共に行く仲間

――5年前。


「真紀、少し出掛けて来るよ」


 そう言って青年は玄関の扉を開いた。するとそこへエプロンを身に着け、長い茶色の髪を肩に流すようにまとめていた真紀と呼ばれた女性が、パタパタと足音を立てて玄関まで出てきた。


「高斗、こんな夜に何処へ行くの?」

「テレビのリモコンの電池がないみたいだから、そこのコンビニまで。何か買って来るものとかある?」

「そうね……じゃあ、卵を買って来てくれる? 小さいのでいいわ」

「うん、分かった。じゃあ行ってきます」


 高斗と呼ばれた男性がにこやかに微笑み出掛けて行った。

 だが、その時から彼は家に帰ってこなくなった。自宅からコンビニまではほぼ目と鼻の先にある。行方を眩ませてから捜索願を出してほどなく分かったのは、彼はあの日コンビニには来ていないと言う事。そしてどの防犯カメラにも映っていなかったと言う事だった。

 家出をするにはあまりに軽装で、携帯と小銭入れ程度しか持っていなかったはず。そして何より、家出をするような理由は何一つなかった。


 神隠しとでも言わんばかりの全く手掛かりの掴めない失踪事件に近隣住民たちの協力も仰ぎあちこち探してみたが、一切の消息が掴めなかった。

 怪しい車が止まっていたこともなければ怪しい人物がいたという情報もない。完全に打つ手無しとなり、そのまま捜査は打ち切りとなってしまったのだった。


 購入したばかりの新築の一戸建てに突然一人になってしまった真紀は、いなくなった夫の消息を何とか見つけ出したくて寝る間も惜しみ、捜索のビラを配り歩いていた。


「……うっ……うぅぅ……っ!!」


 ある日、ビラを配り歩いていた真紀は、腹部に強い痛みを覚え帰り道の途中動けなくなってしまい、そのまま病院に運び入れられてしまう。


 ……流産だった。


 当時、彼の子供を身ごもっていた真紀は、蓄積する心労と疲れが溜まっていたばかりに、大切な子供まで亡くしてしまったのだ。


 病院で目覚めた真紀は、自分の中から子供まで居なくなってしまった事はおのずと分かっていた。生気を失った目で虚空を見つめただ涙を零すしかなかった。


 あの人は一体どこへ行ってしまったのだろう……。私の何がいけなかったの? どうして子供まで一緒に連れて行ってしまうの……?


 言葉にならない声で、息を潜めて真紀は泣き崩れていた……。




                 ****



「……」

「あ、起きた」


 目を覚ました真紀はゆっくりと瞼を押し上げて、ぼんやりとした頭で日の暮れかかる空を見つめてる。そこにひょっこりと顔を覗かせたのは、見覚えのない少女だった。


「丁度良かった! そろそろ場所を移動しないとマズイ状態だったから……。あ、そだ! これ、良かったら使って下さい」


 少女はそう言うとポケットに入れていたタオルを差し出してくる。

 真紀はゆっくりと上体を起こすと、涙が自分の頬に零れ落ちるのに気付いて慌てて手の甲で押さえた。


「私、宅間美裕って言います。とりあえず、もうじき夜が来るんで場所移動して、話はそこでしましょう」

「……え、えぇ」


 美裕に支えられるようにして起き上がった真紀は、すぐそばにいたもう一人の男性に気付いた。

 男性は鞘に収まったままの日本刀を片手に握り締め、注意深く周りの様子を見ている。


「誠、まだ周り大丈夫だよね?」

「あぁ、異常ない。ただこれ以上暗くなると危なくなる。出来るだけ急いで移動しよう」


 誠を先頭に、三人は移動を始めた。

 誠は日本刀、そして美裕は腰の後ろに備えていた組み立て式の長刀を慣れた手付きで素早く組み上げ、周りに注意深く目を光らせている。

 真紀はそんな二人に守られる形で、訳も分からないまま彼らが占拠にしていると言う場所までやってきた。


 傾きかけたビルの入り口には、大量の瓦礫。その隙間を縫うようにして中に入り今にも崩れ落ちそうな階段を登ると、かつては小さな不動産会社が入っていたと思しきフロアに出る。

 すっかり埃を被って破れてしまったソファに、端に寄せ集められたボロボロのオフィスデスク。椅子も何脚か床の上に転がり、すっかり茶ばんでインクの消えかけた紙が散乱している。


