さめ!サメ!鮫!? -魚類最強は異世界でも最強だった-

笠本

さめ!サメ!鮫!?

 日の光が神秘的に降り注ぐ海の中。


 色鮮やかな魚の群れの間をゆるりとすすむのは俺、鰐淵わにぶち祥介しょうすけ


 スマートな背ビレをなびかせ、肉厚な尾ビレを動かせばぐいっとスピードが上がる。

 シャープな鼻先からつながる口を開けば、誰もが眼を見はるクレイジーな牙の並び。


 そう、サメ。


 いやあ俺ってちょっと前までブラック企業で社畜やってたんだけど、休日出勤中に倒れて気づいたらこの姿になってたんだ。多分あそこで死んで転生したんだと思う。


 ちょうど労働基準局の臨検日だったから会社とクソ上司の責任になってるはず。ざまあ。


 それで念願の異世界転生なんだけど、俺の希望って魔王様の生まれ変わりでスクールライフだったのになぜかサメだったんだ。

 会った覚えはないけど、これ絶対女神様ってば俺の名前が鰐淵わにぶちだからってサメにしちゃってるよ。


 どうせ鰐ならそのまんまワニの方にしてくれればよかったのに。それなら敵倒してレベル上げてけば人化にワンチャンあったと思うんだ。勇者の仲間になってタフネスぶりを誇ったりしたかったよ。


……なんて嘆いてたのは最初だけ。


 いいわサメ。最強。やっぱ俺TUEEEEだよね。この辺で俺に敵うやつはいないよ。


 嘘、シャチはちょっとヤバかった。いや、勝てるよ単体なら楽勝。でもあいつら群れるからね。集団でこられるとキツイ。まあ数回やりあったら大人しくなったから、この辺の海は俺のテリトリーって感じ。


 サメのいいとこその2。

 イカ美味しい。カニ美味しい。


 昔から好きだけど生でまるかじりできるのはサメの特権。ぷしゅっと飛び出たイカスミごとごっくんするのがオススメだよ。

 カニも海底の砂をつついて探すとこからが楽しいんだよね。


 もちろんサメだから衣服なんて必要なし。


 つまり衣食住が満たされたスローライフを送ってるってわけ。


 たまに人恋しくなることもあるけどね。この世界って獣人がいるはずだから会ってみたいんだよ。あの猫耳とか犬耳がついてるの。

 他にもぴょんと揺れる白くて細長くて中が赤くってコントラストがかわいいタイプとか。

 そう、ああいうウサ耳ね……


「兎獣人だあああ!」


 突然俺の視界に入ってきたのはローブを着た獣人の少女。ウサ耳のついた頭を下に沈んできて、明らかに意識はない。まさか死んでる? いや、口からわずかに空気が漏れている。


「うをおおおお!」

 俺は全力で少女に泳ぎ寄る。そのまま鼻先で少女をおしこんで水上へ。


 ざばっと海面に浮かぶ少女。そのまま沈んでいこうとする彼女を、俺は口を開いてささえる。

 必死にバランスをとっている内に「ぶはっ」と少女が水を吐いた。


ふわいふおうふか大丈夫か!?」

 俺がそう尋ねると、

「きゃああああ! 食べられるー!」

 暴れる少女。


 ちょ、まて、落ち着け。

 俺は仕方なく少女を甘噛みして押さえつけた。そこで気づく。ずっと向こうに小さく何かが動いてることに。


 船だ!


 いきなり水中に現れた少女。あそこから落ちたに間違いない。


 少女の方はひとしきり暴れるとぐだりと力が抜けてしまう。


 急げ、急げ。

 俺は全力で尾ビレを動かす。

 バッシャバッシャと水面に水しぶきを飛ばしながら船へ向けて泳ぐ。


 やがて船上に人の姿が見えた。こちらを指差して何やら騒いでる。

 そうだよ、落っこちたキミたちの仲間をお届けにきたよ!


 彼らの表情が見える距離まで近づけば、

「くそ、人の血を覚えやがったんだ!」

「かまわねえ。撃ち抜け! 死体を残すな!」

 えっ!?


 そしてググッと船尾サイドの大砲がこちらに向けられる。やばい、と思った直後にドンッという轟音、同時に吹き飛ばされる俺の右半身。


「ガアアアアッ!」

 痛い、熱い、意識が飛ぶ――――

 やばい……


「ぅぅっ……」

 少女が俺の口からずり落ちた。


 くそっ!


