10
***
そしてふたりは迷いの森を越え、木々の形作る洞窟の入口を見つけ出す。導きの光はイルとエル、どちらの目にも見えている。自分たちの残した痕跡を追いかけているような心地で、だからふたりは迷わない。繋ぎ合わせた手を一度として離すことなく、この蒼白い領域へと辿り着く。
風の声を装って、なにをしに来た、と問うことを、もはや〈調停者〉はしない。イルとエルが足を踏み入れてきたのを察するや否や、その姿をふたりの眼前に晒す。
――よく来たね。また会ったな、と言うべきかな。
ふたりは答えず、ただ〈調停者〉を睨みかえす。恐怖はむろんのことある。しかし引き下がりはしない。
――どうした。私に会いに来たんだろう。
エルは息を吸い上げる。そして精いっぱいの勇気で告げる。
――私たちふたりを解放して。
――なんのことだ。
――誤魔化そうとしても無駄。私たちには分かってるんだから。あなたが私たちを支配して、ここに縛り付けてる。
はは、と〈調停者〉は嘲るように笑う。これ見よがしに肩を竦める。
――私が? 私はおまえたちの望みを叶えてやっているに過ぎない。恨まれる筋合いはない。どうなっても知ったことではないと、その都度伝えているはずだ。
イルは短刀を構え、〈調停者〉に切っ先を向ける。――ぐずぐず言わないで。自分の立場、分かってるの?
――立場が分かっていないのはおまえたちのほうだ。私に脅しは通用しないよ。
〈調停者〉は笑みを崩さない。イルの震える手許を愉快そうに見下ろしている。
――私たちはもう、おまえの思いどおりにはならない。
――威勢のいいことだ。しかし私とて、おまえたちを思いどおりにしているわけではないんだよ。ただ自分の役割に自覚的でいるだけだ。
エルが唇を開く。声を低めて問う。
――自分が何者かを理解したうえで、同じことを繰り返してるの。
――自分が何者かなんて分かってはいない。分かっている者などどこにも居はしない。
――誰の指示なの。
――誰でもないさ。
――だったら自分の意思?
――おまえたちはなにも理解してはいない。私はそういう機能の持ち主であり、そう振る舞うよう運命づけられている。ただそれだけの話だ。
イルはかぶりを振る。――あんたと話したって仕方ないみたいだね。
――だったらどうする。私に必要なのは傷だけだ。正直なところ、どうやって付いた傷かなんてどうだっていいんだよ。おまえたちを殺し合わせてやったってよかった。あえてそうしなかったのは、私の慈悲だと思わないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます