第12話 『飛び道具か?』はたまた『妖刀か?』

「飛び道具……か」


 男の手に握られているのは、不穏な匂いを漂わせる、鈍い光を放つ黒い筒。

 それを左手を台座のように使い、交差する筒を握った右手を、手首の位置で固定する。


「これは、あのお方から授かった、私を上級民へと還すための道具、回転式連発拳銃です」


 そう言って、彼は自身の眼前で銃を構えると、ジュウベエの眉間に向けて照準を合わせた。

 ジュウベエは正眼の構えをとる。その切っ先もまた、男の眉間にぴたりと狙いを定めている。


「なんですか、その構えは。道場で剣術を習いたてのわらしでもあるまいし」


 嘲るような薄笑いを浮かべる男。無言で、じわりじわりと摺り足で間合いを詰めるジュウベエ。


「的が、自ら近づいて来るとは愚かな。私が、貴男に当てやすくなるだけですよ」


 男が引き金を引き絞る瞬間、ジュウベエは俊敏で、力強い踏み込みを見せる。


 放たれた弾丸を刀を立てて弾き飛ばし、その刀身はそのまま男の銃を持つ手を跳ね上げる。

 刀を握った右手は振り切り、更に踏み込んで左の拳による一撃を放ったかのように見えた。


 が、その間際、ジュウベエは、握った拳を開くと、男の胸元を突き飛ばして大きく後方へ飛ぶ。

 のけぞる男の、もう片方の手に握られた銃は、天に向かって虚しく音を響かせた。


「この拳銃というものは、撃てる数が決まっていましてね。こうして予備を持っているのですよ」


 蹌踉よろけた態勢を立て直しながら、両手に銃を持った男は、不気味な笑顔を浮かべ不遜にうそぶいた。


「貴男が近づいて来たときを狙って、不意打ちを仕掛けたつもりだったのですが……」


 話しながらも、男は両手の銃を続けざまに放つ。

 それをまた難なく、刀で弾き返すジュウベエ。


「おや、こちらはもう弾切れですか。仕方ないですね」


 男は全弾撃ちきった銃を腰に差すと、残った銃を両手で構え、撃鉄を引き起こした。

 慇懃無礼を絵に描いたような男から笑顔は消え、その細い目が、かっと鋭く開かれる。


 ここで刀を抜くべきか、いや抜けるのか——。


 一瞬の逡巡。


 だがジュウベエは、再び、すうっと正眼の構えをとった。


「次は外しませんよ。しかも私には、まだ奥の手も……」


 男が言い終わらないうちに、ジュウベエは先ほどの上をゆく、疾風迅雷シップージンライの勢いで踏み込んだ。


 一撃目とは、比べ物にならない速さ、そして強さ。


 瞬きひとつの間に勝負の行方は決まる。


 一度の踏み込みで、右手・左手・鳩尾みぞおちへと三度の突き。


 男は一度も引き金を引くことなく仰向けに倒れた。


「勝負の最中に口数が多いのだ、馬鹿者」


 ジュウベエは、倒れた男を見下ろし呟いた。動かなくなった男の乱れた懐からは、少し形の違う、もう一挺の銃が見えている。


「もうひとつ隠し持っていたのか。こんなものが奥の手だったという訳だ。実に、つまらん」


 いずれにせよ、刀を抜く程の相手でもなかった——。


 そうジュウベエは思うのであった。



  ○ ● ○ ● ○



 暮れかけた陽も夏の始まりでは、屋外はまだ充分明るい。

 しかし閉め切った屋敷の中には陽光が届かず、邸内は淀んだ空気と共に、より一層暗さを増している。


 手代は一番奥の間に隠れているだろう——。


 そういった見当のもと、広い邸内を、慎重な足取りで進むハンゾウ。

 屋敷に辿り着くまでは、鉤手・丁字路・袋小路……。城下町並みの仕掛けが満載だったが、ここには罠のひとつもなかった。


「その代わり、と言っちゃなんだが、壁といい床といい……無駄に豪華な造りだね、こいつは」


 ひとり呟くハンゾウの前に現れたのは、蔵のように厚そうな漆喰の壁と、重そうな鉄の扉。


「邸内に蔵か……。ここがヤツの文字通り、最後の砦って訳だ」


 ハンゾウは、軽くコンコンと扉を叩き、ふんと頷くと、無造作に扉の取手辺りを殴りつける。

 扉の内で、次々に何かが壊れる音が静かに響く。音が鳴り止むと同時に扉は静かに開いた。