 俺は水中に沈んでいこうとする少女を慌てて咥えなおす。力なく手足をばたつかせる少女。弱い抵抗だけど、俺の全身が悲鳴をあげる。流れる血が赤黒く周囲に広がっていく。


 振り返ると船はもうはるか小さな点。この傷じゃあ追いつけない。だったら……


「ふおおぉぉ!」


 少女の下半身をのみこんで頭だけ出して泳ぐ。効率が悪い上に傷をおった体にはきつい。でも水中じゃあ彼女が息をできない。

 幸い少女も自分が食べられないことが分かったのか、俺の鼻先をかかえこんで必死に顔を水面に出すことに専念してる。


 そうして10分? 20分? 二つの人生合わせて一番長く感じた時間。


 ようやく目的地ににたどり着いた。


 俺のテリトリー内にある小さな島。わずかに木が数本生えてるのが見えるだけのこじんまりとした無人島。


 ズザアァという砂音がなる小さな砂浜。

 胸ビレをばたつかせて地面を這ってそこに少女を押し上げる。


 コロンと転がった彼女がウサ耳を揺らして息を整えているのを確認し、俺はヒレを動かすのをやめた。もう痛みと疲労で限界だ。


 悪いな獣人少女。俺ができるのはここまでだ。


 意識が遠くなっていく。社畜の後のスローライフは短かったけど、いいよな。こうして一人の少女の命を救えたんだから。

 女神様、今度こそ魔王様の生まれ変わりに転生させてください……

 

 暗くなっていく視界に静かな声が重なる。


「全ての精霊を統べる女神リッツ=イーナよ。敬虔なるしもべが願います。その恩寵をここに横たわる信徒にも施したまえ。聖なる癒やしの光を……」


 へえ、女神様ってそんな名前だったんだ…………あれ?


 真っ暗だった視界が白く光だし、やがて鮮明クリアになっていく。そこには膝まづいて祈る少女。ウサ耳がゆらゆら揺れている。

 

「ウサ耳っていいよね」

「サメが……しゃべった」

 驚愕の表情で少女が顔を上げると、連動してウサ耳がピンと立った。


        ****


「ってな訳でこの世界に転生してきたんだ」

「はー ……女神リッツ=イーナ様がそのような奇跡をおこされるとは」


 このウサ耳少女、ラビィって名前だって。かわいいね。外見も高校生くらいで目がくりっとしてるのがチャームポイント。


「それよりラビィのこと教えてよ」

「はい、私は――――」


 ラビィの説明によればこの娘はアニマ王国のお姫様。俺の今いる海の南側の大陸の国なんだけど、いろんな種族の獣人が共存したケモノパラダイスらしい。


 そんで北側の大陸にあるのがダドル帝国。帝国は獣人を劣等人種扱いするから昔からちょっと距離をおいてたんだけど、最近になってアニマ王国とは関係がかなり悪化しているのだという。


「北の大陸にも少数ですが獣人がいるんです。大昔に海を渡った分家の方々が。入り江の中や深い森のなかに住んでるので帝国と絡むことはなかったんですけど、新しい皇帝が獣人排斥をとなえて彼らを迫害しだしたんです。捕まえて収容所に押しこめるなんていう非道な真似を」


