第11話 『粗相をした下民は厳しく躾けなくてはいけません』
ハンゾウから聞かされる、手代の用心棒の中でも、その過去も含めて最も注意すべき人物。
日頃、感情を
「その後、その町はどうなったのだ」
「何かしらの特産品があったらしくてな。まぁ、それまでは上がりを、その一族が独占してたんだが、辺境領主の直轄地として持ち直したそうだよ」
手代の屋敷を目指している最中。こうして話をしている間も、ふたりには数々の敵が、手に手に得物を携え、断続的に襲い掛かってくる。
それを叩きのめしながら、ふたりは歩みを進める。もっとも、来る敵来る敵を、片っ端から切り伏せているのはジュウベエひとりであったが。
「少しは貴様も戦ったらどうだ。避けるのだけは巧いようだが」
「俺は戦闘向きじゃなくてね。それよりコイツらはヤッちまうなよ。後でじっくり話を聞かなきゃならん」
地面には屍が累々と転がっている。いや別に息はあるのだが。ひくひくと身体を痙攣させ、正に虫の息といった様相を呈していた。
「こやつらは、このまま転がしておいて構わんのか」
「おお、後で仲間が来ることになってる。捕縛は任せて、そのまま放っておいてくれて構わんぞ」
○ ● ○ ● ○
一方、その頃のミトはといえば。
壁際に追いつめられ、ジリジリと迫る追っ手と睨み合っていた。
追っ手の何人かは、まだ少年といっても良いくらいの若者たちだ。
「ご、ごめんなさいっ。仕事なんです」
抱きつくかのように掴みかかってくる相手を、ひらりと
「何やってんだっ。全員でいくぞっ。せーのっ」
一斉に飛びかかってくる、その手が触れる寸前、ミトは彼らの頭上、遥か高くに飛び上がっていた。
信じられないような跳躍力。猫のように、宙でその身を回転させた彼女は、追っ手の背後にふわりと降り立つ。
「ほらほら。左側包囲薄いよー。ナニやってんの」
自ら追っ手たちを煽り、彼らの間を、するりするりと駆け抜けていく。
ミトはまだ、追いかけっこの真っただ中であった。
○ ● ○ ● ○
町中にある、目指す屋敷も間近に迫る路地。しかしそれは、曲がり、突き当たり、なかなか屋敷には近づけない。
「ふむ、まるで迷路のようだな」
「ああ、城の下に作られた町と同じだ。俺たちのような曲者が、容易に入り込めないようになってやがる」
すると突然、頭上から無数とも思える矢が、雨あられと降り注ぐ。
塀の向こうから、気配を頼りに無闇と放っているのであろう。
「あぁ、面倒臭えなぁ、全くよう」
ハンゾウはひょいひょいと器用に矢を避けながら、矢の飛んで来る心配のない、手近な長屋の軒下に逃げ込んだ。
「ふむ。ならばこうすれば良かろう」
飛んでくる矢を、刀で叩き落としていたジュウベエは、たんっと踏み込むとハンゾウの脇の壁を切り裂く。
「どうせ、やつら一味のものだ。気にすることもなかろう」
ほう——。ハンゾウは、一瞬意外そうな表情をするが、すぐにその目には笑みが浮かんだ。
「でかしたっ! さっ、いこうぜ、ジュウベエ」
大きく崩れ始めた壁の隙間から、ふたりは一気に中へと飛び込む。
飛び込みながら、ハンゾウは矢の飛んでくる方向へ、何かを投げ込んだ。
「今、何か投げたであろう。あやつらに何をしたのだ」
問いかけるジュウベエの背後で、塀の向こう、大きな爆発音と白い光が上がるのが見える。
「面倒だから、ちょいと寝てもらったのさ」
飛び込んだ先は、手代の用心棒たちが、日頃から
足下の酒盛りの跡を蹴散らして、辺りの気配を伺う。案の定、手代一派の姿はどこにもなかった。
