第22話
デート当日、11時25分。
僕は中央駅前で、白浜さんを待っていた。
腕時計を見ては、辺りを確認し、また腕時計を見る、と視線を行き来させる。
お、落ち着かない。
結局どうして急にで、……外出に誘われたのかわからなかったのか。
気になってよく眠れなかった。
……いや、これは言い訳である。
正直に自白しよう。
緊張している。
実を言うと集合時間の30分前にはここに着いており、25分間ずっとソワソワしている。
当然のことだ。この柊アオト、17年間の人生で一度たりとも女性と一緒に外出した経験がない。
まあ梓とか母親とかならあるけど、それはまた別だろう。
女性と外出するときのマナーとか全然知らないし、大丈夫かな……。
それに心配事はそれだけじゃない。
白浜さん、それと一応僕も芸能人なわけだし、周りの人に一緒に居るのがバレたら大変だ。
トゥイッターの一件で僕も少し周りの人に気づかれるようになったから、できるだけ顔を隠すマスクと帽子を身に着けてきたのだが、も、もしかして自意識過剰だったりするかな。
いやでも、白浜さんだってそれなりの変装はしてくるはずだ。
「なぁおい! あれ!」「うわっ! 本物!?」「やっぱりそうだよね!」
ん? なんだか騒がしいな。
駅の改札あたりで何やら人だかりができている。
通りすがる人は足を止め、改札口を通るある人に注目する。
……何故だろう。見なくても誰だかわかる。
観衆の視線を一身に集めながらも、まるで気づいていないかのように平然とした歩調で彼女は僕の方へ近づいてくる。
「——おまたせ、柊君」
「……白浜さん」
紺の七分丈パンツに、清潔感のある白いシャツ、利便性の乏しそうな小さくお洒落なリュックサック。
コーデのチョイスもそうだが、なにより白浜さんの着こなしが彼女の存在を際立たせている。
——そして、もう一つ際立てている要因。
「…………なんで変装してないんですか」
「今日ハロウィンだっけ?」
「今は夏ですよ! なんでマスクとか眼鏡で顔隠してないのかってことです!」
「別に花粉症でもないし、目も悪くないよ」
あまりの天然に頭を抱える。
誰かこの人に「伊達」という言葉を教えてやってくれ。
「自分が有名人であることを自覚してくださいよ」
「……?」
僕の忠告に彼女は首を傾げていると、
「おい、あれ男じゃねえか?」「デートってこと!?」「相手の男、許すまじ」
周りが僕の存在に気づき始める。
これ以上ここにいるのはまずいな。
「と、とにかく移動しましょう」
「あっ」
緊急事態が故、彼女の手を引きその場を去る。
◆
一時の避難場所として、大型ショッピングモールに入る。
これだけ人が多ければ、人込みに紛れてバレることはないだろう。
ただバレたときは大パニックになりそうだな……。
「柊君」
「……? はい」
「手」
「え、——あっ! す、すみません!」
急いで駆け込むために繋いだ手を、僕は慌てて離す。
「別にいい」
「そ、そうですか」
本当に気にしていない様子だ。
なんだか、自分だけ慌ててバカみたいだな。
「それより、どうしてここに?」
「えっと、とりあえずの避難場所として。あと、ここならある程度の物は買えるでしょうし」
「何か買うの?」
「ええ、白浜さんの変装グッズを」
そうして僕らが立ち寄ったのは、基本的に何でもあることビレバンにやってきた。
ここ広さはそんなにないのだけど、店内の道が入り組んでいて油断すると出られなくなりそうなんだよな。
「とりあえず伊達眼鏡とかを探し……あれ? 白浜さん?」
後ろを振り返るも、そこに白浜さんの姿はない。
ま、まさか、迷子に!?
この場合は迷子センターとかに行くべきなのか……!?
で、でもあの人も僕と同じ年だし、迷ったら電話かけて……って電話番号知らねえじゃん!
混乱のあまり思わず一人ツッコミをしていると、「ちょんちょん」と後ろから肩を突かれる。
「柊君」
「あっ、よかった。そこにいたんで——わっ!?」
振り返るとそこにはカエルの被り物を被った白浜さんの姿があった。
あまりにリアルな作りで、思わず声を上げて驚いてしまう。
「変装、これにしよう」
「変装して目立ってどうするんですか!」
目立たないために変装するのに、それでは本末転倒だ。
「そう、残念ね」
白浜さんは渋々被り物を脱ぎ、商品棚に戻す。
一体それの何処に気にいる要素があるのか疑問でしかない。
「できるだけ一般人に溶け込めるような物を付けましょう。とりあえず……これとか」
試しに近くにあった赤いフレームの伊達眼鏡を手渡す。
「んっ」と彼女は流されるがまま眼鏡を着用。
「似合う?」
「まあ、似合いますけど」
まったく白浜黎という存在を隠せられていない。
これじゃあただ眼鏡をかけた白浜さんだ。
マスクをすればある程度は隠せるが、しかしそれだけでは溶け込む分には足りないだろう。
白浜さんは芸歴も長く、完全に芸能界の人間だ。一般人とはオーラが違う。
そのオーラを消すという点だけではカエルの被り物は良い選択だったかもしれない。絶対被らせないけど。
もう少し印象を大きく変えられるものがあれば……。
「…………————あっ」
熟考の末、一つの案にたどり着く。
僕はいったんその場を離れ、すぐに戻ってきた。
「これ被ってみてください」
僕が手にしていたのは、金髪ロングのウィッグである。
「……カツラ?」
「ウィッグです」
「別に禿げてないよ」
「だからウィッグですって」
まさかウィッグを知らないとは。
モデルの仕事とかでつける機会なかったのか?
「とりあえず付けてみてください」
「まだそんな年じゃ——」
「そのネタもういいですから」
四の五の言う白浜さんに強制的に装着させ、黒髪を一瞬で金髪ロングに変える。
顔立ちを見れば白浜さんとわかるが、遠目からなら金髪に目が行って顔には目が行かないだろう。
最初に目立ってどうするとか言ったが、顔以外の部分を目立たせるなら簡単にバレる心配はない。
我ながら完璧な見立てだ。
「うんっ、バッチリですね」
「……そう」
僕が微笑むと、彼女は金髪の方の毛先を指にくるくる巻き付けていじる。
よしっ、これでようやく外出できるな。
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