「ひどいな……」

「私は王女として北の大陸のまだ捕まっていない同胞を救おうとしていたんです」


「ところがそこを帝国に邪魔をされたと」

「はい。同胞を収容して帰還中の船を襲われて。私は王女として名乗りを上げれば彼らもひくと思ったんですが、逆に人質としてさらわれてしまって……」


「外交問題になっても構わないってか。帝国はほんとに帝国ってやつだな」


「あそこは最近古代文明の遺産の復元に一部成功しまして。かなり強気なんです。それでも私とひきかえに同胞を逃がすことには成功しましたから」


「さっきの船は仲間のじゃなくて帝国軍のだったのか」


 なんとこのウサ耳少女。一度帝国に捕まるも、人質としてアニマ王国に迷惑をかけたくないと帝国兵のスキをついて海に身を投げたんだという。


 まだあどけなさの残る少女にそんな過酷な覚悟をさせるなんて。ますますダドル帝国への怒りが沸きあがり、俺の背ビレがピンと立った。


「でもラビィも無茶すぎない? そんな王女様自ら敵対国に出向くなんて」

 そう言うとウサ耳少女は覚えがあるのかしょんぼりと耳を落とすが、でもでもと続ける。


「この作戦がスピードと隠密性が必要だったんです。それで国で精霊魔法に最も長けた私が無理やり立候補したんです」


「あっ、それ。さっき俺の傷を治してくれたのも魔法だよね。そこんとこ詳しく教えてよ」


        ****


「うをー! 風呂! やっぱ日本人なら異世界で風呂に入らないとね!」 

「サメがお風呂……実質サメの煮込み料理では……フカヒレスープ……ごくり」


 いやあラビィすごいよ。精霊魔法ってのは自然界の精霊の力を借りて奇跡を起こすっていうアレ。

 ラビィがちょいと手をかざせば俺の周囲の砂浜がザザッとぐりぐりっと動いて窪みが完成。そこに生み出した水を満たすわ、そいつを温めるわ。

 

 こうして風呂につかれてるってワケ。


「はあー生き返るわー。すごいなあ精霊魔法。なるほどね、こんな力があるから風と水を操って船を高速で走らせられたんだあ……はあー」

 しばし湯につかりながらヒレをぱしゃぱしゃしてると……


「ごめん、ラビィ。湯だって気持ち悪い。女神リッツ=イーナ様の癒しをちょうだい……」

「だから言ったじゃないですかぁ。ダメです。リッツ=イーナ様は精霊を束ねる主神ですよ。精霊みたいに気軽にお力を借りるなんて許されません」

「ちぇー」


 それでも前半身を風呂から出した俺に、冷たい氷のかたまりを当ててくれるラビィ。


「でもこんなにすごいのに帝国軍には勝てないの? あいつら兵器はすごいけど精霊魔法は全然使えないって言ったよね」

 

「逆ですよ。リッツ=イーナ様も精霊も、そのお力を借りる者は決して他者を傷つけるために魔法を使ってはならないんです。だから帝国で使い手がほとんどいなくなったんですが」


「そっか」

 その代わりに科学兵器を発展させてイケイケになっちゃったってわけか。


「それでラビィはこれからどうする?」

 俺、この島以外の土地って行ったことないんだよな。

 南の大陸まで送ってあげたいけど、背中に乗っけて何十日もってのは無理があるよな。


「はい、何とか自力で南の大陸に行こうと思います」

「ええっ!? そりゃ無茶だよ。船が通るのを待ってた方がいいんじゃない」

 俺が初めてみたのは今回の帝国の船だったけど、獣人の船もこの辺りを航海してるはずなんだ。


 ラビィはふるふると首を振る。


「帝国との関係が悪化してるので貿易船なんてもう航行してません。それにこうしている今も北の同胞が迫害されてるんです。すぐに国に戻って第二の救援隊を組織しないと!」


 そう言って砂をぎゅっと握り固めるラビィ。

「船だって精霊の力を借りれば土を固めて作ることができます」


 この風呂桶をつくったみたいに? って、待て。


「ちょお! ダメだってそんなフラグたてちゃ! ウサギが乗るのは木の船の方でしょ! 木なら俺の方でちょっと当てがあるからさ。それでイカダ作ろ。そしたら俺が引っ張ってってあげるからさ」