 蔵の中には、脇差しと思しき、短くはあるが、異様なほど妖しい光を放っている刀を構えた手代が、こちらを睨んでいる。


「おのれ、怪しい妖術使いめ。この儂にいったい何用だ」


「俺は別に妖しい術なんぞ、使ってねぇよ。まぁ、存在が怪しいってのは認めるけどな」


「うるさいっ! 『ウツホラキリ様』の餌食となるが良い」


 手代は上下左右、滅茶苦茶に『ウツホラキリ様』を、幾度も幾度も振り回し始めた。

 その素人同然の切っ先をかわしながら、手代に近づいていくハンゾウの頬の横を何かが掠める。

 思わず飛び退いたハンゾウの後ろで千両箱が真っ二つに割れ、中から黄金色の小判がザラザラと零れ落ちてゆく。


「ふっはっはっはっは。見たか『ウツホラキリ様』の力をっ!」


 『ウツホラキリ様』を振り回し、斬撃を飛ばす手代。しかしハンゾウは、ひょいひょいと器用に、ことごとく斬撃を避けた。


「くそっ、くそっ!」


 尚も次々に飛んで来る斬撃を、まるでハエでも追い払うかのように、無造作に手の甲で叩き落とすハンゾウ。

 彼は、少しだけ紅を差したように見える色の瞳で、手代というより寧ろ、その手にある『ウツホラキリ様』を睨む。


「まぁ、術ってのも色々あってね」


 ハンゾウは手代に向かって歩みを進めながら、まるで子どもに何かを教えるような口調で彼に語りかける。


「言霊を重ねて発動させたり、精霊の力を借りて発動させたり……。そいつみてぇに何かの念が込められた道具なんてのもある」


 肩で息をする手代は『ウツホラキリ様』の力が通じないことに呆然として、構えたままの姿勢で立ち尽くすばかり。


「俺は訳あって近頃じゃ、そんな術が使えなくなっちまってな……。ただ『力』を集めるのと、それを体ん中で練るのは得意なんだよ」


 近づいてくる気配に、遠くを見る目をしていた手代は、はっと構え直すも、ハンゾウは既に間近に迫り、その手を振り上げる。


「だから俺はこんな時、『力』を込めた拳で相手を思いっきりぶっ飛ばすことにしてるのさ」


 ひっと声を上げると、その手の『ウツホラキリ様』を放り出し、背を向け両腕で頭を抱えうずくまる手代。首筋にちょんと手刀を入れると、呆気なく失神した。


「今までやってたのは、『力』なんぞ使っちゃいない只の体術だけどな。ま、聞いちゃいねぇか」


 手代が放り出した『ウツホラキリ様』を拾い上げ、転がっていた鞘に収めながらハンゾウは笑った。



  ○ ● ○ ● ○



「もう夕方近いのかな。だいぶ涼しくなってきたね」


 すうっと大きな深呼吸するミトだったが、どこからか漂ってくる異臭に顔をきゅっとしかめる。

 どうやら自分自身が匂いを発する源だと判ると、胸元や脇などを盛んにクンクンと鼻をひくつかせた。

 それが羽織の裾辺りからだと知ると、うげっと顔を歪めたが、その表情は次第に笑いに変わる。

 匂いの付いた原因、つまりは馬丁通りでの起きた、事の次第をひとつひとつ思い出したのだ。


 あの時の、あいつらの顔ったら——。


 匂いのコトも忘れ、残り少なくなった握り飯を頬張ると、また元気が出てくる気がした。

 手近にあった大きな石の上に腰掛け、今日半日の出来事について、あれやこれやと考えを巡らす。

 思えば、町の山側の端から、脇道や街道を横切り、海側の端まで追いかけっこをしてきたのだ。


「これもまた、立派な冒険よね。あんまり、しょっちゅうは、やりたくはないけど。少し楽しいかも」


 やはり残り少なくなったお茶を一口飲むと、彼女は再びすっくと立ち上がるのであった。



  ○ ● ○ ● ○



 屋敷の広い庭が良く見える長い濡れ縁に、運んできた手代をどさりと転がすハンゾウ。

 庭を照らしている眩しかった陽も、先ほどまでと比べれば少しだけ和らいでいる。


 縛り上げられた手代は、先刻より気を失ったまま、ぴくりとも動かない。

 ハンゾウは腰に差していた『ウツホラキリ様』を、鞘からするりと抜くと言った。


「さぁ、『ウツホラキリ』。御取り調べの時間だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る