そのまま襖を蹴破り、壁を切り裂き、長屋の中、手代の屋敷を目指し、前へ前へと進んでゆく。
何件目かの壁をぶち破ると、ついに手代屋敷の側面に沿う、やや広い路地へと出ることができた。
「あそこの角を曲がれば、この屋敷の正面に出る」
「ふむ、承知した」
ハンゾウは辺りの気配を油断なく伺いながら、ジュウベエの握る刀を見て嘆息する。
「それにしてもお前さんのそれは、すごい威力だったな」
「刀の力ではない。わたしの鍛錬の賜物だ」
「さっきの相手の息の根を止めず、足腰を立たなくしたアレもか」
「うむ、鍛錬の賜物だ」
だが——。ハンゾウはいつになく真面目な表情で、ジュウベエ得物に目をやりながら話す。
「ヤツが現れたら、迷わずそいつを抜け」
「先刻の話に出て来た、用心棒の
「ああ。ヤツだけは人の命を取るのに躊躇ねぇ」
「ふっ、心配ない」
嫌な目つきだったな——。ジュウベエの頭の片隅に何刻か前に会った、商家の若旦那風の慇懃無礼な顔が浮かぶ。
とその時、邸内から出てきたのだろう。路地の角から、手に手に得物を握った用心棒たちが、わらわらと現れた。
「じゃ、そういうことで、ひとつ頼まぁ」
「貴様、どこへっ」
ジュウベエが、ハンゾウの方へ視線を向けた時、既に彼は煙のように消えていた。
ふむ、やつは屋敷の中へでも飛んだか——。
ハンゾウの行方を推し量るジュウベエに、容赦なく、次々に切りかかる用心棒たち。
それを一刀両断のもと切り捨てる。例によって、口から泡を吹いているものの命に別状はなさそうだ。
「囲め、囲めえーっ!」
「一気に行くぞ、一気にっ!」
前方から取り囲むように迫り来る相手を、優雅な動きで横に薙ぎ払う。
「愚かな。この道幅で、わたしを囲める筈なかろう」
左右から周り込もうとする相手にも、刀を一閃。声を上げる間もなく敵は倒れていく。
「広い庭にでも、待ち伏せていれば良かったのだ」
そう言い捨てると、素早く前方へ踏み込んで
相手の目には、一瞬のうちにジュウベエが、目の前に現れたように映っただろう。
「もっとも、囲まれたところで、どうということもないが」
あれだけいた用心棒たちも、動けるのは残り僅か。その殆どが地面に倒れ込み、呻き声を上げている。
「くそっ、覚えてろよ」
無事だった用心棒たちは、口々にお決まりの捨て台詞を吐くと、踵を返して屋敷の方へ逃げていった。
彼らが屋敷の角に姿を消した途端、パンパンッという何かが破裂するような音が響き、次いで、どさどさっと人の倒れるような音がする。
すると、先ほど逃げ出した用心棒の一人が両手を上げて、後ずさりするように一歩、また一歩と戻ってきた。
「いけませんねえ。お願いした仕事は済ませていただかないと」
後ずさりしていた用心棒の背が塀に当たり、それ以上退がれなくなったとき、何か不穏な雰囲気を全身に漂わせたその男は姿を現した。
「た、助けてくれ。兄貴」
顔は青ざめ、手は震わせた用心棒は、首を左右に振りながら懇願する。
「いいえ、粗相をした使用人は厳しく躾けなくてはいけません」
慇懃な物腰に、冷徹な目つき、口元だけが凶悪に嗤う。
その瞬間、用心棒は若旦那に背を向け、ジュウベエの立つ方へ逃げ出した。
と同時に、またもや一発、パンッという何かが弾けるような乾いた音が鳴る。
前のめりに倒れ込む用心棒。その後ろ頭には、小さな赤黒い穴が穿たれていた。
「それに、あなた方のような下民に兄貴……、などと親し気に呼ばれる筋合いはございません」
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