「ショースケ様……ありがとうございます。このご恩は必ずお返しします」


「いいってことさ。ウサギはサメなんて騙して使い潰すくらいでいいんだよ。それじゃあイカダ作りで決まりだね。俺もその間の生活は助けるからさ」


「ショースケ様……あなたとの出会いを女神イーナ様へ感謝いたします」


 方針が決まったことでラビィはほっと肩をおろすが、その表情はけっして明るいものじゃない。

 そりゃそうだ。日本ならまだ高校生くらいの少女だ。自分の身を守るだけで手一杯なのに、その肩に国や同胞までも背負っちゃっているのだ。


 俺はなんとかして彼女の心をほぐそうとして言った。


「まあ細かいことはおいおい考えるとしてさ、まずはラビィもお風呂入ってリラックスしようよ」


 ヒレでお湯をぱしゃぱしゃしながら明るく誘ったら、ラビィってば身体を隠すようにローブをギュッと握りしめてこっちを半目で睨んできた。


「ち、違うよ水着でだよ! 海外の人って水着着て温泉入ったりするんでしょう? そういう健全な奴だよ!」


「み、水着って!? 市井しせいの娘が着るものですよね!? あんな破廉恥な格好なんてできません! ショースケ様は何を考えてるのですか!」


「違うよ、地球ではサメと水着美少女ってのは黄金コンビなんだから! ホントだよ。食って食われての仲なんだから!」


 ラビィがさらにローブをぎゅっと締めた。


        ****


 その日から俺のスローライフは大分賑やかになった。


「ラビィ、戻ったよ!」


 俺は浜辺から島の中ほどにまで引かれた水路を進む。


「ショースケ様!」

 口を大きく開くと駆け寄ってきたラビィがその中に飛び込んでくる。


「うわっ、大物ばかりですね」

 ラビィは俺の口の中からイカやカニや魚を拾い上げる。


 とれたての海産物のお届け。ちょっとした鵜飼いみたいなものさ。


 ラビィはそいつを石のまな板にならべて手を加えていく。俺の牙で作ったナイフで身をきり、アラを取って、塩をふりかけて、加熱して。


 いやあ、魚介類って生かじりが醍醐味とか思ってたけど、一度加熱調理されたの食べたらもう戻れないよ。塩で味付けしただけでももう段違い。この世界で俺ほどグルメなサメはいないね。


 ふんふーん、とラビィが鼻歌まじりに調理をすすめる。

 っと、昼食ができる前にもうひと泳ぎしてこないと。


「ラビィ、行ってくる!」

「はーい、いってらっしゃ~い」


 俺が向かったのは島からそこそこ離れた海域。

 ごつごつとした岩が水面近くにまで生えた暗礁あんしょう


 そしてその岩の根本には……

「おっ、あったあった」


 俺の目的はここで沈んだ船の探索。


 今は穏やかだけどこの辺りは時々酷く天候が荒れる。

 そのために古いのから新しいのまで。数隻の木造船が沈没しているんだ。


 一番大きくまだ苔の殆どついていない帆船。船底の割れ目から中に入る。


「おっじゃましまーす」


 船内の通路をすすめば白骨体が転がっていて、その腰には細長い尾骨がくっついている。

 途中の船長室には犬耳の貴婦人の肖像画や見慣れない形の世界地図。天井にはランプ灯ならぬクリスタル灯が埋めこまれてる。


 前にここに来たことで俺がいるのが異世界だってのは分かってたんだ。


「さあて今日のガチャは、っと」

 俺は貨物室まで進むとならんだ木箱を一つ選び、それを船外にまで運び出す。

 鼻先で押しこんだり、ヒレを使ったり。手がないからかなり苦労するが、何とか

牙に食いこませて一気に泳ぎだす。


「ああああぁぁぁ――――」

 ずっと大口開けたままで顎が疲れるし、スピードを落とすと木箱まで沈んでいくから全力で進まなきゃいけない。


 今やホームとなった島につくころにはだいぶ息が上がってしまう。

 でも苦労するだけの価値はあるのだ。


「ショースケ様、おかえりなさい。お昼できてますよ」

 

 俺のガンバリをねぎらってくれるのはラビィとお昼ごはん。

 水路の横に作られた食卓、広げられた絨毯の上には皿だけが並べられている。


 ラビィが鍋から皿に今日のメニューを移していく。

 

「今日のメニューはイカの丸焼きの香草混ぜ、白身魚とカニのワイン煮込みで隠し味ははちみつです」

「うおー! いただきまーす」


 俺が口を大きく開くと、ラビィが皿を取って中身を流し込んでくれる。


「うま、うま。いやあラビィは料理上手だね」

「もう、褒めないで下さい。素材がいいからですよ」


 お腹いっぱいになったところで俺たちは転がしておいた木箱の方へ。


「こないだみたいなワインや蜂蜜だといいなー」


 俺はこのところこの木箱ガチャの回収をしているのだ。


 イカダを作るための木材。その当てがあるといったのは沈没船のことだ。もちろんほとんどが水に浸かって腐ってるけど、新し目のはまだ使えるのだ。それにラビィの精霊魔法を使えば修復や乾燥もできるしね。


