第17話 『君のおかげで妖退治は終わったようだぞ』

「どうした。早く撃たないか」


 ジュウベエは、構えた刀を降ろさずに、再びミトに言った。


「ええっ、ナニ考えてるのっ。できないよ、そんなことっ」


 涙目のミトに、ジュウベエは眉を寄せる。


「わたしを殺せなどとは言っておらん。わたしを目掛けて撃て、と言っているのだ」


 もう、どうなっても知らないよ——。


 そう言いながら、ミトはジュウベエに銃を向けた。


「わたしの胸の辺りだ。良く狙いたまえ」


 それは一瞬の出来事だった。


 銃口から放たれた光の矢は、狙い違わずジュウベエを貫かんと、彼の胸元へと一直線に飛んでゆく。

 迷いのない太刀筋で、刀を振り下ろしたジュウベエは、彼を目掛けて飛んでくる光の矢を叩き落とした。


 いや、叩き落とした訳ではない。その卓抜とした刀捌きで、見事にその矢の軌道を、己の足下へと変えたのだ。

 ジュウベエによって行き先を変えられた光の矢は、彼の狙い通り、足下へと吸い込まれるように陣の中心を射抜いた。


 矢の撃ち込まれた辺りからは、目映いばかりの真っ白な光が溢れ出す。

 思わず顔に手を翳し、一歩、二歩と後ずさるジュウベエ。


 思わぬ出来事の連続に、思わずしゃがみ込んで、声も出せずに固唾を飲んで見守るミト。


 ひとしきり輝いた光が収まると、ふたりの足下の地面から、激しい揺れと地鳴りが始まった。

 激しい揺れの中、難なく歩いてきたジュウベエは、しゃがみ込んでいたミトに手を差し伸べる。


「君のおかげで、あやかし退治は終わったようだぞ」


 折からの、揺れと地鳴りは消え去り、どこからか鳥の声や、木々の枝が風に揺れる音が聞こえてくる。


 広場を見やると、あちこちに散らばっていた妖の亡骸は、全て真っ白な砂のようなものに変わり、風に吹かれてさらさらと崩れ出していた。


 ジュウベエの手を取って立ち上がったミトは、ぱんぱんと尻の辺りを叩き砂埃を落とすと、広場の中央へと一目散に駆け寄る。


 どうやら、そこに開いた大きな穴に興味があるようだ。


 ミトの覗き込んだ、その穴は深さはそれほどないようだが、広い範囲に渡って陥没していた。


 穴の底部には、敷き詰められたように白い砂のようなものに、その全てが覆われている。


 白い砂の中に、何か光るものを認めた彼女は、ジュウベエが止める声も聞かずに穴に飛び込んだ。


 ミトの腰の辺り程の深さのその穴の中、白い砂に足を取られながらも、持ち帰ったそれは、陽に照らされて輝く水晶のように見えた。


「これって何だろうね。随分ときれいだけど」


 ミトは自分の掌に乗せた丸い玉を、ジュウベエに見せる。


「ふむ、妖石のようだが……」


 わたしの知る妖石とは少し違ってはいるが——。


「この袋にでも入れておきなさい。持ち帰って尋ねれば、詳しい者もいるだろう」


 妖石についた白い砂を手で払い、大切そうに小袋に収めるミト。


 彼女は暫し、指先についた白い砂を眺めていたが、突然それをぺろっと舐めた。


「うわ、しょっぱいっ。やっぱりお塩だよ、これ」


 突然聞こえたミトの声に、山を降りようとしていたジュウベエが振り返る。


「君は口にしたのか、これを。毒だったらどうする」


「いやー、お塩の臭いもするし、どう見てもお塩にしか見えないなー、と」


「次からは、口に入れて確かめるのだけは、よしなさい。腹をこわしたらどうする」


 あはははー——。


 笑ってごまかすミトであった。



  ○ ● ○ ● ○



 お前にこんな使い道があったとはな——。


 大ウツボが塩と化して、残した妖石を中心に、ウツホラキリの切っ先を使って陣を描いてゆくハンゾウ。

 術の使えない体質のハンゾウだが、簡単な術式を描いた陣や札に『力』を流し込んで発動させることはできる。


 もっとも、その身体から溢れる『力』が、段違いに大きな彼は、流し込める『力』の量も尋常でなく大量だ。

 従って、同じ術式の描かれた、陣や札を使っても、その効果は格段に違ってくる。


 多くの術士は、真言を言霊に乗せ、それを積み上げ、最後に引き金となる真言を発することで術を発動させる。

 より高い効果を発揮するには、より多くの真言が必要となり、また真言を言霊に乗せるにも『力』が必要となる。


 真言を心の中だけで組み上げ、最後の引き金となる真言のみで術を発動させるには、更により多くの『力』を要する。

 そこまでのことができる『力』を持った術士は、そう多くはいない。


 よって大抵の術士は、自身の限られた『力』を、最大限生かす方法を考え出す。


 そういえば、大きな人や獣の形をしたものに陣を描いて、式として使役する一派がいたな——。


 亡骸に、自分の血で陣を描いて、操ってたヤツもいやがった。魂までもは与えられはしなかったが——。


 未だに胸が悪くなるようなことまで思い出してしまったハンゾウは、顔をしかめる。


 ハンゾウが術を使えないのは、その身体に宿す大き過ぎる『力』のせいだ。


