暗闇の暗殺者
陰東 愛香音
序章
闇の住人
――2417年、日本。
獣の呻く声が響く夜の闇。
夜な夜などこかで人の悲鳴と、聞くに堪えない肉を食む音が響き渡る。
かつては繁栄していた街並みは今や瓦礫の山に覆われ、人々はその瓦礫の隙間に息を潜めて生活をしていた。
「はぁ……はぁ……」
一人の女性が今宵もまた、夜に蠢く獣――暗殺鬼に狙われていた。
腰まである長い茶色の髪をなびかせ、何度も後ろを振り返りながら必死になって瓦礫の隙間の路地を駆け抜ける。だが、やがて逃げ場を失い追い込まれた。
女性は瓦礫に背を向け、それまで背後にあった暗闇の先を悲壮な表情で見つめる。
水のようなものが滴る音を響かせ、それはゆっくりと女性に近づいて来た。
「い……いや……っ」
女性は泣き出しそうな表情を浮かべたまま何度も迫りくる獣を首を振って否定し続ける。
明かりはない。相手の姿も見えない。気味の悪い音と鼻に付く強い腐臭だけが確実に迫り、恐怖に体中の震えが止まらなかった。
まるで狼のようなグルルル……と言う呻き声が響いたかと思うと、その獣は地面を蹴って女性に飛びかかり、彼女は固く目を閉じて顔を背けた。
「……っ!!」
その瞬間発砲する音が聞こえ、背けた顔を思わず上げると獣は打たれた衝撃で遠くに吹き飛び、瓦礫の山の中に落ちて息絶える。
恐る恐る女性が銃声の聞こえた方向に目を向けると、小さな赤い光が一つ見えた。
「あっぶねぇあぶねぇ! あとちょっと遅かったらヤバかった」
軽い口調で若い男の声がすると同時に、小さな赤い光はゆらりと揺れてより強く輝く。そしてパッとライトを照らされ、襲われていた女性が思わず目を眇めると、瓦礫の山の上には暗視スコープを付けた一人の男がサプレッサー装置実装のM-4コンバインを片手に座っているのが見えた。
口元には煙草を咥えたまま、ぐいっと暗視スコープを取ると金髪碧眼の青年だと言う事が分かる。
「え、ちょ、おいおいおい!!」
「……」
女性は、相手が人間だと分かると同時に意識を失いその場に倒れた。
*****
かつては繁栄を極めていた日本が滅びの一途を辿ることになったのは、ある一人の科学者によって発明された薬だった。
彼の開発した薬は「人間の三大欲求を消す」ものだったのだが、当然ながらそれが一般的にも医療にも使用許可が降りることはなく、負の産物としての扱いを受ける。
科学者はその負の産物とされた薬を廃棄するように国から指示をされ、一度はそれを地下深くに封印しようとした。が、彼はここで一つ過ちを犯したのだ。
どうせ使われないのなら、一度くらい人間で試してからでもいいだろう。
そんな浅はかな思いから、その科学者は傍にいたもう一人の科学者を強引に押さえつけその薬を飲ませた……。
その後二人の科学者は行方不明となり、そして現在に至る。
ただ分かっているのは、その頃から暗殺鬼が現れ、そして今なおその数は増えていると言う事だけだった。
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