 だが今はそれより木箱の中身。

 元は商船だった沈没船。木箱の中身はいろいろ。

 陶磁器だったり絨毯だったり瓶詰めだったり。


 けっこう高級品が多いのだ。


 昼食に使ってたワインや蜂蜜、鍋と食器に絨毯もそうやって手に入れた物。

 ラビィが言うには王様だって滅多に使えない高級品らしい。


「今日のがちゃ、私はやっぱり布がいいですね」

「うん、それで水着作るんだね」

「船の帆です!」

 毎回ローブをぎゅっとしながら抗議するラビィ。

 

「いや、でもさ。南大陸についたときのことを考えてみてよ。照りつける日射しのなか、特大のビッグウェーブを華麗に疾走するサメの背にのって現れた水着美少女、これ絶対バズるよ!」


「ばず……? とにかくそんなはしたない格好はしません」


「ちぇー、でもさ、これで中からかわいい水着が出てきたりしたらきっとラビィも着てみたくなると思うんだよなー」

「もう……分かりました。出たら検討します。でもそんなもの貿易船で運ぶことはないですからね」


 パチパチパチと俺がヒレを使って確定演出する中、ラビィが牙ナイフで木箱をこじあける。


 中から出てきたのは……


 鈍い光沢。ガシャガシャと鳴る金属音。

 鎧やら武器やら、無骨なアイテムだった。


「ちぇー、ハズレかあ」

「わあ、このネコ耳兜、ひっくり返せば小鍋に使えますよ。耳の部分で自立しますし。えすあーるですよ、これ」


「ハズレ、ハズレ。今の俺には食べ物と水着以外はノーマル扱いだよ。よっしゃ、つぎのガチャ引いてくる!」


 そんな感じで沈没船から集めた資材で船やラビィの仮家の材料にしたり、生活を豊かに彩ったり。


 夜は前世持ちらしく地球のお話を披露する。

 水路の横で絨毯にくるまったラビィに語るのは、

 

「――――そうしてイナバの白兎はサメに毛皮をむかれてしまい、真っ赤な肌になってしまったのです……」


「あの、もう少し他のチョイスはなかったんでしょうか……」

「あれ?」


 いや、せっかくだからサメの出てくる昔話をしたかったんだけど、イナバの白兎くらいしか思いつかなかったんだ。

 ウサギの絡むお話はいっぱいあるのに、サメがメインのお話ってそれくらいしかないんじゃあ…………?


「あれ……俺、もしかして嫌われ者なんじゃ……」

「私は好きですよ、サメ。前から好きでしたけど、今はもっと好きになりました」


 ラビィはにこっと笑った。

「ラ、ラビィ……なんていい子なんや」


「はい、もう私は生涯フカヒレスープを食べないってリッツ=イーナ様に誓いました」

「いいんだよ、ラビィ。おなかがすいた時は俺のヒレを好きなだけお食べ。またイーナ様に治してもらえばいいからさ」

「ダメですって」


 そんな穏やかで少し騒がしいスローライフな日々はしばらく続く。


        ****


 俺がいつものように木箱ガチャを抱えてきたある日。島に近づいたところで声をあげた。


「ボートがある!?」


 浜辺に一艘いっそうのボートが置かれていたのだ。

 助けが来たのか、そう興奮して辺りを見回した俺は島の反対側に船があるのに気づく。


 沖の方に見えるのは前に目撃した軍船。そう、ラビィをさらい、俺に砲撃してきた帝国の船だったんだ。


 まさか……見つかったってのか!


「いやああ!」

 ラビィの悲鳴が聞こえる。

 俺は猛スピードで水路を進む。


 こちらに駆け寄ってくるラビィ。その背後には十人近くの武装した帝国兵。怒声を上げながらラビィを追っている。


「ラビィに近寄るなああ!」

 俺は水面に飛び上がり、咥えていた木箱を離し、尾ビレで思いっきりはじき飛ばす。

 

