第18話 『幕間 其の壱』
戦い済んで日が暮れて、三人は冒険者
冒険者本人たちは、様々な理由で、様々な場所から集ってきた者たちだが、都の本部運営に携わる者たちの全ては、名家出身の公儀の役人だ。
対して地方の
現場の長が、中央の運営側との折衝に心砕いていることは想像に難くない。この屋敷は、それらの苦労を象徴していた。
ハンゾウは、そんな大切な場所を快く提供してくれた長に、深い感謝の意を心に刻みながら、ごろりと横になる。
「ふいー、お腹いっぱいだー」
ミトは既に畳の上に転がり、お腹をさすっていた。
「ふたりとも、無作法が過ぎるぞ」
寝転んだままのハンゾウは、座敷の中を見るともなしにぐるりと眺める。
その中でも、とりわけ床の間に置かれた、妖石の詰まった三個の革袋は目をひいた。
今日の
あの数の妖石が集まったってことは、同じ数だけの妖をジュウベエが斬ったってことだ。
遠目にだが山の色合いを見て、そう強くはないが、数に物を言わせる妖どもだろう、と当たりはつけちゃいたが。
先刻聞いた話じゃ、大量のヌエが出たって話だったが、残された妖石の大きさから見ても、全てが本物のヌエって訳でもなさそうだ。
風向きの関係で瘴気が淀みやすく、妖が産まれやすい土地ってのはどこにでもあるもんだが、あんな風通しのいい所がそうなるとも思えねぇ。
山の頂きには、でけぇ陣もあったと言うし、やっぱり今日の騒動も、裏では何者かが動いてるってことみてぇだな。
この旅の先々に起こるであろう厄介ごとを思い、ハンゾウは、ふうっと大きな溜息をつく。
なんにしろ今日のところは、ジュウベエのおかげで助かった。俺の目にも狂いはなかったな——。
「お前さん、こんだけの妖を斬ったんだ。さぞかし大変だったろう」
ジュウベエは手にした杯から、ごろごろと寝転がるミトに視線を移す。
「いや、一袋分くらいは、彼女の働きだ。最後のとどめも、彼女が刺したと言っても良かろう」
ごろごろとしていたハンゾウは、その言葉を聞くなり、がばっと起き上がるとミトを見つめた。
「えっ、そりゃ本当か、嬢ちゃん。実は、あの銃には、大した術を施しちゃいなかったんだが」
寝転がっていたミトは、のそりと起き出し、四つん這いで部屋の隅に置いてある荷物に向かう。
ごそごそと荷物をかき回すと、拳銃を取り出し、ハンゾウの元へと持ってきた。
「ありがとね、ハンゾウ。おかげで命拾いしたわ」
その銃ときたら、とんでもないわね。しゅうっと空に上がって、ぱあんと花火みたいに広がって。
最後のジュウベエもすごかったんだよ。ワタシに撃たせた矢を、陣っていうヤツの真ん中に、こうがーんと叩き込んで。
嬉しそうに大きな身振り手振りでされる、ミトの妖退治のくだりを、ハンゾウは驚いた表情で聞いている。
先ほどまでの、食事と共になされたお互いの報告では、ジュウベエの話は必要にして充分な事柄が、簡潔にまとめられていた。
目の前のご馳走に夢中だったミトは、その時は事の成り行きを断片的に、ジュウベエの話に合いの手を入れるようにしか語らなかったのだ。
「あー、あとね、こんなモノも見つけたのよ。これも妖石かしら」
ミトが懐から小さな革袋を取り出し、逆さに振ると、掌に透き通った丸い玉が転がり出てきた。
これは——。その玉を手にしたハンゾウは唸った。
それは紛れもなく、ハンゾウがウツホラキリと共に、術を発動させた時と同じよう、きれいに浄化されている妖石だった。
俺の施した術は、破裂寸前まで銃に力を流し込んじゃいるが、至って単純なものだ。
