読み手にも書き手にも非常に有意義な作品と言える。
読み手に対しては珍しいタイプの異世界召喚物として新鮮な喜びを与えてくれる。ライトノベルというよりは児童書に近く、普段はその手のジャンルに苦手意識を持っている層にこそ強く勧めたい。勿論、普段そういったジャンルを楽しんでいる層にも刺さる工夫が随所に見える。
書き手側にとっては非常に学ぶ所の多い作品である。異世界召喚、転生、転移物は多く、冒頭のチュートリアルに当たる部分は見飽きたという読者は少なくないはずだ。
本作家は省略の天才であり、読者の想像力によって補える部分は片っ端から省略している。テンプレートから外れた特殊なタイプの異世界物だが、説明的にならずにコンパクトに読者に伝える事に成功し、展開も早い。この手腕は設定を描く事に文字を取られがちな作家にとっては非常に参考になるだろう。
キャラクター造形も非常に巧みである。主人公は一見するとテンプレ系だが、内側には地に足のついた人間の魂が宿っており、行動原理には一切の違和感がない。平凡であるが故に善良で、不快感を抱く者はいないだろう。他のキャラも役割を重視して使い捨ての魂を与えるような事はせず、生きた魂を入れる事に拘っているように感じられる。