婚約破棄されましたが年下王子から告白されました~8年越しの私の返事~

歌月碧威

第1話

「ローズ。君との婚約を解消し、僕は男爵令嬢・コニスと結婚する!」

 突然はじまったレグ王太子殿下の宣言。

 そのせいで賑やかだったミオン王国主催の夜会が一気に静まりかえってしまう。


 会場を華やかな音楽で包んでくれていた音楽隊が楽器の演奏を止めはじめ、ダンスを踊っていた貴族たちが固まっている。


 名指しで呼ばれた私・セロン国の第一王女ローズも彼らと同じで、氷像のようになっていた。


 ――えっ?


 呆然としていた私だったけど、我に返り壇上へ顔を向ける。すると、発言の主であるレグ王太子殿下の姿があった。

 殿下はミオン王国の王太子であり、私の婚約者でもある。年は私と同じで十五歳だ。


 いわずもがな、私と殿下の婚約は両国のメリットが多いので結ばれたもの。

 本人の意志なんて関係ない。


 完全な政略結婚だ。


 会っても数回しか会話をしないくらいの間柄。しかも、殿下が口を開けば、「お前、冷めているよな。つまらなそう」と言われる始末。


 それでも人生を共にする人だからと私は何度も歩み寄ろうとしていた。


 ……まぁ、結果がこのざまだけど。


 急に婚約破棄なんてこの子が原因だろうなぁと思いながら私は殿下の隣にいる少女を見た。

 殿下の傍にはぴったりと寄り添っている少女がいる。

 彼女こそが、さきほど殿下が結婚すると宣言した男爵令嬢・コニスだ。


 子ウサギを思い出す大きくてつぶらな黒い瞳を持ち、庇護欲をかりたてる可愛らしさ。

 殿下に「お前、冷めているよな。つまらなそう」とよく言われていた自分とは真逆。きっと、あぁいう少女が殿下の好みなのかもしれない。


「俺に婚約破棄をされショックのあまり言葉を失ったか。まぁ、気持ちはわかる」

 いえ、呆れてものが言えなかっただけです。

 逆に聞きたいんですけどその自信はどこから?

 私、別に殿下に対して熱烈な感情を抱いていませんが。


「ローズ様。私、殿下のことをお慕いしているんです」

 コニスは瞳にうっすらと涙を溜めながら弱々しい声で私に語りかけてきたんだけど、正直「そうですか」という感想しかない。


「殿下とコニスにお伺いしますがこの婚約は双方の国にとってメリットがある事だというのはわかっていますよね?」

「双方ではない。おまえの国だけだろう。俺の国にはメリットが全くないからな。あんな自然しかない田舎の国と関係を強化しても無意味だ」

 殿下は鼻で笑ったけど、自然豊かな国がどんな国かわかっていない。

 なぜ、両国が関係を結ぼうとしたのかさえも……


 自然豊かな国。言い換えれば資源が豊富。


 私の祖国・セロン国は国としての歴史は浅く農耕中心だけど、天然資源に関しても強みを持っている。

 一方の殿下が暮らすミオン王国は歴史が深く華やか。そのため、いろいろな国との繋がりがあり社交的な国。

 でも、ここ数年は農作物が不作な年も多いなどダメージを受けている。


 そこで白羽の矢が立ったのがセロン国。


 ミオン王国の農作物の不作を解決するためにセロン国が農業の技術者の派遣などでサポートを提案。


 セロン国としてはミオン王国の他国との繋がりを利用したい。ミオン王国としてはうちからの食料支援や技術者派遣により、国内の供給量を安定させたい。

 双方の狙いにより、私と殿下の婚約は決定したという経緯がある。


「おまえのような田舎の姫と結婚しなくて清々したよ。二度とこの国の敷地をまたぐな」

 不幸中の幸いだわ。国のことを考えられない王太子殿下と結婚しても先がなかったもの。

 さっさと帰ってお父様達にご報告しよう!


 そんなことを思っていると、「ローズ様」という可愛らしい声が聞こえてきた。

 顔を向ければ、殿下の弟君・メテオ様の姿が。

 大人になったら美少年になるだろうなぁという愛らしい顔立ちをしている。


 たしか、第三王子だったよね。今年で十歳になったはず……


「ローズ様。兄上と婚約破棄したのでしたら僕と結婚して下さい」

「はいっ!?」

 突拍子もない台詞を聞き、私は裏返った声を上げてしまう。


「あの……僕ではだめですか……?」

 潤んだ瞳で言われ、私は胸がきゅんとした。


 くっ、かわいいすぎる!