 例えるなら、術とは水路の治水のようなものだ。

 細く複雑に曲がりくねった水路は、曲がりくねっているが故、流れの勢いも削がれ、氾濫を起こすこともない。


 人々は安全に、その恵みを受け取ることができるだろう。


 しかし、一時いちどきに多くの水が、その水路に流れ込んだとしたら、細く複雑な故にすぐに氾濫してしまうだろう。

 太く大きな水路ならば、その心配はない。しかし、その水路を満たし、溢れ出させるほどの水源を持つ者は滅多にいない。


 そのような大水路を作ったとしても、流れる水は少なく、場合によっては却って干上がってしまうのである。

 だが、その大きな水路でさえ、氾濫させるであろう水源を持つハンゾウは、体質的に水量の制御ができない。


 彼にできるのは水を流すか、流さないか——。だけであった。


 他にできることといえば、溢れ出ようとする僅かな水をちょろちょろと流してやることくらいである。

 故に、ハンゾウの水路は太く大きく長い、一直線に激しく流れる、使い勝手の誠に悪いものだった。


 でもウツホラキリ、俺の『力』も、お前を通せば——。


 今までにない複雑さを伴った陣を、広がる白い砂のような塩、その一面へと描き終わる。

 かつて試したことのある陣のひとつで、その時は『力』が暴走してしまい、成功はしなかった陣。


 その片隅にハンゾウは、ウツホラキリを逆手で突き立てる。

 軽く握られたウツホラキリの中に、自らの内に塞き止めていた『力』を解放した。


 途端にウツホラキリは紅色べにいろに染まり、あかい輝きを放っていたが、暫くすると輝きは徐々に白く変わる。

 白い輝きもまた鬼燈ほおずきの実のような朱色に染まり、その光はウツホラキリから、更に陣へと広がっていった。


 ひとしきり陣が光り輝いた後、どこからか吹いてきた風によって、塩は砂のように舞い上がる。

 塩はさらさらと風に乗って、大ウツボとの激闘のあった岩礁、潜んでいた洞穴、そして辺りの浜や海へと飛んでいった。


 ハンゾウの紅い瞳と髪も、潮が引くように鳶色に戻ってゆく。


「お疲れさん。お前のおかげで後始末も巧いこといったぜ」


 ウツホラキリは、何も応えない。


「ウツホラキリ……?」


 やはりウツホラキリからは、何も帰ってはこない。


「ただの屍のようだ……」


 仕方なく背に背負った鞘に、ウツホラキリを納める。


「おい、誰が屍じゃ。」


 歩き始めると、背中のウツホラキリから声が聞こえた。


「おおっ。力尽きて、ただの刃物に戻っちまったかと思ったぜ」


 口調は軽いが、どこか安心したかのようなハンゾウの言葉。


「今日は久方振りに働いたからのう。少し疲れただけじゃ」


「ふーん、ツクモガミも疲れるのか」


「当たり前じゃろう。儂とて宿している力は無限ではないわ」


 まあ、其方よりは格段に上じゃがのう——。


 どこか得意気な響きのあるウツホラキリの声。

 ハンゾウは、それを聞き流すと、足下の妖石を拾い上げる。


 大ウツボが塩と化し、その体内から出てきた時には、かなりの大きさであったが、浄化された今は、拳ほどの大きさでしかない。


 ごつごつとしたそれは、妖の核を為していたとは思えぬほど透き通っており、夕陽に映えて美しく光り輝いていたのだった。



  ○ ● ○ ● ○



「ほら、早くー。帰りが遅くなっちゃうよー、ジュウベエ」


「何を言っているのだ、君は。こんな時間になったのも君のせいではないか」


 夕焼け色の空の下、ミトとジュウベエのふたりは、町へと続く道を進んでいる。


 ジュウベエが使う、自身の流派の足捌きを生かした走りは、優雅に見えて、存外その移動は速い。

 俊足を自負するミトも、見えている彼の背中に、置いていかれないようにするのが精一杯だった。


「ジュウベエも、袋持ってよー」


 ジュウベエの背中に向かって、頼み込むミトだが、彼の返事はつれない。


「持っているではないか。しかも君よりも多く」


 ジュウベエは、両の手に一つずつ、そう大きくはないが、重そうな革袋を掴んでいる。

 ミトの背中にも、ジュウベエと同じような、一つの革袋が背負われていた。


 ふたりは、山の頂より降りてくる際に、点々と転がる妖石をひとつ残らず拾い集めて帰ってきたのだ。

 親指の先ほどしかない妖石だったが、集めてみると革袋で三つ分もあった。


 それら妖石を全て集めたいと言ったのも、全て持ち帰りたいと言ったのも、他ならぬミトである。

 思いのほか重みのある、それらを運んで、ようやく町の近くまで辿り着くと、町外れの街道の分岐点辺りに人影が見えた。


「あれ? あれはハンゾウじゃない?」


 おーい——。


 いち早くハンゾウの姿を見つけたミトは、大きく手を振って、呼びかける。


 ふたりに気付いたのか、手を挙げて応える人影に向かって、足を早めるミトとジュウベエであった。

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