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――それはなんなの。
――だから、詳しくは知らないよ。今度こそ本当の破滅なんだって言う人もいるし、逆に真の救済だって捉える人もいる。ともかく時が来たら消えるの。それだけ。
はは、と色のない少女はそこで、おかしそうに笑う。口許を覆った掌も、その顔さえも透けているのを、詩集の少女は目にする。
――これじゃあ、なにも言ってないのと変わらないね。体があった頃だって、きっと同じこと言ってたよ。
――あなたは怖くないの。
――怖いと言えば怖いよ。だけど常に意識してはいられない。それになにか書いてないかな、私たちに役立ちそうなこと。
返事を聞くより前に、色のない少女が詩集を取り上げて開く。しかしぱらぱらと頁を捲るばかりで、じっくりと詩を読み込んでいるようではない。やがて彼女は手を止めて、詩集の少女を振り返る。
――ここから、私の名前を貰ってもいいかな。
――名前?
――そう。どうせもう思い出せないから、なにか適当な呼び名を。そのほうが便利でしょう。
少し迷うが、やがて詩集の少女は心を決める。できるだけ厳粛な口調を作って、いいよ、と返答する。自分の持ち込んだ詩集が誰かに名前を与えることになるとは。
――ありがと。
色のない少女は目を閉じ――そういうふうに詩集の少女には思える――出鱈目な頁を開いて出鱈目な箇所を指差す。変わらず震えつづけている指の先にある語を、彼女は声に出して読み上げる。
――イル。
詩集の少女は驚いて目を瞬かせる。それでは詩から名前を採る意味がまるでない。
――ちゃんと選んだらいいのに。
――選んだよ。だって他の言葉は読めないんだもん。
返された詩集を、持ち主の少女は慌てて確かめる。この場所にやって来てから、いつの間にか消えてしまった詩は無数にある。しかしいくらなんでも、一語しか残存しないわけではない。
――言葉まで忘れちゃったの。
相手はその問いに答えない。
――イルって呼んでよ。せっかく名付けたんだから。あなただって、名付け親みたいなものなんだよ。
納得のいかない詩集の少女とは裏腹に、色のない少女――今はもうイルだ――は満足げでいる。彼女は素晴らしい思い付きをしたとでもいうように、ねえ、と発する。
――あなたの名前も付けようか。
詩集の少女はかぶりを振ってみせる。そうすれば自分が自分でなくなるような気も、あるいは本当の名を思い出す可能性を自ら捨て去ってしまうような気もしている。
そう、とイルは簡単に引き下がる。座った姿勢のまま、抱いた自分の膝を見下ろす。
――残念。じゃあとりあえず、私はあなたのことを〈詩人〉と。
――私が書いたんじゃないよ。この世界に持ち込んできただけ。
――今になったら同じことだよ。きっと体が滅びる間際まで、大事に抱えてたんだね。
そうかな、と〈詩人〉は曖昧に答える。しかし無論のこと、真実を記憶しているわけもない。
――あなたはなにを持ち込んできたの。
イルは薄く笑い、片手を動かして自分の太腿のあたりをまさぐる。なにかを握り込んだ掌を、ゆっくりと草の上で広げる。
――それ?
――うん。驚いた?
イルの所有物から〈詩人〉は目を逸らせずにいる。小さな、しかし鋭く研ぎ澄まされた短刀が放つ輝き。
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