 木箱は帝国兵に当たって数人が倒れるが、残りの兵がラビィを地面に押し倒す。

「キャア!」

「大人しくしろこの獣風情が!」


「ラビィーーーー!」

 俺は思わず地面に飛び出す。

 いきおいのままにビタンビタンと全身をバネに跳ね回って帝国兵をはじき、押しつぶす。


「ぐほっ!?」

「なんだコイツはあ!」


 あっという間にラビィの周りから帝国兵を排除。

「大丈夫かラビィ!」

「はい、ありがとうございますショースケ様」

「それより早く逃げるぞ」


 不意をついたから帝国兵を倒せたけど、銃火器を持つ相手に地上では不利だ。俺は再びビタンビタンとはねて二人で水路に入ろうとしたが…………


「動くな!」

 奴らの背後から、水路の方から。兵の増援がやってきた。それも全員が銃をこちらに向けて。


 俺の知識では近世レベルっぽいなとしか分からないが、少なくともこの銃が当たればラビィはただでは済まない。

「くそっ」


 俺は動きを止めた。

 兵を割って一人の男が出てくる。


 周囲から船長と呼ばれたそいつはこちらを睨みつける。

「アニマ王国のラビィ姫だな。まったく手こずらせやがって。それよりこいつは何だ。アニマ王国には魚の獣人までいたのか。完全にサメじゃねえか。やはり獣人というのはケモノに等しい存在だな」


 船長は吐き捨てるように言った。

 俺たちを見る目が完全に家畜を値踏みするような目だ。

 つーか、サメは魚類だぞ。


「ではラビィ姫。一緒に来てもらおうか」

 男はラビィに銃を突きつけながら言う。


「ふざけるな! ラビィは渡さないぞ!」


「サメ風情が吠えるな。かまわん、こいつは殺せ」

 ザッと十数の銃口が俺に向けられる。


 くそっ、ラビィがいる以上反撃できない。

 俺が歯噛みしているとそのラビィが目の前に立った。


「ショースケ様に危害を加えるのなら私は自死します」

 ラビィはそう言って自分の喉に牙ナイフを当てた。

「ラビィ、やめろ!」


「やめません。ショースケ様は私を救ってくれました。短くも楽しく温かい暮らしを与えてくれました。王女としてこの恩に報いる前に死なせるわけにはいきません!」


「いいんだラビィ! 俺のことなんて気にするな!」


「ふんっ、くだらん。だが、いいだろう。そいつは生かしておいてやるぜ。どうせもうそこから動けまい。わざわざ介錯してやる必要などないだろう?」


 たしかにこの男の言う通り、だんだん地上にいるのがキツくなってきた。息が苦しい。ヒレにも力が入らなくなってきた。

 

「来い!」

「あっ」

 一斉に距離をつめてきた帝国兵がラビィの手から牙ナイフを叩き落とす。そのまま腕を取って連行していく。


「ショースケ様ー!」

「ラビィ!」


 用はすんだとばかりに艦長と帝国兵はこの場を立ち去っていく。


「おい、お前たち。その辺のワインと白磁の食器も一緒にもってこい。中々の値打ち物だぞ。将軍にも礼をせねばならんからな」


 兵の一人が俺がはじき飛ばして半壊していた木箱を確認する。

「ちっ、ただの衣装じゃねえか」

 つまらなそうに引っぱりだしたのは水着だった。昔っぽいワンピース形の縞模様の水着。


 ははっ、こんなタイミングでSRかよ。

「ショースケ様……」

 ラビィがその水着と俺とに視線を動かし、申し訳なさそうな表情をする。

 なんだよラビィ。そんな顔見せるなよ。


 そうしてラビィは帝国兵に連れされられていく。動く力を失った俺はそれをただ見ていることしかできなかった。兵士に銃でこづかれながらボートにのせられたラビィ。貴重品の木箱と彼女を乗せたボートがゆっくりと沖の軍船に向かって浜辺を離れていく。


 ぼやけていく視界の中、ラビィが俺の名を叫んでいるだろう姿が小さく映った。周囲の帝国兵に制止されるが、ローブを振りほどくようにして必死にこちらに手を伸ばしている。


「ラビィイイイイイイ!」

 俺は全ての息を使い切ってその名を叫んだ。


      ****


 海上を白い引き波を残しながら進む軍船。船底の倉庫に閉じ込められたラビィ。


「ショースケ様……」

 彼女は小さくその名を口にした。


「こんなことになるならもっと早くに見せておけば良かった……」

 

 腰掛けていたベッドから立ち上がったラビィはいつものローブを脱いでいた。


 クリスタル灯の淡い光に照らされたその姿は。


「ビキニじゃん!」


 俺は思わず声を上げた。

 ラビィの身につけていたものは――――

 胸と腰だけを真っ赤な金属で覆った水着型の防具。


 そう、それは防御性能と軽量性を両立した女性用の軽甲冑、ビキニアーマーだったのだ!


