4.大人にさせない
たとえ少しの間でも空を素直にさせることが出来たのは咲夜にとっては大きな前進だった。だが、咲夜はまだ物足りなかった。
「……空を、泣かせたい」
最寄り駅までの道の途中、咲夜はその願望を思わず口に出していた。それをたまたま聞いていた通行人は驚きの顔を隠しきれてなかったが、咲夜にとってそんなことはどうでも良かった。その言葉を言ったことに少しの羞恥も異常も咲夜は感じていなかった。咲夜の世界には常に空がいる。咲夜は空のことが好きだし愛しているし、咲夜の言動は空中心で回っているのだから。
学校からの帰り道、空は珍しく暗い顔をしていた。それを心配した咲夜は前と同じ公園のベンチに手招きして一緒に座った。
「空? 大丈夫か? 何かあった?」
「……」
空は素直になることにまだ少し躊躇い(ためらい)を感じているようだった。
「空、俺の前では「いい子」にならないで。素の空で居てほしい。何があった?」
「お手洗いに行った時に、クラスの女の子達に止められて、私が先生に媚を売っているって言われたの……」
「空が質問しに行くことに対してか?」
「うん、そう……。私、そんなつもり微塵もないのに……」
「それは「お前らだろうが」って言ってやれよ」
「……」
「悔しくないのかよ、空」
「悔しいに決まっているじゃない……」
「じゃあ、なんで怒ったり、泣いたりしないんだよ」
「そんな姿をみせるなんて、」
「そうしたら、俺がすぐに駆けつけるのに」
「そんな、咲夜に迷惑かけられ」
「お前は、機械なのかよっっ!?」
「さ、咲夜……?」
「なあ、怒れよ、泣けよ、空」
「さ、く」
「いい加減、感情を出せよーーーー!!! 空あああっっ!!」
子供がすっかり帰った公園は閑散としていて、ただ咲夜の声が響いていた。いつもと別人の咲夜に空は、恐怖からか顔を歪め、そこにまた驚きなどが入り混じったような複雑な顔をしていた。
「う、ひぃっ、くっ、うわあああん」
そして、空は子供のように泣き出した。何にも気を使わず、遠慮せず、そう、まるで生まれたばかりの赤ん坊のように、純粋無垢に。
「ああ、空」
それは、まさしく咲夜が求めていたものだった。
「かわいそうな空……大丈夫だよ……俺がいつでも、いつまでもそばにいるから……」
咲夜は空を抱き寄せ、その長い髪の生える頭を右手でなでた。空は身震いしていた。恐怖に侵食されてしまった空は咲夜の腕の中で抵抗することさえも出来なかった。空は怖い咲夜に逆らえなくなったのだ。
次の日、トイレで空を止めてきた女の子達はみんな揃って欠席していた。豹変した咲夜を見てから、空は咲夜のことが少し怖くなっていたが、登下校は未だに一緒にしていた。きっと私のために咲夜は怒鳴ってくれたのだから。学校からの帰り道、それについて咲夜に聞いてみた。
「さ、咲夜、前言った、お手洗いで私のことを止めてきた女の子達、今日揃って欠席してたけど、どうしたんだろう?」
「あー、俺がちょっと注意しただけだよ」
「え……?」
「空につけている盗聴器に、放課後、どこに行くのかペラペラとほざいていたんだ、自分達の居場所を自らバラすとかほんとバアッッッカだよなー。だから、ちょっとね、話し合ったんだよ!! つーか、空、なんであんなゴミみたいな奴らのこと気にするんだよ? もう気にしなくていいんだよ!! これで安心できるね、そーら♡」
空は咲夜に捕まってしまった。
『空は今何しているかなあ どんな寝顔で寝ているかなあ 空は今何しているかなあ 空は今なにしているかなあ なあ、空、空、空、空……
空は大人にさせない。空は大人にならなくていい。大人になるのは俺だけで十分だ。俺は大人になる。汚いことを知るのは俺だけでいい。相手の気持ちを忖度して、空気を読むのは俺だけでいい。空はそんなこと知らなくていい。
空は、子供のままでいい。』
ストーカーは咲夜でした。
人間観察日記 ABC @mikadukirui
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