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 そしてふたりは迷いの森を越え、木々の形作る洞窟の入口を見つけ出す。導きの光はイルとエル、どちらの目にも見えている。自分たちの残した痕跡を追いかけているような心地で、だからふたりは迷わない。繋ぎ合わせた手を一度として離すことなく、この蒼白い領域へと辿り着く。

 風の声を装って、なにをしに来た、と問うことを、もはや〈調停者〉はしない。イルとエルが足を踏み入れてきたのを察するや否や、その姿をふたりの眼前に晒す。

 ――よく来たね。また会ったな、と言うべきかな。

 ふたりは答えず、ただ〈調停者〉を睨みかえす。恐怖はむろんのことある。しかし引き下がりはしない。

 ――どうした。私に会いに来たんだろう。

 エルは息を吸い上げる。そして精いっぱいの勇気で告げる。

 ――私たちふたりを解放して。

 ――なんのことだ。

 ――誤魔化そうとしても無駄。私たちには分かってるんだから。あなたが私たちを支配して、ここに縛り付けてる。

 はは、と〈調停者〉は嘲るように笑う。これ見よがしに肩を竦める。

 ――私が? 私はおまえたちの望みを叶えてやっているに過ぎない。恨まれる筋合いはない。どうなっても知ったことではないと、その都度伝えているはずだ。

 イルは短刀を構え、〈調停者〉に切っ先を向ける。――ぐずぐず言わないで。自分の立場、分かってるの?

 ――立場が分かっていないのはおまえたちのほうだ。私に脅しは通用しないよ。

〈調停者〉は笑みを崩さない。イルの震える手許を愉快そうに見下ろしている。

 ――私たちはもう、おまえの思いどおりにはならない。

 ――威勢のいいことだ。しかし私とて、おまえたちを思いどおりにしているわけではないんだよ。ただ自分の役割に自覚的でいるだけだ。

 エルが唇を開く。声を低めて問う。

 ――自分が何者かを理解したうえで、同じことを繰り返してるの。

 ――自分が何者かなんて分かってはいない。分かっている者などどこにも居はしない。

 ――誰の指示なの。

 ――誰でもないさ。

 ――だったら自分の意思?

 ――おまえたちはなにも理解してはいない。私はそういう機能の持ち主であり、そう振る舞うよう運命づけられている。ただそれだけの話だ。

 イルはかぶりを振る。――あんたと話したって仕方ないみたいだね。

 ――だったらどうする。私に必要なのは傷だけだ。正直なところ、どうやって付いた傷かなんてどうだっていいんだよ。おまえたちを殺し合わせてやったってよかった。あえてそうしなかったのは、私の慈悲だと思わないか。

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