 そうだ、この世界って魔法や獣人のいるファンタジー世界なのだ。だったらビキニアーマーくらいあるよね。きっと以前ひいた木箱ガチャの中に入っていたんだろう。


「えっ、ショースケ様……?」

 こちらを振り返って戸惑うラビィ。


「やあ」

 びしっとヒレを立てて応える俺。


「きゃあああああ! 変態ですよ!」

「ちょ、待ってよ」

 ぱしゅぱしゅと手に持ってたローブで俺をはたいてくる。えっ、俺のためにサプライズで着てくれたんじゃないの!?


「なんで? なんでここいるんですか? なんで来てくれたんですか!」


「なんでって、ラビィのおかげさ。いやあ、水着、着てくれてたんだろ。さっきの浜辺でちらっとビキニ姿が見えたんだよね」


 先ほど死にかけた時、視界に入ったラビィのビキニ姿。めくれたローブからちらっと見えただけだったんだけど、「もしかしてあれは水着!?」と思ったその途端、俺の中からものすごいエネルギーが沸いてきたんだ。


 そう、サメってのは水着美少女とセットになることでパワーアップできる生き物なんだ!


「でも……なんで」


 どうやって船の中に現れたかって?


「考えてみれば俺ってこの世界のサメじゃなくて地球のサメなんだよね。あそこのサメって水着美少女がいるところならどこにでも現れることができるんだ」


 そうだよ。海中生活が快適ですっかり忘れていた。

 地球のサメってのは海に縛られる生き物じゃない。水着美少女さえいれば海でもコテージでも砂漠でも雪山でも、どこにだって出現できる力があるんだ。


 一度そう気づけば地面の上でも平気で息ができるようになったし、念じることでこうして水着美少女の元へワープする力に覚醒したんだ。


「いや違うな。サメがどうとかじゃない。女の子のピンチに秘めた潜在能力が開化しないやつは男じゃないってことさ」


 俺がビシっと決めると、

「ショースケさまー!」

 ラビィががばっと俺に抱きついた。


「はははっ、もう大丈夫だぞ」


 俺がヒレでラビィを抱き返していると、「おい、何を騒いでいる!」と帝国兵の邪魔な声。


「なっ、貴様、どうやって入ってきた!」

「ええい、まずはこのサメを殺せ!」


 ドアから兵士がなだれこんできた。慌てるラビィに俺は告げる。


「大丈夫だラビィ! 俺に風の精霊魔法をぶつけるんだ! 最大威力で!」


「そんなことをしたらショースケ様だって!」

「俺を信じろ!」


 すでに奇跡を見せた俺の言葉。ラビィは一度うなづくと、キッと表情をしぼって手のひらをこちらに向ける。そして巻き起こる突風。


 それは巨体である俺をも浮かび上がらせる。そして俺は風にのって


 そのまま真っすぐに帝国兵に突き進み、腹ビレで剣を叩き落とし、牙で銃を噛み砕き、1tの巨体をトラックのごとくにぶつける。


「う、うわああああ!?」

「い、痛えええ!」


 たちまち無力化される兵士たち。


「くそっ、アニマの精霊使いが攻撃してくるなんて……」

 唯一武器を失うも肉体は無事だった兵が恐怖に青ざめながらこぼす。


「ショースケ様、これは一体……?」

 風の精霊魔法を身体に受けながらも、ダメージを負わずに自身の攻撃力に転嫁した俺。ラビィも戸惑いを隠せない。


「これが覚醒した俺の力さ。地球のサメはあらゆるものと融合することができるんだ。タコや悪魔やゾンビに幽霊に恐竜にロボットに、どんなものとでもね。だったら精霊とも合体できるさ」


 というかそもそも精霊って超自然的な知性ある存在なんだよね。それならもう自然界の生物で知性もってる俺自身が精霊の仲間みたいなものじゃない? 


