王様ゲームと年明け

 ──王様だーれだ?


 奇妙な展開になった。

 桜宮先生と楓、どっちが膝枕をするのかという話が……シィちゃんの提案で王様ゲームをする事になったのだ。そして困ったことに俺以外、みんな乗り気である。


 こうなった以上、少しは付き合わないと終わりが見えない。


 そんなわけで現在、もっぱら王様ゲームの最中だった。

 四本の割り箸のうち一本に赤い目印が付けられている。コレを引いた人が王様、残りの三本には数字が振り分けられている。一般的な王様ゲームと差異はない。


 シィちゃんの小さい手では、割り箸を隠しきれないため、俺が代表して割り箸を持ちみんなが引いていく形。

 そして結果はといえば……。


「くっくっく。シイナが”おう”みたいですね」


 シィちゃんが王様だった。俺は二番だ。

 桜宮先生と楓はこの世の終わりでも見たかの表情をしている。どんだけ王様になりたかったんだよ……。


「では、にばんが、シイナにきっすをしてください」


「は?」


 随分とふざけた要求に俺の声が漏れ出る。


「きっすです。ミナトにいとユミねえがよくやっているやつです」


『ごほっ、こほっ』


 俺と桜宮先生が同時に咳き込む。楓の頬が斜めに引きつった。


「へぇ……教育委員会に報告しないと……」


「や、やめて楓ちゃん。そんなしょっちゅうやってるわけじゃないから!」


「つまり、やっていない訳ではないと」


「うぐっ」


 桜宮先生が早くも楓に詰められていた。俺に火の粉が飛んでこないうちに、シィちゃんと話をつけよう。


「シィちゃん。もう少し別の命令とか」


「ミナトにいあやしいですね。もしかして、ミナトにいがにばんなのですか?」


 鋭い幼女である。


「……まぁ、うん。だから命令の内容を変えてくれると助かるんだけど」


「かえません。むふんっ」


「いや胸を張られても……」


「とはいえ、シイナもおにではありません。ほっぺたでいいです」


 シィちゃんはとてとてと俺の膝上に座ると、頬を向けてきた。白くて、柔らかそうな無防備な頬。幼女にキス(頬だけど)って、犯罪にならないだろうか。


 まぁルールはルールか。桜宮先生と楓がワーワーやっている間に済ませてしまおう。

 俺はシィちゃんの頬に口を近づける。


「これでいい?」


「はい。いいかんじに、”じぇらしー”をかんじます」


「は?」


「みてくださいミナトにい」


 シィちゃんが指を差す方向を見る。

 見れば、さっきまで言い合いしていた二人がジトッと半開きの目で俺を見ていた。


 視線が痛い……。なにこの悪いことした感……。


「湊人くん……やっぱり年下がいいんだ?」


「い、いやそんな事ないですから!」


「みーくん節操なすぎ。ロリコン」


「俺はロリコンじゃない!」


 とんでもない誤解を生んでいたので、慌てて訂正する。シィちゃんは満足そうに俺の身体に体重を預ける。


「では、にかいせんにいきましょう」


 マイペースに王様ゲームを再開させるシィちゃん。いっそもうこのまま終わってくれればよかったのだが……。





 ──王様だーれだ?



