第一章
穏やか(?)な時間
「……んむぅ。ラジオの入りが悪いなぁ」
巨大な瓦礫の山の谷間で、古びたラジオのチャンネルを合わせている少女がいた。
染めているのか、緑色の肩まで切り揃えられて前に流されたサラサラの髪と、気の強そうな表情を顰めて、手元の機械を弄っているが一向に電波を拾わない。それどころかザーザーと砂嵐のような音が響き、時々「ピー……ガー……」と奇妙な音を立てるだけだった。
「こう言うのは昭和式のアナログ機器が電波拾いやすいって言ってたくせに、全然ダメじゃない」
ぶつぶつと独りごちながら、機材を持ったまま伸縮式のアンテナを立てあっちこっちとうろついてみるが、まるで無反応だ。
「あ~~~~~~っ!! もう無理! 無理無理! ぜ~ったい無理! 大体こんなオンボロので情報を得ようとする方が間違ってる!」
少女は持ってきた機材を放り出し、その場にゴロリと寝転がった。
空はとても青く、ぽっかりと浮ぶ綿雲は風に吹かれてゆったりと流れていく。そのあまりにも長閑な景色に、少女は大きなため息を一つ吐く。そして何気なく顔を横に向けてみると、昨日仲間の一人が連れて帰ってきた女性がまだ意識を取り戻す事無く眠っていた。
「まつ毛長い……鼻筋も通っててすっごい美人」
何となくじっと見つめていた少女はもう一度空を仰ぐように顔を戻すと、思わず目を見張った。
先ほどまで広がっていた長閑な景色とは違うものが目の前に広がっている。
「なぁ~にぼやいてんだ? もしかしてアレか。俺が昨日美人を助けてきたことに嫉妬してんのか?」
ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべ、いつの間にか少女の頭元に経っていた青年は腰を折った状態で少女を見下ろしている。
金髪碧眼で整った顔立ち。日本人ではない青年だが口ぶりや態度は完全に日本人として帰化している。外見は良いのだが煽るかのようなその言葉は、少女を苛立たせるには十分な要素が込められている。
「ふんっ!」
少女はしおらしく顔を染めて背けるかと思えば、容赦ない拳を青年の横面にめり込ませた。
「バッカじゃないの? 自惚れてんじゃないわよ。ちょっと顔がいいからって調子に乗らないで」
少女は握り締めていた拳を解いて、少々痛むのだろうか。ふるふると手を振りながらむくりと起き上がると、投げ出していたラジオに手を伸ばす。
よほど油断していたのかまともに顔面に少女の拳を食らった青年は、赤くなっている頬に手を当てて涙を滲ませながら文句を漏らし始めた。
「冗談っての知らねぇの!? オマケに暴力振るってきやがるし! そんなにムキになるんだったら色気の一つでも付けてみやがれ! ブースっ!」
まるで子供のようなその煽り文句に、少女はラジオを弄る手をぴたりと止めた。
「……うるさいわよ。誰がブスですって?」
「は? お前以外誰がいんだよ」
少女はブルブルとその身を震わせると、俯けていた顔を持ち上げ背後に立っている青年を呪いそうな勢いで睨み上げた。
「言わせておけばいけしゃあしゃあと……。あったまキタ!! ケイ! 今日こそあんたに参ったって言わせてやるわっ!」
「お? 何だ美裕。やる気か? 望むところだ! 後で泣きべそかいたって知らねぇからなっ!」
それまで静かだった空間が、二人によってたちまちの内に賑やかになった。
ケイと呼ばれた男と美裕はまるで兄妹喧嘩をしているように両手を握り合わせ、ギリギリと睨みあいを続けている。
「見てくればっかり良いあんたなんかに、良い人なんて到底出来ないでしょうね! ジジイになって死ぬまでその浮かれ頭で居ればいいわっ!」
「お前みたいな気の強い女に言い寄る男がいるとは思えねぇけどなっ! オマケにブスでチビで喧嘩っ早いとか、良いとこ一つもねぇし!!」
「……っ」
美裕はいよいよ頭に来たのだろう。それまで踏ん張っていた足の片方を持ち上げ容赦なく目の前にあるケイのつま先目掛けて踵から思い切り踏みつける。
「いってぇええぇえええぇっ!」
「言ってくれるじゃない! この女たらしがぁあぁっ!!」
とっ掴み合いの始まった二人のそんな背後に、一つの影が忍び寄って来る。だが、二人はそんな事に気付く由もなく火花を散らしていた。
髪を鷲掴みにしたり、襟首を掴み上げたりと、目も当てられないほどの暴れっぷりだ。
「いい加減にしろ!」
目の前の相手に意識を取られていた二人は、突然背後から止める声を掛けられ二人揃ってビクッと肩を震わせて動きを止めた。
二人を止めに入ったのは、誠と呼ばれるもう一人の仲間だった。
短い焦げ茶色の髪をして、柔和な顔つきをしているものの、今はただ呆れたような面持ちだった。
誠は両手に抱えられた大きな紙袋を足元に置きながらため息を吐く。
「まったく、お前たちは顔を付き合わせれば喧嘩ばっかり。いい加減にしろよ。幾ら昼間だからって暗殺鬼たちがいないわけじゃないんだぞ」
「だってケイが……」
「だって美裕が……」
「はいはい。もういいだろ」
誠は二人の喧嘩に全く取り合おうとしていなかった。
二人の喧嘩は今に始まった事じゃない。初めて彼らがチームを組むことになってから、これこそ日常茶飯事に起きている事だ。まともに取り合おうとする方がバカをみると言うのを、誠は分かっている。
荷物を瓦礫の上に置きながら、誠は傍に眠ったまま目を覚まさない女性に視線を一度だけ向けて、もう一度ため息を吐く。
「それと、喧嘩する余裕があるんだったら、配給を取りに行くのを手伝ってくれてもいいじゃないか」
的を射た事を言われた二人はただ口を噤むしかなかった。
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