 その破壊力はすさまじく、周りにいたご令嬢達も胸を押さえてハァハァ言っている。


「哀れだな、ローズ。こんなに大勢の男達がいるというのに、お前に結婚を申し込むのは十歳のメテオのみ。魅力ゼロだな。メテオ、やめておけ。こんな女」

 殿下はそう言うとコニスとこちらを見て馬鹿にしたように笑っている。


 そんな二人を見て、私は冷静だった。

 視界の端に騒ぎを聞きつけた陛下達がこっちに来ているのが見えたから。

 

 詰んだな、殿下。


「レグ! この馬鹿者が! 婚約破棄とはなにを勝手なことを!」


 陛下は登壇すると殿下に向って今にも胸ぐらを掴みそうなくらいに感情むき出しで怒鳴った。


「なぜそんなに怒っているんですか、父上。俺はコニスと結婚します。彼女ならとても聡明でそこの田舎の王女よりもかなり役にたってくれます」

 聡明だったらこの婚約破棄を止めているだろう。

 こんなに諸外国の貴族王族が集まっているところで醜態さらしているんだもの。


「殿下。まだわからないんですか? 私達の婚約に関して片方だけのメリットのみのわけがありません。ある意味国同士の契約なんですよ。それなのに、一方的に婚約破棄したらどうなりますか?」

「あっ……」

 あっじゃない。気づくのが遅すぎる。


「レグ。お前の王位継承者を廃する! 誰かこの馬鹿者をさっさと外へ出せ」

「お待ち下さい、父上」

 殿下が陛下にしがみつき懇願するが振り払われた。


 ……まぁ、当然だけど。


「殿下、人生詰みましたわね。もう王太子ではなくなったので、時間がたっぷりできたでしょう。是非、お勉強なさって下さいね」

 私は手にしていた扇子を広げながら言えば、殿下は顔を青ざめて膝から崩れ落ち、ただ静かに床を見つめている。


 ――王太子殿下ではなくなったけど、好きな女性と一緒に暮らせるからいいのでは?


 なんて思っていると、視界の端にコニスの姿が入った。

 彼女はゆっくりと殿下から離れると、一目散に逃げ出す。


 気づいた殿下が彼女の名を叫ぶがコニスは止まらずに人々を押しのけるようにして会場を後にした。


――逃げ足早っ。


 ぼんやりと見ていると、「ローズ様」とメテオ様に声を掛けられたので顔を向ける。


「やっぱり、年下はだめですか?」

 きらきらとした澄んだ瞳で私をじっと見ている。

 うっ……捨てられた子犬が頭に浮かんでしまう……

 ちょっと待って。これ、断るの勇気がいるんですけど!


