その強欲はいらない。

長月瓦礫

その強欲はいらない。


ギラギラと照り付ける太陽、寄せては返す波の音。まさに夏の象徴だ。


「本当にこんなところにいるのか?」


「らしいっスよー……蜘蛛みたいな見た目してるんだって」


大剣を背負ったギュンターが周囲を見渡しながら、慎重に歩く。

その後ろを赤と黒のまだら髪のシェフィールドが岩場をひょいひょいと飛び越えながら、ついていく。

長袖に長ズボン、見ているだけで暑い格好をしている。


足音を立てないように、ゆっくりと岩場を歩いていた。


近くの浜辺で巨大な蜘蛛が現れた。

通りかかった船が糸のような白い物体に引っかかり、海中に引き摺り込まれた。

海面に張り巡らされていた糸で捕獲したのち、自身が持つ毒で人間を殺し、捕食するらしい。

運良く逃げ切れた乗組員からの情報だ。


蜘蛛は人間の言葉を操り、自らを強欲と名乗った。

普段なら、退魔師が対応する案件だ。

自分たちが出しゃばる場面ではない。


しかし、それを聞いて黙っていられなかった。

その名を持つのは自分たちだけで十分だ。

誰よりも早く、海蜘蛛退治に名乗りを上げた。

魔界を治める評議会が幹部の一人、強欲のシェフィールドである。


強欲を名乗っている以上、放っておくわけにもいかない。

友人のギュンターも呼び、二人で行動することになった。


「タコならスミでも吐きそうなものだけどな」


ギュンターは足を止め、片手を広げた。

シェフィールドはその先を見る。


蜘蛛の影響なのか、海面がどす黒く染まっている。

小さな岩が点々とあり、蜘蛛の巣のような模様浮かんでいる。なるほど、船の上からだと波に紛れて余計に見づらいかもしれない。


「あそこ、水に浸かったらどうなるんでしょうかね」


「これでも投げてみるか」


岩場に引っかかっていたゴミを投げた。

落下した途端、煙が上がった。


「一歩でも立ち入ったら死ぬってことね。

レックス、飛べ」


手のひらから、数羽の小鳥が飛び出した。

周辺を探索できる魔法のひとつで、彼らの目に映る物が彼に直接送られる。

空間に四角形を描き、映像を確認する。

鳥たちは蜘蛛の頭上を旋回しつつ、様子をうかがっている。


「向こうは気づいていないみたいだな」


「魔力は感知できない、と。

人語を使うって聞いてたから、頭いいのかと思ったけど……そうでもないのかな」


魔法は人間だけの物であり、動物が使用した話は聞いたことがない。

海面に出ている岩は足の関節で、本体は海に沈んでいると聞く。


「じゃあ、こっちから仕掛けてみようかな。

レックス、砲撃開始」


鳥たちはくちばしから爆弾を吐き出し、投下する。

水柱が上がり、波が大きく揺れた。

蜘蛛の巣は千切れ、波間に漂う。


「我を呼ぶのはどこぞの人間だ」


低音が空気を揺らす。小型船舶より一回り大きいのが海中に潜んでいた。

四方八方に糸がまき散らされ、鳥が撃ち落された。

長い八本足が水面から上がり、大きな体が現れた。


「うっわ、本当に蜘蛛じゃないスか!」


思わず大声を上げたシェフィールドに対し、ギュンターは大剣を構えた。

水面下に潜み、静かに獲物を狙う。

海の色と同化するために、体の色も青くなっている。


「アンタ、強欲って名乗ってるらしいじゃないスか。

一体どこの誰の許可を取って、そんなこと言ってるんスかね?」


「貴様らは何者だ」


牙を鳴らし、威嚇する。

いつの間に、こんなバケモノが侵入していたのだろうか。

いつぞやのスイカのように、誰かが人間界から持ち込んだのだろうか。


「別に。お前のようなバケモノに名乗る名前はない」


「俺が評議会幹部の強欲っスよ! 頼むから諦めないで!」


「お前らの仲間になった覚えはない」


プライドよりも面倒くささが勝ったらしい。

それでは何のためにここに来たのか、分からない。


「強欲……評議会なんぞ知るか」


「その態度、少しは弁えた方がいいと思うがな」


ギュンターが大剣を振り下ろし、足を叩き切った。

体液をまき散らし、水面に浮かぶ。


「投降するなら今のうちだ! どうする!」


彼の言葉も聞かず、潜水した。

波が大きく揺れ、すかさず足に飛び乗った。

人が乗っても沈まない頑丈さは目を引く物がある。


「上等じゃないっスか! レックス、一斉砲撃!」


鳥たちが水面へ爆弾を次々と投下する。

水柱が上がるものの、浮上する気配はない。

蜘蛛の目が反射し、二人と目が合った。


糸を飛ばすだけ飛ばし、鳥を消し去った。

表に出てくるつもりはないらしい。


「おい。本体が出てこないとどうにもできないぞ」


「完全に警戒されちゃってるっスね」


鳥を飛ばしても反応がない。

爆弾を落としたところで、先ほどと似たような展開になるだけだろう。

水面には糸の切れ端が浮かんでいる。切れ端と言っても、かなり長い。

シェフィールドはその場で屈み、手に取った。


「おい、遊んでる場合か?」


「いや……ちょっと待って」


両端を伸ばす。

かなり頑丈で、そう簡単に切れそうにない。

船を引きずり込むだけの力はある。


「アイツが出てきたら、道を作るから。思い切り走って」


「何をするつもりだ」


「出てこないってんなら、無理やり引きずり出すだけっスよ」


今度は鳥ではなく、マンタを召喚する。

大きくひれを動かしながら、滑空する。


武器は持たない。ゆっくりと空を飛ぶだけだ。

糸が吐き出され、尾ひれを捕まえた。


「捕まえた! そのまま引っ張れ!」


マンタはまっすぐ進み、蜘蛛を海中から引きずり出した。


「何奴!」


「だから、強欲だっつの! 行け!」


今度は階段が現れ、指示の通りにギュンターは駆け上がっていく。

蜘蛛の後ろに回り込み、大きく飛び上がった。

剣を大きく振りかぶり、腹部を縦に切り裂いた。


体液が打ち上げ花火のように、空高く吹きあがった。

海がアイスコーヒーのような茶色に染まっていく。


これが蜘蛛が持っている毒なのだろうか。

体液がついた部分が焼け焦げている。


ギュンターが泳いで逃げてきた。

毒は海面に集中しており、海中にはあまり広がっていないらしい。


「大丈夫っスか? 病院行く?」


「風呂に入れば問題ない。こんなバケモノ、いなかったはずだろ? 

誰が連れてきたんだ?」


「俺に言われても困る」


手を差し出して、彼を引き上げた。

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その強欲はいらない。 長月瓦礫 @debrisbottle00

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