第6話  『どうか助けてください』

 ミトとハンゾウは、そのひっそりと建つ建物から、入っていった時と同様に静かに出てきた。

 ハンゾウが、扉を閉じると、どこかで鍵の掛かる音がする。鍵は自動で掛かるようになっているのだ。


 久し振りに、ここに来たが、相変わらず職人の砦だな——。


 お上の肝入りで作られたこの施設。あやかしの研究をしていると聞くが、その全てはハンゾウにも知らされてはいない。

 同じ目的の施設は全国に点在しているが、それぞれが独特の成果と発展を見せ、ひとつとして同じ事をやっているところはないらしい。


 その成果が、悪しき者の手に、簡単には渡らぬようにするため、そのどこもが強固な造りとなっており、いずれも見た目通りの建物ではない。

 研究の内容や方法、そして建物自体が、その施設の長に任されており、この場所も長の考えを十二分に反映しているようだ。

 一見、職人街の工房と蔵を兼ねているような在り来たりの建物だが、そこここに山の民ドワーフの技術が取り入れられていた。


 鍵の掛かったことを確認し、ハンゾウが振り返ってミトの姿を探すと、懐に手を入れ、何かを握りしめているようだ。

 彼女は待たされたお陰で、機嫌が悪いと思い込んでいたハンゾウだったが、彼女が存外笑顔でいることに気付く。


「嬢ちゃん、やけに嬉しそうじゃないか。何か中で、良いことでもあったのか」


「うふふーっ、内緒ー」


 ミトはにこにこと笑っているだけで、答えてはくれなかった。



  ○ ● ○ ● ○



 ふむ、見事なものだな——。


 高台にそびえる城とその天守を見上げ、思わず感嘆の声を洩らすジュウベエ。

 先の大戦おおいくさの時代には、ここより東方の陣地を守るための砦として使われていたという。

 その後、時が流れるに連れ、その目的によって幾度か改修され、今ではこの町の象徴となっている。


 この町に城を構える領主は、近隣の町や村を治め、そこで採れる山海の産物や農作物をこの町に集めている。

 その産物を、この町は勿論、遥か川向こうの天領となる、街道沿いの町々に送り届けることで利益を得ていた。

 無論、領主自身が商いをしている訳ではないが、臣下は勿論、民の動かし方が巧いのであろう。


 決して広いとは言えない領地ではあるが、産物の品目は多く、町中は商人や旅人でいつも賑わっているという。

 そして、西に望む険しい山々の頂には、お上が関所を設けてあり、今でもこの町は都の西側を守る要衝としての役割を果たしているのだ


 彼のお父上は、まつりごとにも長けていらっしゃるのだな——。


 ジュウベエは城下町の賑わいの中を歩み、間近で改めて城を見上げる。その城で、今この時も執務に励んでいるであろう父子を思う。

 まだジュウベエが少年だった頃、道場に預けられた友人を迎えにきた折りに、一度だけその顔を見たことがあった。


 友人に似た、というか友人が父親似であるのだが、その凛々しい顔立ちに髭を蓄えた顔をぼんやりと思い起こす。

 友人の剛剣は、父親譲りのものと聞く。彼の父親もまた、若い頃は剣豪として鳴らしていたのだろう。

 次いで友人の顔と、その剣捌きを思い出す。懐かしい古き友。逸る心を抑え、ジュウベエは武家屋敷が並ぶ路上で足を止めた。


 さて、どうしたものか——。


 城にお役目を持つ武士たちが住まう屋敷が、軒を連ねる一角で、ジュウベエは思案する。

 友人に会いたいばかりに、取り急ぎ、ここまで来てしまったジュウベエであるが、はたと、あることに気付いたのだ。


 領主である父君は、城内に住まいがあるだろう。友人もまた役目によっては城内で暮らしているのだろうか。

 しばし、紹介の書状も持たずに尋ねようとしている自身の無礼さに、己を疎ましく思うジュウベエ。


 致し方ない。これを使うことにするか——。


 ジュウベエは、懐に手を入れ、首から下げている金属で出来た札を取り出す。

 それは、この旅に出立するにあたり、彼の師匠が、ジュウベエに腰の刀と共に授けたものであった。


 紹介の書状の代わりにも、また関所を通過する際の通行証としても使えるという、いわば彼の身分を証明するものである。

 ハンゾウの持っている冒険者の認識票や、武士団の持つものと、色や形は似ているが、それらとは少し違っているようだ。