「僕、ローズ様にふさわしくなるように頑張りますから。お願いします」

「わ、私だけでは決められませんわ。どうか、一度国に持ち帰らせて下さい」

 私に言えたのはこれが精一杯。

 半年後。両国の協議の結果、私とメテオ様の婚約が決定した。




 +


 +


 +




 あの婚約破棄騒動から8年が経過して私は23歳になった。

 月日が経つのが遅いか早いかよりも、婚約者の成長にびっくりしてそれどころではなかった。


 ――背もいつの間にか私を追い越していったのよね。声も低くなったし。


 婚約破棄された私に結婚を申し出てくれた小さな王子・メテオは今では18歳となり、幼少期から通っている王立学園をこのたび無事卒業する。

 婚約者である私も彼の卒業を祝うために入国し、学園の講堂前で彼を待っていた。  講堂からはぞろぞろと生徒達が出てきている。

どうやら卒業式が無事終わったらしい。


「メテオどこかしら?」

 私はきょろきょろと見回すけれども、見当たらない。

 周りには生徒や保護者の姿があり、とても賑わっている。


人が多いなぁ……背が高いからすぐに見つかると思ったんだけれども。

まだ講堂の中なのかしら? と思っていると、「ローズっ!」と背後から声をかけられた。


 振り返れば、そこには元婚約者・レグ様の姿があった。

 以前は上質で豪華な衣装に身を包んでいたが、今では簡素な服を着ている。

 目の下にはクマができ、前はあんなに威厳に満ちあふれていたのに今は見る影もない。


 あの婚約破棄騒動の後。殿下は王位継承権を外された上に王宮からも追い出された。

 当然だろう。

 国に多大な損害を与えたのだから。


 代わりに次期国王となったのが私の婚約者・メテオだ。


「ごきげんよう、レグ様」

「ローズ。俺が悪かった。だから、やり直そう」

 開口一番それかとため息が出る。

「……またですか。ほんと、しつこいですわ」

 私がこの国を訪問するたびに会いに来たり、手紙をよこしたり……ほんと、しつこい。

 どうやら私とよりを戻せば、元の地位につけると思っているらしい。 

 どう考えても無理でしょ。


「頼む、ローズ。君だって俺のことが忘れられないんだろ」

 レグ様がそう言いながら私へ手を伸ばした時だった。

 大きな手がレグ様の手首を掴んだのは。


 ゆっくりと顔を上げれば、私が探していた人・メテオだった。

 今日で最後となる制服に身を包み、私の前に立っている。


 あんなにかわいらしかったのに、今ではその頃の面影がまったくなく、精悍な顔つきをした青年に。

 身長もいつの間にか抜かされ、私よりも遙かに大きいし。

 鈴の音のようだった可憐な声も低い男性の声に変わってしまっている。


 メテオは厳しい表情でレグ様の手首をつかんでいた。


「おい、メテオ! 離せ。痛いじゃないか!」

 レグ様が焦りを含んだ声で言えば、メテオ様が目を細めて唸るように言う。


「兄上。言いましたよね? ローズに近づくなって。手首折りますよ?」

 あっ、今さらっと不穏な事を言ったわ。


 ……まぁ、いいけど。



「ローズは俺の婚約者です」

 メテオはレグ様の手を振り払うと、私の肩を抱いた。


「……あの頃はかわいい子犬だったのに」

 今では狼だ。

 夜会でもぴったりと私の傍を離れず周りを警戒しているし。


「メテオ。ローズを俺に返せ!」

「お断りいたします。逃がした魚の大きさに気づくのが遅いんですよ。それに、ローズと俺は来月挙式です。兄上には参列していただけないようなので残念ですが」

「……は?」

 私とレグ様は目を極限まで見開き、メテオをみた。

 すると彼は口角をあげると、レグ様を越えた先を見て「おーい、ウッド」と声を発しながら手をあげた。


 私も彼の視線を追えば、そこにはガチムチの騎士団に囲まれた男子生徒の姿が。

 彼もまた騎士達に負けず劣らずの体格だ。



 ――あの方は軍事国家として最強のナル国の第三王子・ウッド様だわ。あー、なんとなくわかってきた。


「兄上は彼と一緒にナル国へ渡航してもらいます」

「はぁ!?」

 レグ様が裏返った声をあげたタイミングでちょうどウッド様が到着した。


「やぁ、君が兄上かい? はじめまして!」

 ウッド様に肩をトンと叩かれたレグ様は、借りてきた猫のように小さくなる。

 レグ様もこの先の自分の運命がわかったようで、小さく体を震わせていた。


「兄上。兄上には留学という形でナル国に行ってもらいます。想像通り、留学先はウッドの軍です。安心して下さい。ウッドはとても面倒見が良いんですよ。あぁ、そうそう。この件は父上も了承済み。こちらは父上からの手紙です」

 そう言ってメテオは懐から手紙を取り出すとレグ様に渡した。

 受け取ったレグ様は、封筒から便せんを取り出すと目で追っていく。



「ナル国で人間性を磨いてこいだって!? 俺があんなにガチムチ集団に入れるわけがないだろうが!」

「心配不要さ。みんな最初からあんなに筋肉をつけていたわけじゃないからね。筋肉は裏切らないし君の期待に応えてくれる」

「脳筋め! 俺は絶対に嫌だーっ!」

 レグ様は手紙を地面に叩き付けると私たちに背を向け駆け出す。

 だがしかし、進んだ先に待っていたのは屈強な騎士団。

 すぐに捕獲されてしまった。


「大丈夫なのかしら?」

「安心してくれ。最初はみんなトレーニングは初めてだからね。しっかり指導するよ。筋肉を痛めてしまわないように」

 私の素朴な疑問にウッド様が答えてくれた。


「じゃあ、僕は彼のことを部下たちに紹介してくるよ。またあとで」

 そう言ってウッド様はさわやかな笑顔を残して立ち去っていく。

 それを見届けると、私はメテオの方を見た。


「ねぇ、メテオ。陛下にナル国への留学を提案したのって貴方でしょ?」

「さぁ、どうだろう? それより、卒業式に来てくれてありがとう」

「お祝いの日だもの。当然だわ。はい、うちで品種改良した薔薇の花。卒業おめでとう」

 私が手にしていた花束を渡せば、メテオは屈託無く笑って受け取る。

 花束を見ながら嬉しそう。


「長かったなぁ……君に結婚を申し込んでから8年だよ。やっと結婚できる」

「いいの? 私で。私、メテオよりも5つも年上だし」

 8年もあればいろいろなご令嬢や王女を見てきただろう。

 一緒の学園生活を過ごして気が合うような女性もできたかもしれないし。


「俺の気持ちはずっと変わってないよ。ねぇ、ローズは? あの頃の返事を聞かせて。国に持ち帰るってしか聞いてない。君の返事を聞かせて」

「……後で言うわ」

「えー。今ここで言ってよー」

「急に子供っぽくならないで」

「ローズ、お願い」

 メテオがかがみ込んで耳朶に触れるように囁いたせいで、私は頬に血液が集中してしまう。


 くっ……まさか、こんな風に育ってしまうなんて。

 あの子犬みたいなメテオはどこにいったのよ!?


「わかったわ。じゃあ、屈んで」

 手で屈むように合図をすれば彼は素直にかがみ込んだ。


 そういえば、確かに答え言ったことなかったわね。

 両国の話し合いで婚約は決まったけど。

 いざ言うとなると緊張する……


 私は数回深呼吸をすると、8年越しの返事をした。


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