「お、間に合って良かったな! 大丈夫だったか?」

「とりあえずはね」


 ソファの影から顔を覗かせたのはケイの問いに答えたのは誠だった。

 スプリングが飛び出して座れないソファを背に地べたにそのまま座り込んだ誠は安堵したような大きなため息を吐いた。

 そんな誠の傍に美裕も腰を下ろし、呆然としている真紀を呼び寄せる。


「あ、こっちどうぞ。ここは今のところ安全な場所だから、休めると思うんだ」


 美裕に言われるまま、彼女の隣に真紀が腰を下ろす。そしてすぐにケイを見上げると小さく頭を下げた。


「……あの夜居たのは、あなたでしたよね? 助けていただいて、ありがとうございました」

「あ、良いって良いって。あと一歩遅かったらヤバかったけどな。まぁ間に合って良かったよ」


 ケイはそう言うと咥えていた短くなったタバコをつまんで吸い、ため息を吐くように煙を吐き出してコンクリートの地面に押し付けて火を消した。


「俺は高根ケイ。そんでそっちが梶谷誠で、こいつが宅間美裕。俺たちは自衛隊と手を組んで人命救助を優先しながらある任務で動いてるんだ。だからあの日、あんたを救助したのも必然だったってわけ」

「……そう、だったんですね」

「そんで? あんた名前は?」

「あ、私は望月真紀と言います」


 そう言って改めて頭を下げると、ケイはぱたぱたと手を横に振った。


「別にそんなかしこまらなくていいって」

「え……でも……」

「俺らと同じくらいだろ? 歳」


 そう言うと、ケイはニカっと笑う。

 ケイは20歳、誠は19歳、そして美裕は18歳だと改めて紹介されると、真紀は少し言い難そうにしながら「25歳」だと明かすと、三人は驚いたように目を見開いた。


「え? 年上? 全然見えない!」

「夫もいます」

「旦那さんもいるの? うわ、人妻じゃん。ケイいくらなんでも人妻に手を出すのはマズイでしょ」

「別に手ぇ出してねぇし!」


 美裕の言葉に、ケイはムッと顔を顰めて睨みつけてくる。

 また二人が喧嘩を始めそうな雰囲気になり始め、すかさず割って入ってきたのは誠だった。


「あ~、それで、ご主人は……?」

「……5年前に突然、失踪しました」

「失踪?」


 真紀はこちらを見つめて来る三人の視線を受け、これまでの事をぽつぽつと語り始めた。夫婦仲も決して悪くなく子供も授かっていて順風満帆だったことも、失踪した原因も何もかも分からないまま来ていると言う事も、全て洗いざらい語った。


「5年前……って言うと、丁度暗殺鬼の存在が明るみに出るか出ないかぐらいの時だよな」


 誠の言葉に、美裕たちも頷いた。


「失踪の心当たりもなにもなしか……」

「私、子供はどうすることも出来なかったけれど、あの人のことはどうしても諦めきれなくて、あの日からずっと探し続けているんです。自衛隊と関係があるなら何か、何か知りませんか? 望月高斗のこと……」


 詰め寄る真紀に、三人は一度は顔を見合わせ首を横に振るしか出来なかった。

 そんな三人の姿に、真紀は何度目かのため息を吐いて肩を落とし、顔を俯かせる。


「ごめんね、真紀さん」

「……いいえ、良いんです。いつものことですから……」


 元気がない真紀を見て、ケイは何かを思いついたようにポンと手を打った


「このご時世、一人でやみくもに探したって見つかりっこねぇよ。探すんだったら一人でも人手があった方が良いだろうし、もし良かったら俺らと一緒に行かねぇ?」

「ケイ、何言って……」

「だってそうだろ。軍のお偉いさんとも俺らは通じてるわけだし? 保護された生存者は地下シェルターで隔離されてるんだ。もしかしたら旦那さんがどっかで保護されたら連絡が付きやすいだろ? それに、まだあっちこっちにごまんと避難民はいるわけだし、人命救助しながら探したって同じじゃね? 俺らだって助かるしさ、一石二鳥だと思うんだけど」

「でも……」


 ケイの提案はごもっともだ。どうせなら仕事の手助けをしながら探した方がよっぽど効率が上がると言うもの。しかし、誠は少々難色を示していた。これまで武器一つまともに扱ったことがない人をむやみに連れ回すのはどうかと考えていたからだ。だったら、保護シェルターに入って貰っていた方がよほど安全なはずなのだ。

 だが、真紀はその申し出に難色を示すどころか、嬉しそうに目を輝かせた。


「もし、もし良ければ、手伝わせて下さい!」

「おう。絶対そっちのが良いって。保護シェルターは安全だけど、外部のことはほとんど入らねぇし、どうせなら自分の足で探して見つけたいんだろうしさ」


 真紀自らの希望とあっては、誠も美裕も反論する余地はなかった。

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