 ジュウベエもまた、冒険者組合ギルドや都の武士団から、道場に対しての依頼で出動する折りには、武士団の認識票に準じたものを身に付けていた。

 師匠から授かったこの札は、表には他のものと同じように、家の名と共にジュウベエの名が刻まれている。


 しかし、他の認識票に類するものの裏面には、所属や階級などが刻まれている筈である。

 ジュウベエの持つそれには、家の紋が刻まれているだけだ。


 自分の力を伸ばすための修行の旅であるというのに、師匠の力を借りているような気がしてしまう。

 故にジュウベエは、出来る限りは、その札を使いたくはないのだ。


 ひとまずは、友人の屋敷へと向かうのが良かろう——。


 友人が城内にて、どのような御役目を果たしているのかは判らないが、この刻ならば勤めも終わり、屋敷に戻っているだろう。

 暫く考えた末、ジュウベエは、記憶を頼りに、昔聞き及んだ事のある友人の屋敷を目指して、閑静な武家屋敷の並ぶ路地を歩く。

 街道近くの喧噪に比べ、この辺りには、騒ぎ立てる者などはおらず、本当に静かな街並である。


 静か過ぎる。何かがおかしい——。


 城の正門近くにあるという、友人の屋敷へと歩みを進めていたジュウベエは、得も言われぬ違和感を感じて足を止めた。

 城の防壁をも兼ねている武家町ではあるが、その備えられた塀の向こうからは、人の気配が感じられないのだ。

 家主が、城の勤めで留守にしているにしても、家人の何人かは屋敷にいる筈である。しかし今は、その気配すらない。


 城で何か起きているのか——。


 ジュウベエは、広くて深い堀の向こう、高い石垣越しに見える城に目を凝らす。

 無論、ここからでは城内に異変が起きていたとしても、それは判然とはしない。

 晴れ渡った空の下、城は少しだけ傾きかけた陽の光を映して、美しく聳えているばかりだった。


 この屋敷で間違いないようだ——。


 城の周りをぐるりと正門側へと回り込み、周辺の屋敷の表札を確かめると、そこに友人の名前を見つける。

 無作法とは思いながらも、ジュウベエの背の高さほどの塀から庭の方を伺うも、やはり人の気配はない。

 からりと格子戸を開け、玄関の前に立ったジュウベエは、屋敷の奥に向けて声を掛けた。

 暫し待つも、屋敷の中から人が出てくる様子はない。


 やはり誰もいないのか——。


 今一度、今度は自分の名を告げながら、戸を叩いてみる。

 暫くすると、屋敷の中で人の動く気配がして、何者かが玄関の向こう側に降り立った。


 木戸の向こうの人物は、無言であるが、こちらを伺っているのが判る。

 ジュウベエは、もう一度名乗り、懐から己の身元を証明する札を取り出した。

 やがて、鍵の開けられる音がし、玄関の戸が少しだけ開かれる。


 そこから顔を覗かせたのは、まだまだ男の子といっても良い年頃の少年であった。

 不安そうな少年の目の前に、ジュウベエが懐から取り出した札を見せる。


 彼は、その札に鼻先が触れてしまいそうになるほど顔を近づけて、熱心に見つめていた。

 暫くそうしていた少年だったが、ややあって、ようやく安心したように表情を和らげる。

 少年に招き入れられ、ジュウベエは庭に面した表座敷に通された。


 お茶を入れて参ります——。


 少年が、部屋を出た後、ジュウベエはさりげなく屋敷の中の様子を伺う。

 外はまだ明るいのに閉め切られた障子戸。屋敷の奥の間の方では、雨戸まで閉められているようだ。

 そして、少年の他には人がいる気配がない。友人はまだ帰っていないのか、それとも留守なのか。


 湯吞みの乗った盆を手に戻ってきた少年は、ジュウベエの前に茶を置くと、そのまま彼の正面に座った。

 何か言いたげに迷いのある表情だった少年は、意を決したように、ジュウベエの前に両手を着き頭を下げた。


 どうか助けてください——。


 頭を下げたままの少年を起こし、妙にぬるいお茶を置くと、ジュウベエは詳細を話すよう促す。

 ジュウベエはまず、この屋敷のあるじである友人の行方を問うてみた。


 しかし、少年によると彼はこの屋敷にはおらず、何日か前に体調を崩し、郊外の別邸にいるという。

 それを端緒として、少年がジュウベエに語る話は、何とも不可解なものなのであった。

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