第23話
白浜さんとの外出が始まって小一時間が経過した。
変装道具のキャミソールと赤ぶちメガネを買い終えた僕達は、集合場所である中央駅前に一旦戻っていた。
ショッピングモールを出てからここに着くまで、今のところ彼女の存在に気づいているものはいない。
それでも金髪ロングのメガネ美少女は、通りすがる人の視線を独占していた。
白浜さんがどう変装しようと目立たない、という結果を導き出すことは不可能なようだ。
「それで、今日はどこに行くんですか?」
今日誘った目的を尋ねる。
「ん、こっち」
と、白浜さんは僕を先導して進む方向は、流行りの店が立ち並ぶ北側ではなく、古びた商店街の南側の方へと向かう。
女優を兼業していても、実際は花の女子高生である白浜さんが行くなら、北側だと予測していたのだが、当たりが外れた。
本当にこっち方面であっているのか、という疑問を抱きながらも、僕は白浜さんの背を追う。
「……えっと、…………ここで合ってます?」
「うん、ここ」
唖然としている僕の問いに、彼女は頷く。
中央駅から歩くこと3分で着いたここは、ざっと築60年は下らないと思われる、老舗のラーメン屋だった。
傾いた「らーめん屋」という看板、店の前に立てかけられた「豚骨ラーメン」としか書かれていない木板のメニュー表、油汚れでギトギトになっている「ラーメン」の文字が印刷された赤い暖簾など、店の前で唖然と立ち尽くすには十分な要素がてんこ盛りな店が、そこにはあった。
「……ホントに合ってます?」
「うん」
僕の二度目の問いに、彼女は再び頷く。
「な、何故ここに僕を誘ったんですか……?」
「それは、……これ」
白浜さんは店の扉に貼られた張り紙を指さす。
そこには、
[カップル限定メニューあります]
という手書きの文字。
「私の彼氏役をやって欲しい」
「……」
こういう時は、彼氏役をやることに慌てふためくところなのだろうが、それよりも「なぜこんなところでカップル限定メニューを開発したのか」という疑問の方が勝ってしまった。
一体どんなカップルがこんなゴリゴリの家系ラーメン屋で食事を楽しむのだ。
常連以外は決して入ることを許されないような雰囲気を醸し出すこの店に来店するカップルなど存在しないだろう。
それなのにカップル限定メニュー。
店側の意図が全く読めない。
一体店主はどういう気の迷いでこのメニューを開発したのだろうか疑問でならない。
「ちなみにこのカップル限定メニューってなんなんですか?」
「醤油ラーメン」
「わざわざカップルで食べるようなものでもないでしょ!」
なんだよ醤油ラーメンって!
普通に王●とか行けばいいじゃん!
カップルメニューのチョイスに苦言を挺さずにはいられない。
「じゃあ入ろう」
「えっ、入るんですか!?」
「そのために来た」
「いやまあそうですけど」
正直この店に入るのはすごく不安だ。
今からでも違う店に入るべきだ。王●とか。
「いいから入ろう」
「あっ、ちょっ!」
白浜さんに強引に引っ張られ、強制的に入店させられる。
暖簾をくぐり、スライドドアを開け、入店すると、「へいらっしゃい!」という店主の活気づいた挨拶で迎えられる。
店内はラーメン屋ならではのカウンターテーブル、それに沿うように並んだ椅子が6脚、椅子からカウンターテーブルを挟んだ向こうには厨房が客側から見えるようになっている。
そして店の隅には、何十年前のジャ●プの漫画雑誌が本棚に並べられている(これを見ると老舗の店に来た実感が湧く)。
店主は40代半ばの中肉中背の男性で、厨房を1人で回している。
と言っても、客は1番隅の椅子にちょこんと座り、豚骨ラーメンをすすっている常連客と思しきご老人が1人のみ。
「2人、……カップルです」
「あいよっ! 醤油ラーメン2つだね」
「はい」
白浜さんが淡々と受け答えをして、席に着く前に2人分の注文を済ませる。
そして白浜さんは手前から2番目の席に座り、それに続いて僕は隣である3番目の席に座る。
外装を見てあれほど文句を言った(実際には思っただけで言ってはいない)が、内装は飲食店なだけあって清潔に保たれている。
「2人ともまだ付き合いたてかい?」
「えっと、ま、まあそんな感じです」
店主の気さくな問いかけに、気恥しさを覚えながらも頷く。
実際は違うが、第三者から改めてそう言われるとむず痒い気持ちになる。
白浜さんとかは全然そんなこと気にしなさそうだけど。
「いいねぇ、若いってのは! そんな可愛い嬢ちゃん捕まえるなんて、羨ましい限りだよ全く!」
「あ、あはは」
冗談めかしたその言葉に、僕は愛想笑いで返すことしか出来なかった。
明るい人だなぁ。決して得意なタイプの人ではないけど。
「柊く、…………ダーリン」
「ダーリン!?」
唐突な白浜さんのダーリン呼びに、驚きを隠せない。
カップルという設定だから急に呼び方を変えたのか?
だとしても、今どき「ダーリン」とか「ハニー」とか呼び合うカップルなんて見た事ない。
今更だけど、白浜さんの感性ってちょっとズレてる気がする。
「な、なんですか。白浜さん」
「そんな堅苦しい呼び方しなくていい。いつも通り「ハニー」と呼んで」
えぇ……、これ僕も乗っからないといけないノリなの……。
抵抗がありながらも、呼ばないと終わらないのだろう。というのが何となくわかったので、恥ずかしさを堪えながら口を開く。
「……は、ハニー…………」
「人前で「ハニー」だなんて、恥ずかしいわ」
「あんたが呼ばせたんだろうがッ!!」
思わず「ダンッ!」とカウンターテーブルを叩き、激しくツッコむ。
一体僕に何をさせたいんだ、この人は?
表情はいつもの仏頂面だが、いつもの彼女よりテンションが高い。
ラーメン屋に来れて浮かれているのだろうか。
「ハッハッハ! 仲がいいねぇ、お二人さん!」
「それはどうも」
店主の冷やかしに、僕は若干やけくそ気味で答える。
「……柊君は私と仲良いって言われて嬉しいの?」
「え、まあ、はい」
突然の問いに、反射的に「はい」と答える。
実際、そう言われて悪い気はしないし、間違いではないだろう。
「……そう…………なんだ」
「……?」
白浜さんは嬉しさと複雑な気持ちが混合したような表情を浮かべる。
━━━その後の白浜さんは終始無言で、出された醤油ラーメンを口に運んでいた。
しかしそれは、決して気分を害したことによるものではなく、気恥しさを覚えた少女のようにどのような言葉をかけてよいか戸惑っているようにも見えた。
相変わらずわからない人だが、今日はいつもより楽しそうにしていたので何よりだ。
それと、ラーメンは美味しかった。
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