第13話 『てめーら、全員、ブチのめすっ!』
むかーしむかし、わしがまだ小さかった頃、爺様に聞いた話じゃ。
わしの家は代々漁師でのう。とは言っても、この辺の家は皆漁師をやっておるんじゃが。
ある年の秋のこと、漁師仲間の中で、妙なことを言い出すやつがおったんじゃよ。
何やらバカにでかくて太い、蛇みたいな魚に襲われたっちゅうて大騒ぎじゃった。
そうこうしているうちに、漁に出たまま帰らん舟が一艘、二艘と増え始めてのう。
町の若い衆が手に手に銛を取って、討伐に出掛けたんじゃが、戻ってきたのは一艘きりじゃったよ。
命からがら帰ってきた者が言うには、海ん中をうねうねと泳ぎ回り、大きな口には鋭い牙が幾つも生えとったそうなんじゃ。
そんな化け物がいる海へ、漁には出られんのでのう。困ったとったところに、旅のお侍が現れたのじゃ。
何やら小ぶりながらも良く切れそうな刀を一振り持っとっての。噂を聞きつけて腕試しとばかりに討伐に来たんじゃと。
小舟で海に出たお侍は、見事化け物を討ち取ったばかりか、浜までその化け物の亡骸を綱で引いてきたんじゃそうな。
化け物の正体を見て皆びっくりじゃ。なんと、それはそれは大きな大きなウツボだったそうなんじゃ。
その化け物ウツボを、お侍は持っとった刀できれいに捌いて、皆に振る舞ったそうじゃ。またそれが、とても旨かったという話じゃ。
以来、この町ではウツボを磯で見かけると、大きくなる前に、と皆で食べてしまうようになったんじゃよ。
————とある海辺の町の『老人が語る昔話』より
○ ● ○ ● ○
「こいつを
手にした『ウツホラキリ様』に向かってハンゾウは問い掛けた。
返事はない。ただの刀のようだ。
「なんとか言えよ、この野郎。でないと……」
ハンゾウは手底と拳で刀身を挟むと、ぐいっと力を込める。
「……やめんか……折れてしまうじゃろう……」
頭の中に直接響いてくるような不思議な響き。男か女か
「おとなしく俺の言ってることに答えろ。さもなくば……」
刀の柄元を拳でトントンと叩き、折る素振りをする。
「判った。判ったから、折るのだけは堪忍してくれ。ようやくツクモガミになれたんじゃ」
「ふん、やっぱりな。ほんとはお前、刀なんかじゃないんだろ。にしちゃバカにデカいが、そのなりは包丁にちがいねぇ」
「
「やつらに『ウツホラキリ』とか呼ばれてたが、ウツホラってのはウツボの古い呼び名だろう。差し詰めウツボを引くための包丁ってとこか」
「左様。儂は、そこの男の家に家宝として、代々伝わっていた古の包丁じゃ」
「その包丁風情が何故、斬撃を飛ばしたり刀の振りをする。その力はどこから手に入れた」
「それは儂にも判らん。刀の振りなどもしてはおらん。儂は包丁としての役割を全うしてきただけなんじゃ」
「だが、お前からは妖モノみてえな臭いがプンプンするぜ。人斬り包丁ってやつじゃねえのか」
「そんなもの、其方だってさせとるじゃろう。そもそも儂は、そやつを
「手代の故郷か……、そう言えば、あの用心棒の男の一族が支配していた町も同じ場所か」
「其方のいう場所がどこかは知らぬが、そやつは故郷で料理人をやっておった。商いの才能もあって、腕も良かったんじゃが」
「ああ、あそこは
ハンゾウは、何かを思い出したかのような遠い目で溜息をつくと、調べを再び始める。
「で、お前はいつからツクモガミとして意識を持ったんだ」
「そやつが故郷を出る少し前だから、割り方最近のことじゃな」
「手代が故郷を出奔したのは何十年も前、ヤツが若い頃のことだぞ。全然最近じゃねぇだろうが」
「そんなことを言うても、儂に人が過ごしとる時の長さなど判る訳なかろう」
「それもそうだな。じゃあ、いつからあんな風に、妖刀紛いのことができるようになったんだ」
ウツホラキリは我が意を得たり、とばかりに饒舌に語り出す。
それもまた、それこそ最近のことらしい。もっとも人と感覚が違うツクモガミの言う最近など当てにはならないが。
この辺りでは魚が穫れない。当然かつてのようには使われなくなる。それでも晒しに巻かれた上で、大切に仕舞われていたようだ。
「残念なことにいつの頃からか使われなくなってのう。仕方ないので、どこぞの棚の上でフテ寝をしとったわ」
ウツホラキリ曰く、どれくらいの年月を寝て過ごしていたかは判らないが、ある時、手代や用心棒と共に、何者かがやって来たという。
その者が怪し気なマジナイを唱え、ウツホラキリを鞘に納めたらしい。
その上で、この蔵の中に備えてあった神棚に、祀り上げられたとのことだ。
以来また眠る日々が続いたとのことだが、その眠りはこれまでにない深いものであったそうだ。
「そこのそれ、鞘とかいうものに納められてのう。気持ち良く、ぐっすりと眠っとったんじゃが」
だがある時、ウツホラキリを神棚から降ろし、鞘から引き抜いて、その名を呼ぶ者があった。
「何しろ久方振りの出番じゃからな、儂も張り切ろうというもんじゃ。わかるじゃろう」
「気が付けば、斬撃なんぞが飛ばせるようになっていたという訳か」
「皆の儂を見る目に、畏怖の念が宿っておってな。儂も少しばかり気分が良かったわい」
「それで、お前を呼んだのはいったい何者なんだ」
「それは、ほれ。そこに倒れとる手代とやらと、そやつに付き従っておる用心棒の男じゃ」
「では、お前にマジナイかけたヤツってのどんな男だった。なんかこう、覚えていることはないか」
「いや、確かそやつは女だった……ような気がするのう。そういえば、そやつ、あれきり姿を見かけんが」
こいつに、何かしらの術を施した女ってのが黒幕か……。いや、寧ろその女術士を連れて来たっていう、あの若旦那風の用心棒が怪しいのか……。
先代とは違うが、それなりに商いに励んでいた手代に妖刀を授け、表じゃ忠実な配下の振りをして、自分の良いように操ってたってことなのだろうか。
「それにしちゃあ、何かと合点のいかねぇことが多過ぎる……」
ハンゾウは鞘ともどもウツホラキリを手に取ると、あちこちを探りながら、ためつすがめつ、じっと眺める。
「待て待て、こいつはどういったことだ」
術が施された痕跡を探していたハンゾウは、鞘の根元に隠すように刻み込まれている呪印を見つけて驚いた。
てっきり、刀に変化するような術が施されていると思っていたのだが、そこにあるのは、おそらく刀としての力を取り戻すためのものであったのだ。
「まぁいい。お前の処遇は保留だ。もうちっと眠っとけ」
こらっ、とか、待てやっ、という言葉が頭の中に響いたが、聞き流すことにしたハンゾウであった。
○ ● ○ ● ○
「てめーら、全員、ブチのめすっ!」
ミトは、今度こそ、間違いなく閃光弾を手にしていた。
前方にいる連中の足下目がけて、力一杯、それを叩き付ける。
と同時に彼女は、包囲陣のど真ん中に向かって駆け出した。
目映い光と共に、何かの力も解き放たれ、辺りに広がってゆく。
言うなれば真っ白な闇。
それは、地面も、空も、追っ手たちも、そしてミト自身をも飲み込んでいくのであった。
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