8
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――決して。そう推測し、ひとりほくそ笑んでいる者がいる。〈調停者〉。〈詩人〉でありイルであるふたり、交じり合うことのないふたつの〈死せる魂〉の来訪を、幾度となく出迎えてきた女だ。
もうじきだ、と〈調停者〉は思う。彼女のなかには傷が蓄積されている。〈詩人〉として訪れた者の左腕から奪い取った傷を、痛みを、その胸に秘めた感情を、彼女は何度となく回収している。もうじき時は満ちる。器が一杯になる――〈青の帳〉を引き起こすための。
べつだん〈詩人〉とイルである必然性はない。ただ奇怪な力で引き合うふたつの〈死せる魂〉を、〈調停者〉が利用する気になったに過ぎない。彼女にとって重要なのは苦痛を集めることのみだ。この世界に幕を引くために。
〈青の帳〉は真の滅亡か? あるいは救済なのか? その答えを〈調停者〉は持たない。彼女はただそれを引き起こすためだけに存在し、行動する。自身のさだめを認識している。
彼女もまた閉じた世界の内側の、登場人物のひとりに過ぎない。
***
――あなたはいつからここにいるの。
――思い出せないくらい前からだって、さっき答えたよ。
――ここに来てから、つまり〈死せる魂〉になってからどのくらいかって訊きたかった。
――その質問でも答えは変わらないよ。思い出せないくらい前から。
そう、思い出せるわけがない。それがさだめだからだ。おまえたちふたりの。
――もうじきなのかな。
――もうじきって、あなたはそれでいいの。
――仕方ないものは仕方ない。
よく分かっているじゃないか。仕方ないものは仕方ない。どれだけ抗った気になろうとも、おまえたちはどこにも行けはしない。
――本気なの。
――もちろん。
――会わなくなったら記憶がもたないって言ったのはあなたでしょう。
――あなたが私を忘れたとしても、また最初からやり直せばいいだけ。消えてさえいなければ、何度だってやり直せる。
やり直せるさ。やり直すためだけに、おまえたちは存在するのだから。最近はより深く、鮮やかな傷をつけてくれる。おかげで苦痛が効率よく集まっているよ。
そうしてまた、折り重なったおまえたちの顔が近づいていく。決して触れ合うことのないふたりが、もっとも接近する瞬間だ。幻の口づけがもたらす幻の官能。その一瞬が、おまえたちを永遠に呪縛してくれる。愚かな〈死せる魂〉が、私のもとへ傷を運んできてくれる。
ふたつの唇が重なる。甘やかな時間は永遠のように引き延ばされて、彼女たちのなかに歓喜と胸苦しさの入り乱れた感覚を生じさせる。イルである側は希薄で、〈詩人〉である側は色濃い。ふたりは水のように循環しつづけている。
もっとも近しい存在でありながら、互いに触れることは叶わない。そのもどかしさ。奥底から込み上げる疼き。肉体を失くして久しいにもかかわらず、剥き出しの情動ばかりは消えることがないのだと、ふたりはどちらともなく理解する。
今回はずいぶんと長いな、と〈調停者〉は思う。これまでならば必ず、口づけは一瞬で終わった。それで充分だからだ。ところが今度のふたりときたらどうだ。いつまでも飽きることなく、ひとつに重なり合っている。境界さえ失ったかのようだ。互いに絡み合い、溶け合って、なにか別種の生き物に変わってしまったかのようだ。
ようやく今回のイルである少女が体を浮かせる。〈詩人〉である側を見下ろしながら言う。
――一緒に行くよ。あなたの傍にいる。
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