第5話 『で、どっちに行けばいいの?』

 その町の冒険者組合ギルドの長から、話を聞き終えたジュウベエは、腕組みをしたまま唸っていた。思ったよりも事態は深刻だったのだ。


 結果的に言うと、この町の南に位置する沿岸部と、北の森から連なる小高い山々に出没しているのは、あやかしに間違いないとのことだった。

 そして当たり前のことだが、海の妖と山の妖は別々の存在だ。討伐隊も二手に分けなければならないだろう。


 海で暴れている妖は、元は大海蛇か何かが、瘴気を帯びて化け物と化したのだろうという報告が、先発の調査隊から上がってきている。

 ただ、海中から襲ってくる敵に対して、討伐に向かった者たちはことごとく返り討ちにされてしまい、残った者は全員待機中。地元よりも実績のある、都の本部に支援を検討中だという。


 問題は山に現れたあやかしだった。その正体が良く判らないのだ。そもそも現れたと言っても、その姿を見たものは誰もいないのである。

 山に向かって先行した調査隊は、ほぼ全滅。生き延びた者の話も、彼自身が混乱しているのを差し引いても、訳の判らないものであった。


 山中の道、少し遅れていた彼は、かなり前方にいた仲間の一人が、突然声も上げることもなく、首から血飛沫を上げてたおれてゆくのを見たという。

 そしてその後、空の方を指差して、何かを叫んでいた仲間たちも、再び声を上げることもなく、次々と血塗れになってたおれてしまったらしいのだ。


 唯一の生き残りである冒険者は、次は自分の番ではないかと、戦々恐々としていたが、暫く経っても何も起こらなかったのを幸いに、慌てて逃げ帰って来たそうである。


 ひとしきり目を閉じ、考え込んでいたハンゾウであったが、やがて何かを決意した顔となり、すっくと立ち上がる。

 話を聞かせてくれた長と、何か二言三言言葉を交わし、件の拳銃を手渡すと、ジュウベエとミトの元へ戻るのであった。




「よう、待たせたな」


 努めて明るく振る舞うハンゾウ。


「少しだけ、面倒なことになっちまったんだ。出掛ける前に、よく打ち合わせといこう」


 この界隈には珍しく多層建築になっている、詰所の二階へとふたりを連れて行く。

 建物中央付近にある階段を昇ると、左右に伸びた廊下に突き当たり、そこにはいくつかの扉があった。


「うむ。二階建てとなっているのも珍しいが、扉というのも珍しいな」


 いつになく興味深げなジュウベエに、ハンゾウは説明する。


「ああ、大きな町の冒険者関連の施設には、大抵山の民ドワーフの技術が使われてるからな」


 やはり興味深々といったミトが、廊下の突き当たりの扉を指差した。


「あんなトコロにも扉があるよ」


「あっちは、見附台と繋がってる。こっちは外に出られるようになってんだ」


 先の大戦おおいくさ以降、交流を持った山の民ドワーフとその技術は、都ではそこかしこで見られるものの、地方ではまだ珍しい。


「さ、こっちへ来てくんな」


 いくつかの部屋のひとつに、ふたりを招き入れるハンゾウ。

 ミトは、部屋に入るなり、大きなガラスの入った窓にへばりついた。


「わぁ、いい景色ねー。街並がよく見えるよー。あっちには山もー」


 はしゃぐミトを横目に、ふたりは長机に据えてあった椅子に腰掛ける。


「どうも、椅子というのには慣れんな。腰が落ち着かない」


 座りにくそうなジュウベエを余所に、慣れた様子で、どかりと座るハンゾウ。

 その手には、小振りな酒徳利が握られていた。さっそく直にぐびりと一口やる。


「いくら酒が強いからといって、仕事の前はやめておけ」


 眉をしかめるジュウベエに、ハンゾウは至って気楽そうに応える。


「これは、出陣の儀式用さ。御神酒ってやつだよ」


 俺の場合は酔わないってより、酔えないってのが本当のとこなんだが——。


 ぐびり。また一口吞み続けるハンゾウは、誰に聞かせるでもなく呟くのだった。




 徳利を空けたハンゾウは、ジュウベエに事の次第を説明する。


 本来なら、自分たち二人がかりで対処にあたるのが妥当である。だが、今回は急を要する。

 幸い海側では、漁師の何人かが漁から戻って来ない時点で、浜や磯に近づかないよう警報を流すことができたようで、村民たちにそれ以上の被害はない。


 しかし、近隣の組合との連携による討伐隊は、腕に覚えのある精鋭を送り込んだものの全滅。後方支援の者たちが、監視だけを続けている状況だ。

 一方の山側では、ここ何日も、山から降りてくる旅人が誰もいない。また山に登っていった者たちも一人として戻って来ないという日々が続いている。


「俺の見たところ、どうやら、どちらも放っておけば、第一級災害指定になり得る化け物に思えるな」


 すぐにでも討伐隊を組んで、出掛けたいところだが、何しろ人手が足りない。

 この町の冒険者も、既に何人も犠牲になっているし、第一級のあやかしが相手ともなれば、都からも腕利きが送られてくるだろうが、それにも日が懸かる。


 待ってはいられない。




「で、ワタシはどっちに行けばいいの? 海? それとも山?」


 話に集中していたふたりの間に、唐突にミトが割って入る。


「二ヶ所の妖を、ワタシたちで、とっとと倒しちゃおう、って話よね」


 突然のミトの登場に、その存在を忘れてジュウベエと話し込んでいたハンゾウ。

 うむ。と珍しく真面目くさった表情で頷いたハンゾウだったが、やがてにやりと笑い、長机の片隅に置かれた膳を手繰り寄せた。


「まぁそう急くなって。嬢ちゃんは、これでも食べときな。さっきはサザエばかりで、飯はまだだったろう」


 おかわりもあるぞ、と小さめながら、白米が詰まったおひつも取り出す。

 茶碗に大盛りのご飯に汁物。僅かばかりだが、煮貝とおひたしに香の物までついた御膳に、ミトは顔を綻ばせた。


「腹が減っちゃあ戦になんねぇ、って言葉もあるしな。しっかり腹拵えしとけよ」


 さっそく、もぐもぐと嬉しそうに飯を頬張るミトを、微笑ましげに眺めていたハンゾウだったが、さて、と立ち上がる。


「俺の方も酒が切れちまったようだ。ちょいと取りに行ってくる。お前さんも来い」


 何故わたしまで——。


 拒んでいたジュウベエも、ハンゾウの眼差しから、何かを察したように立ち上がった。


「嬢ちゃんは、ゆっくりしとけ。話の続きはそれからだ」


 はーい——。


 ミトの元気な返事を背中で聞きながら、ふたりは部屋を出ていくのであった。



  ○ ● ○ ● ○



 静かに扉を閉じたハンゾウは、やはり静かに外側から部屋の鍵を掛けると、懐から護符を取り出し、扉の真ん中にぺたりと貼り付けた。

 そのまま、ふたりは無言のうちに階段を降りる。出入り口付近、ふたりはどちらともなく振り返ると、心配そうに部屋の方を見上げた。

 ジュウベエが、視線は部屋の方へ向けたまま、ハンゾウへ問う。


「あのむすめは留守番か」


「ああ。いくら嬢ちゃんが、あの森の民エルフであり、腕の立つ兄様が稽古つけてるとはいってもな」


「危ない目には合わせられない……か」


「そういうことだ」


「あの札は何だ」


「効いてる時間は短いが、効き目は強い守りの術を掛けた」


「ふむ」


「敵は絶対入って来れないが、自分も出ては行けないという……。ま、失敗作だ」


「ふん、今回に限っては成功だろう」


 ふたりは頷き合い、外に向かって歩き始めるのであった。



  ○ ● ○ ● ○



 ミトは、美味しい食事に幸せな気持ちでいっぱいだった。

 取り立てて、彼女が食い意地が張っているという訳ではない。育ち盛りならば無理もないことだろう。


 おかわりのおひつの中の白米に、焦げた部分を見つけ、寧ろ嬉しそうな表情を見せる。


「おおっ、おコゲだ。ここが美味しいんだよねー」


 煮貝にも手を伸ばし、『兄様の旅の手帖』に間違いはないと頷く。


「夕飯には、お魚もたべたいな。でも、今は捕れないんだっけ」


 頑張って海の妖を退治しよう——。


 密かに決意を固めつつ、更におかわりを重ねるミトであった。



  ○ ● ○ ● ○



 海の方面と山の方面へと、道を頒かつ分岐点に急ぐ道すがら、それまで無言だったハンゾウが口を開く。


「お前さん、海と山。どっちがいい」


「わたしは、どちらでも構わんぞ」


「ほう。だが実はもう、山へいってもらおうと決めてある」


「ならば、何故わざわざ問う」


「いやぁ、お前さん、海は苦手かと思ったんでな」


「わたしは泳げるぞ。海も決して苦手などではない。ただ幼い頃川遊びの折りに……」


「はっはっは。そういうんじゃねぇんだ。単純に、海の中じゃあ刀は振れねぇだろ」


「うむ。そうか……。だが、そうでもないぞ。水中では突けば良いのだ」


「お前さんの流派は、ほんと相手を選ばねぇんだな」


「何の皮肉だ、それは」


「誉めてんだよ。これでも一応は」


「そうか。では素直に受け取っておくとしよう」


「本来なら俺が海中から追い立てて、ヤツが顔を出したとこをお前さんがスパーンとやっちまうのが簡単なんだが」


「今回は、そうもいかぬか」


「そういうことで、山の妖を頼む。やつらの正体は判ってない。油断するなよ」


 まあ、お前さんなら、どんなやつが相手でも斬っちまいそうだが——。


 早くも山の方角を睨み、既に臨戦態勢となっているジュウベエの横顔に、ハンゾウは、まるで、彼が長年の相棒であるかのような、頼もし気な視線を送るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る