もし、俺の術の効果だけだったら、こうはいかねぇ。妖石には、俺の力の痕跡が残るってもんだ。
おそらくは、嬢ちゃん自身には自覚はないようだが、嬢ちゃんの『力』を、銃に込めて撃ったんだろう。
ジュウベエも、自分のやってることは剣技だと思ってるようだが、昨日見た斬撃。あれも『力』を刀に乗せて放っているようだ。
こいつは期せずして、俺たち三人の合わせ技になっちまったってところか。
「おおっ、それも妖石だ。嬢ちゃんが頑張ったんで、きれいに浄化されたみたいだな」
妖石っていうのは、妖の腹の中から出てくることが多いんで、そんな風に呼ばれているだけだ。
こんな風に、きれいに浄化された妖石には益も害もない。『力』を貯めるための器と言い換えてもいい。
「だから、嬢ちゃんが大切に身につけときゃ、そのうち力が宿って何かの役に立つかもしれねぇな」
ハンゾウは妖石の説明をしながら、ミトの手に、その美しく光る透明な、既に宝珠とでも呼べそうな玉を返した。
嬉しげに掌に戻ってきた玉を眺めているミトを横目に、手にしていた杯を、ぐいっと飲み干したジュウベエは複雑そうな表情で言った。
「初めて持った拳銃を巧く使いこなしたのだ。弓の鍛錬をしていたとも聞く。彼女は、飛び道具に天賦の才があるのだろう」
ジュウベエのやつも、嬢ちゃんの『力』の発現には思うところがありそうだが——。
ハンゾウもまた、ミトに対しては複雑な思いを抱く。
俺たちの仕事には、絶対に巻き込みたくはないんだが。
自分から飛び込んで来るんだよな、嬢ちゃんの場合は。
せめて、自分の身を守れるくらいの武器を与えたものか。
「ところで嬢ちゃんは、何で山に行ったんだ。てっきり海の方へ来るんじゃないかと思ってたんだが」
逡巡する心を一旦治め、ハンゾウは昼間大ウツボと対峙しながらも、気掛りだった思いを口にする。
「やー、海には行きたかったんだけど……」
いつになく、歯切れの悪い応えを返すミト。
「ふむ。わたしは、来るとするなら、勝手知ったる山だと踏んでいたぞ」
ジュウベエは、
「海って、その……タコとかいうのがいるんでしょ?」
こう黒くて大きくて、ぬるぬるしてて、何でも吸い寄せる長い脚を、たくさんくねらせて。
ミトは、両腕をうねうねと、
「なんだ、嬢ちゃんは蛸が怖いのか」
ミトの表情と仕草に、思わず笑い出すハンゾウ。
「君にも食べられないものがあったのか」
ジュウベエは、冷静な顔で頷いている。
「なによー」
膨れっ面のミトに、ジュウベエは空になったおひつを指し示す。
「先刻まで、君は蛸飯を何杯も平らげていたではないか」
ミトの頭の中に、桜色の飯に混ぜ込まれた、肌は赤く身は白い、噛めば噛む程に旨味が溢れる不思議な食べ物が浮かんだ。
「ええーっ、あれがタコなの」
大きな瞳を更に大きく見開いて驚いているミトに、ふたりは先ほどから彼女が次々に平らげていった料理を挙げる。
「ふむ、これは戻した干し蛸と野菜を煮たものだな」
「こりゃ、干した蛸を細長く切って、火で炙ったものだ」
「うむ、あれは、ぶつ切りにして酢みそで和えたものであろう」
「ありゃ、大きめに切って甘辛く炊いたものだ」
今は妖騒ぎで獲れぬらしいが、生の蛸を刺身で食すと美味いものだ——。
獲りたてを塩で揉んでから、丸ごと茹でるってのもいいよなぁ——。
ジュウベエとハンゾウの話を、瞳を輝かせて聞いていたミトは、唾を飲み込むと、ふたりにこう告げた。
「明日は、タコを獲りにいきますっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます