、ほっとひと息つくと、珍しく真面目な表情で、改めて赤ヒゲに依頼をする。


「これを、飛び道具や、術の心得がない者でも、安全に使えるものにして欲しいんだ」


 例えば、嬢ちゃんとかな——。


 ハンゾウはミトのことを考えながら、銃について言い添える。

 そんなに強力なものでなくても構わない。ただ迫ってくる妖を追っ払うだけでも良い。安定して効果の発揮できるものにして欲しい。


「まあ、お主は、いつでも力任せに暴れるだけだしのう」


 同じ術を施した筈なのに、使う者によりけりで効果が違ってくるのも、そのせいじゃろう——。


 柄にもなく、ハンゾウは頭などかいて、恐縮している。


「面目ねぇ。まったくもって、その通りなんだが、できそうか?」


 赤ヒゲは、一方の銃の回転式になっている弾倉から、一発だけ残っていた弾丸を取り出す。

 彼は、その弾丸を、矯めつ眇めつ検分していたが、やがて大きな溜息をひとつ吐いた。


「ほんにお主は『力』が強いだけで、術が雑じゃのう。もちっと丁寧にやらんかい」


 だが、まあ——。と言葉を続ける森の民ドワーフの術士、赤ヒゲ。


「ワシがやれば、もっと凄いもんが出来上がるがのう」


 ハンゾウは、それを聞いて思わず立ち上がり、満面の笑みで両の拳を握りしめる。


「よっしゃっ。持つべき者は友達だな」


 赤ヒゲも、髭だらけの顔を、くしゃくしゃにさせて笑っていた。


「何を調子のいいことを抜かしとる。そういうところは相変わらずじゃの、紅目の」


 そういえば——。腰の雑嚢を、がさがさと漁るハンゾウ。

 取り出したのは、大ウツボとの戦いの後に残された、大きくひび割れている、透明な光を放っているものの、ごつごつとした妖石。


「手頃な袋がなかったんで、そのまま持ってきちまったんだが……。今回の報酬はこれでどうだ」


 ハンゾウの握り拳ほどの大きさを持つそれに、赤ヒゲは目を見張った。


「これは、この大きさにしては、見事に浄化されとるのう」


 これは、お主がやったんか——。


 彼の言葉には答えず、ハンゾウは背中に背負っていた、ウツホラキリの緒を解いた。


「こいつと、ふたりでやったのさ」


 ハンゾウの言葉に、訝しがる赤ヒゲ。

 彼は、その刀がツクモガミと化していることを語る。


 前の持ち主である悪徳手代から押収した時のこと、ハンゾウも刀自身もが包丁だと思っていたこと、その刀が意思を持っていて、人の言葉を話すこと。

 そして、昨日の大ウツボとの一戦の成り行きと、その後の戦場の後始末。ウツホラキリにまつわる諸々を、赤ヒゲに話して聞かせた。


 うーむ——。


 赤ヒゲは、ウツホラキリを、先ほどの拳銃よりも、更に丁寧に検分している。

 すらりと抜き身にし、刃をひとしきり確認すると、鞘の抜き差しを何回か繰り返した。


「これは、かなり古い刀じゃのう。そして誰が打ったかは判らぬが名刀と呼んで差し支えないじゃろう。歴戦の勇士といった趣まで感じるわい」


 いわれはどうあれ、妖刀呼ばわりするなど、とんでもない。ましてや包丁扱いするなど、以ての外だろう。

 幾多の戦場を勝ち残ってきたであろうに、つい今しがた打ち上がったばかりの刀のようではないか。


「お主が怪しんどった鞘も、その刀のために、併せて拵えたもので間違いなかろう」


 どういった経緯で、包丁扱いされたのかは判らないが、今は文字通り「元の鞘に収まっている」という状態であるという。

 何が目的で、誰が悪徳手代とやらの手に渡したのかも判らないが、それがその刀の運命ということなのだろう。


「その刀のお陰で、お主の術も巧いこといったんじゃろう。寧ろお主の許に来るべくして来たんじゃよ」


 ハンゾウの手に、ウツホラキリを返しながら、赤ヒゲは話を続ける。


「お主らしくもない。曰くなんぞ気にせんで、お主が大切に使えっちゅうことだな、紅目あかめの」


 ハンゾウは、その手の中にある、不思議な刀をじっと見つめる。


 こんな時こそ、出て来いよ——。


 しかしウツホラキリの声は、山の民ドワーフの術士には勿論のこと、ハンゾウにさえも聞こえてはこないのであった。

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