「えっと、精霊が必死に違うって言ってますけど……」


「まあ細かいことはいいさ。さあ、ラビィ。どんどん俺に精霊魔法をぶつけるんだ!」

「はい!」


 船内はたちまち絶叫と破壊音に包まれる。


「ファイヤーシャーク!」

 火をまとった俺が船内を疾走。


「ウォーターシャーク!」

 水流にのった俺が人も武器も押し流す。


「ライトニングシャーク!」

 俺が光る。


「ウィンドシャーク!――――あばよー!」

 風にのった俺が窓を突き破り船を飛び出した。


「ショースケ様ー!」

 そんな俺の背に乗るのはもちろんラビィ。


 あちこちで炎と煙があがり悲鳴が重なる船を置きざりに、俺たちは海面を疾走する。

 軍船がどれほどスピードを上げようと、もう俺たちに追いつくことはできない。


 そうだ、本来の力を取り戻した俺。

 速度も航行距離もこの世界のサメとは桁違い、地球生まれのスーパーサメなんだ。


「さあラビィ、このままアニマ王国までまっしぐらだ!」

「はい、いきましょうショースケ様。私たちならどこまでも!」

 

 バシャアと大きく波をたてながら俺たちはひたすらまっすぐにつき進んだ。


        ****


 ショースケとラビィが帝国から逃げ出してしばらくの後――――


 うす暗く狭い船倉にぎゅう詰めにされた数十人の獣人たち。

 顔色は悪く、身につける衣服もすり切れている。


 小さな猫人の少女が父親にすがりつく。

「お父さん、わたしたちどうなっちゃうの……」

「大丈夫、きっと助かるさ。聞いたことあるだろう。各地の獣人収容所に竜巻と共にやってきて皆を開放してまわる二人のことを……」


「そうさ、きっとあの方たちが来てくれるさ」

 周囲の者も自分を鼓舞するように父親の言葉につづけた。


 ダンッ、と船倉のドアが乱暴に開けられた。

 入ってきたのは恰幅のいい軍服の男。その胸にはいくつもの勲章が並ぶ。


「ケモノ共が。くだらん与太話が聞こえたぞ!」

 男と背後に続く兵士たちが銃をかかげて獣人たちを威圧する。


「ううっ……ぐすっ」

 睨みつけられ、幼い少女は涙ぐむ。娘をかばいながら、父親は憎々しげな視線を向けるが男は傲慢な表情で見下ろすばかり。


「ふん。貴様らが頼みにする反逆者共はしょせん海岸線しか移動できまい。お前たちはこれから内陸部の収容所に送りこまれるんだ。そこでケモノとしての生き方を叩き込んでやる。万が一奴らが感づいたところでこの船に追いすがることすらできんぞ。なぜなら……」


 いたぶるように男が少女たちを脅しつけていると、兵士が慌てて室内にとびこんできた。


「将軍! すぐにブリッジにお越し下さい! 奴らが……奴らが来ました!」


「なっ、バカな!? これは帝国軍秘蔵の飛空艇だぞ! 竜巻すら発生しない雲の上を飛んでいるのになぜだ!?」


        ****


 目の前の飛空艇がサイレンを鳴らし、混乱に震えている。


 甘いぜ。地球のサメってのは宇宙空間だって泳げるんだぜ。つまりこの星の全てが俺のテリトリーだ。だったら成層圏くらい飛び回ってみせるさ。


 そしてそんな俺の上で腕を組んで仁王立ちしているのはもちろんラビィだ。バタバタッとローブが風にあおられる。


 俺は周回してブリッジの横側に位置した。


 中の兵たちが恐怖をのせた目で。

 船底の小窓からは獣人たちが希望と憧れの目で。


 俺たちの名を呼ぶ。


遍く在りオールラウンド・し牙シャーク! 赤き衣レッド・の王女プリンセス!」


 ラビィは小窓から覗く子供に向けて大きく頷くと、今度は飛空艇のブリッジにキッと視線を向けて言った。


「さあ、それじゃあ今日も同胞解放のため一肌脱ぎますよ!」


 バッとローブを脱ぎ捨てれば現れるのは――――


 定番の赤いビキニアーマーは脚部甲冑と組み合わせることでよりセクシーな魅力がアップ!

 

 腰につけたスカートはパレオ風に愛らしさを演出!


 少女から大人の女性へと成長する途上の今こそ魅せられる瞬間がここに!



 さあ、今年の夏は、俺たちサメと水着美少女のゴールデンコンビに――――注目しろ!!!!!



『さめ!サメ!鮫!? -魚類最強は異世界でも最強だった-』


       完

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さめ!サメ!鮫!? -魚類最強は異世界でも最強だった- 笠本 @kasamoto

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