「あ、あたしだ」



 二度目の王様ゲーム。王様は楓だった。

 彼女はグッと小さく拳を握ると、チラチラと俺に視線を送ってくる。


「じゃ、じゃあみーくんが王様にキ──」


「ぶっぶーですおねえちゃん」


「は? なんでよっ」


「こじんめいをだしたらだめです。すうじをいわないと」


「うっ……面倒なルール」


 楓は王様ゲームのルールにケチをつける。少し黙考した後、照れ臭そうに告げた。


「……じゃあ三番が、王様にキス」


 瞬間、静まりかえるリビング。

 ほんのりと赤くなっていた楓の顔が、更に紅潮する。


「な、なんで静かになるの! シィちゃんと同じ命令しただけじゃん。べ、べつに他意はないんだから!」


「いや、まぁいいんだけど……」


「で、誰なの? 三番」


 割り箸に視線を落とす。奇しくも、三番は俺だった。

 桜宮先生とシィちゃんの視線が俺に集まる。


「俺、だな」


「ふ、ふーん……ま、まぁ命令しちゃったからね。仕方ないか」


 楓はそう言いつつも、頬をだらしなく緩ませる。

 対して桜宮先生の顔が強ばった。


「だ、ダメだからね! それは流石に看過できないよ!」


「何言ってるの由美ねえ。王様の命令は絶対なんだから」


「で、でもダメなものはダメ。先生命令」


「由美ねえ、あたしの先生じゃないけど」


「……そう、だけど……」


 押し黙る桜宮先生。中学生に言い負けていた。

 国語の先生なのだから、もう少し頑張って欲しいところである。


 楓は俺に身を寄せると、上目遣いで見つめてくる。


「ほ、ほらみーくん。命令、だから」


「いや……キスはやり過ぎじゃないか」


「シィちゃんにはしてたでしょ」


「それとこれとは別問題っつーか」


 同じキスでも、幼女にするのと、中学生にするのでは重みが変わってくる。

 俺がたじろいでいると、楓が俺の肩に両手を置いてきた。


「も、もうしょうがないな。……じゃああたしから行くよ」


「え? ちょ、ま、待って楓!」


 楓が頬を紅潮させながら、顔を近づけてくる。

 だが口が触れる距離まで数センチのところに迫ると、楓がパタリと動きを止めた。


 俺の肩から手を話して、さっとソファに座り直す。居住まいを正して赤い顔を隠すようにうつむいた。


「や、やっぱやめ! ば、ばっかみたい。たかが王様ゲームでキスとか!」


「お前の情緒どうなってんの!?」


 何はともあれ、キスをする暴挙にまで発展はせずに済みそうだ。

 俺がホッと一安心する中、桜宮先生が俺以上に一安心していた。


 この後も、王様ゲームは何度か続けた。元々、膝枕を誰がするかって話だったと思うのだが……完全に忘れられていた。


 年越し蕎麦の準備をキッカケに、王様ゲームは終わり。なんだったんだこれ。



 そして……。




 翌朝。一月一日。年が明けた。

 日付が変わるまで起きると息巻いていた、シィちゃんも楓もそうそうに脱落し、俺と桜宮先生の二人だけが起きている。


 リビングにて。俺たちは、二人の寝顔を傍目に、ダイニングテーブルの所で隣り合わせで座っている(ソファは、楓たちの布団代わりになっている)。


「年、明けちゃったね」


「ですね。えと、今年もよろしくお願いします」


「うん。こちらこそよろしくお願いします」


 小さく頭を下げて簡単なやり取りをする。

 なんとなく気恥ずかしさを覚えた俺は、話を変える目的も含めて切り出した。


「桜宮先生は神社とかお参りに行くんですか?」


「うーん。あんまり行かないかな。いつもは大体、海外に居るし。行くとしても、一月の終わりとか変な時期だったり」


「そうですか……」


「なんか残念そう?」


「いやまぁ、着物姿とか見れないのかなって思って」


 俺が呟くように漏らすと、桜宮先生が前のめりになる。


「湊人くんが見たいなら、全然着るよ。今から着よっか!?」


「そ、そこまでやる気出されても困りますけど……でも、着てくれるなら見たいです。じゃあ、後で初詣に行きますか」


「うん……あ」


 桜宮先生は柔和な笑みを携える。けれど、何かを思い出したようにポカンと口を開いた。


「どうかしました?」


「初詣で誰か知っている人と出会したらなって思って……」


「あぁ……まぁそうですね。人集まりますし、可能性は結構ありますよね」


 県をまたいで遠くの神社に行けば変わってくるが、そこまで行動して初詣をするのも忍びない。


 人気のない神社に行くのも、今ひとつ乗り気になれないしな……。有名な神社に行けば、知り合いと遭遇する可能性はある。


「ま、バレたときは、私と湊人くんも偶然遭遇したって事にすれば大丈夫だよね」


「安直ですね……まぁ初詣ならそれで十分言い訳聞くでしょうから、平気だとは思いますけど」


 過度にイチャつかず、ほどよい距離感を保っていれば言い訳は容易い。

 もちろん、油断は禁物だが。


「あ、そうだ」


「……?」


 桜宮先生は椅子を引いて腰を上げると、近くの引き出しへと向かった。


 彼女の行動の意図が読めず、小首を傾げる俺。

 桜宮先生は引き出しからあるモノを取って椅子に座り直すと、それを俺に手渡してきた。


「はいどーぞ」


「これって」


「うん、お年玉。用意してたんだっ」


 渡されたのはポチ袋。直筆で『湊人くん♡』と書かれている。

 親族以外からお年玉を渡されたのは初めてだ。


「も、もらえませんよ! 教師からお年玉なんて……」


「む。教師じゃなくてカノジョ」


「すいま……っと、いやだとしても問題ですから! カノジョからお年玉もらえませんって!」


 ……相変わらずの貢ぎ体質のカノジョである。

 まだ中身を確認していないけど、だいぶ厚みがある。一体、いくら入っているのやら。


「じゃあ湊人くんも私にお年玉くれればいいじゃん」


「え? でも用意してなくて」


 お年玉の件は完全に想定外だった。

 俺から桜宮先生に渡せるお年玉はない。


「大丈夫。コレ引いてくれるだけでいいから」


 桜宮先生はふわりと微笑むと、テーブルの上に無造作に置かれていた割り箸を一本手に取る。王様ゲームで使っていたヤツだ。


「引けば良いんですか?」


「うん」


 言われるがまま、割り箸を引く。一本しかないので選ぶ必要もない。

 番号は一番だった。


「これさせて何が目的──」


「ふっふっふ、引いてしまったね湊人くん」


 不吉な笑みをこぼす桜宮先生。なんとなく嫌な予感をしていると、彼女は左手に隠し持っていた割り箸を登場させる。


「王様命令。一番は、王様にキスしなさい」


 微笑を湛えて、けれど仄かに頬を赤らめて、桜宮先生は俺の目を見つめる。


 俺は小首を傾げると、桜宮先生に顔を近づけた。


「キスだけでいいんですか?」


「……っ。ば、ばか。楓ちゃん達もいるんだよ」


「わかってます。てか、何を想像したんですか?」


「ほ、掘り下げるの禁止だから! て、てか早く命令を実行しないとダメだよ!」


 真っ赤に顔を染める。三十路なのに、精神の年齢が全然届いていない。でもそこが可愛くて、からかい甲斐がある。困るな……日を重ねるごとに、桜宮先生をどんどん好きになっている俺がいる。


 このままだと、そう遠くないうちに本当に結婚するんじゃないだろうか。勝手にそんな気がした年明けだった。



──────────────────────


 明けましておめでとうございます。


 次回は、節分かバレンタインの日に更新すると思います。


 忙しくて書く余裕がなかったらすみません。


 今年も色々作品を投稿していく予定ですので、既存の作品もこれからの作品も応援していただけますと幸いです♪ 


 ではまたどこかでお会いしましょう。

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三十路間際の女教師に、責任取らせてくださいと言ったら婚姻届を突きつけられたのだが 〜親へ挨拶に行くって、それもう取り返しつかなくないですか?〜 ヨルノソラ/朝陽千早 @jagyj

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