第24話
「今日はありがとう、それじゃ」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
ゴリゴリの家系ラーメン屋で食事を済ませたあと、僕と白浜さんは中央駅まで一緒に歩き、そして直ぐに解散となった。
時刻はまだ午後1時。
別にこのまま帰ってもいいのだが、せっかくの休日だし、少し寄り道してから帰ろうかな。
僕はなんの気なしでラーメン屋とは逆方向の北側へと足を向ける。
と歩き出したはいいものの、目的のない僕はただただ目的もなく街を散策する他なかった。
北側は流行りの店(ス●バなど ※流行りの店の基準はあくまで主人公のもの)が立ち並ぶだけあって若者が多いな。
僕も一応若者なのだが、なんだか少しだけ居心地が悪い。
普段こういう場所に足を踏み入れることなんてないからだ。
自意識過剰かもしれないけど、一応正体がバレないようにしよう。
僕は今一度帽子を深く被り直し、キョロキョロと周りを見渡す。
すると、不意にひとつの店が目に付く。
ゲームセンター。
子供の頃家族で来て以来、1度も訪れていない。
というより、一緒に行く友達がいなかった。
まあ別に複数人でなければ入れないという制約は無いため、入店しようと思えばできるのだが、特にやりたいゲームがある訳でもない僕がここに入る理由がなかった。
「……試しに入ってみようかな」
ほんの出来心が僕の足を動かす。
「ウィーン」という自動ドアの音を通り過ぎ、入店する。
店内ではカードゲームからUFOキャッチャー、コインゲームまで様々なゲーム台が音を奏で、常時機械音に包まれている。
思わず耳を塞ぎたくなるような爆音に晒されながらも、せっかく入ったんだし、という好奇心にも似た感情を抱き、歩みを進める。
男子小学生らがカードゲームコーナでレアカードを当てた子に群がっていたり、女子高生が1台のUFOキャッチャーを取り囲み景品獲得にヤッケになっていたり、常連と思しき中年男性が黙々とメダルゲームをしていたりと、ゲームセンターでしか見られないであろう光景がそこには沢山あった。
ゲームをせずとも、そういう人たちの姿を見ているだけでも意外と楽しかったりもする。
せっかくだし僕もなにかゲームをしようと、メダル両替機に向かっていると、
「ああッ! またハズレかよ!」
両替機のすぐ後ろ、つまり僕の真後ろにあるスロットマシーンのコーナーで声を荒らげている人がいた。
どうやらハズレを連発して苛立っているようだ。
や、やっぱりゲームセンターにはこういう類の怖い人もいるのか。
周りもやはりというか、怪訝そうにその人の姿を横目に見ている。
声は若い女性のような感じがしたけど、一体どんな人……。
荒らげている声の主を見た瞬間、僕は石化したように固まる。
そして、数秒のフリーズの後、そっと視線を外す。
━━━知らない人だった。
そう、全く知らない人だった。
僕とは全く関係のない人間がスロットマシーンのところで騒いでいるだけだった。
それより早くゲームをしよう。
やっぱりメダルゲームはやめて、スロットマシンから1番離れたカードゲームをしよう。
うん、それがいい。一刻も早くスロットマシーンの近くから離れるべきだ。いや、離れなければいけない。
僕は気配を殺し、そそくさとその場を後にしようとする。
「あれ? アオくんじゃん」
だがしかし、運悪く、最悪なことに、絶望的なことに、僕のマネージャーでもある武富楓子さんは僕の存在に気づいてしまった。
……終わりだ。
ゲームセンターで騒いでいるやばい人と接点があるなんて、もはやそれは恥以外の何物でもない。
人生で今まで、これ以上に人間関係を恥じたことは無い。
……だが、今ならまだ間に合うかもしれない。
知らない人の振りをして通り過ぎよう。そうすれば周りの人から彼女と同類と思われることも無い。そして家に帰ってこの出来事を忘れれば、僕がゲームセンターで騒ぐやばい人と接点を持っていたという事実を、僕の中では消すことが出来る。
覚えていないのは無いのと一緒だ。
よし、そうと決まれば一刻も早く忘れよう。
そのためにはまず家に帰るんだ。
急ぎ足で出口を目指し逃げ出す。
「待て。こんなキレイなお姉さんが話しかけてるのに無視するんじゃないよ」
武富さんはガシッと後ろから僕の首に腕を回し、逃げようとする僕を静止させる。
「ひ、人違いです」
「その嘘は通じぬぞ。私は匂いで人を判別できるからな」
「あんたは犬かっ!」
そんな特技があるとは知らなかった。道理で僕の変装が見破れたわけだ。
「それでぇ、どうしてこんなところにいるの? もしかしてグレちゃった? それとも家出?」
「ゲームセンターをなんだと思ってるんですか」
彼女の中で普通に遊びに来たという発想は無いのだろうか。
というかいい加減首に回した腕を離して欲しい。
「そういう武富さんこそどうしてここに? 今日は仕事があるって言ってませんでしたっけ」
「ああ、それは同期のやつに押し付けてきた」
「ダメでしょそれ!」
自分の仕事くらいちゃんとこなしてくれ。同期の人が可哀想だ。
「いいのいいの」
「いやいや、良くないですから。今からでも仕事に戻ってくだ——」
「それより居酒屋でも行かない? 特別にお姉さんが奢ってあげるから」
「おい話を変えるな」
「なによ。私の酒が飲めないってわけ?」
「当たり前でしょ」
僕はまだ十七歳だ。飲んでしまったら未成年飲酒になってしまう。
「全くアオ君は付き合い悪いなぁ」
「あなたの仕事態度程ではありませんよ。——それよりいい加減離してください」
今までの一連の会話はずっと彼女が僕に密着した状態で続けられていたことだ。
周りの目も相まってかなり恥ずかしい。
もう彼女と接点があるというだけで十分恥ずかしいのに、これ以上恥の上塗りをするわけにはいかない。
「確かに、こんなきれいなお姉さんと密着していたら思春期真っ盛りのアオ君は恥ずかしいよね」
「え、あ、……はい」
うんうん、と納得した様子で理解を示される。だが、動機は全く異なる。
しかし否定するのも面倒なので、頷いておくことにした。
理由は勘違いであれども、話してくれるなら何の問題もない。
「じゃあ、離して——」
「だが断る!」
「何故!?」
何処かの漫画で聞いたことのあるようなフレーズで断られた。
「この私が最も好きなことの一つは、アオ君の嫌なことをしてやる事だ」
決め顔でそんなことを言われるも、全然格好よくはない。
ただただ武富さんの趣味の悪さが露呈しただけだ。
「というわけでこのまま居酒屋まで連行する。拒否権はない」
「いや、ちょ! マジで離さないんですか! 武富さん! 武富さぁん‼」
ずるずると引きずられる僕の声は、段々とゲームセンターから遠のいていく。
……結局、ゲームはできなかった。
チビでデブだった僕が努力して俳優になる(仮) オカモト タカヒロ @takahiro2003
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