3.内申のために
先生と話をしている空を、咲夜は見つめた。空はいつも授業終わりに先生に質問や話をしに行く。毎授業後ではないけれど、その頻度は断然他の生徒よりも多い。咲夜は、ムッと口を尖らせると、空から視線を外した。
放課後になって、咲夜は昇降口を少し出た辺りで空を待っていた。掃除がない日は教室から二人きりで帰るが、今日はたまたま空が掃除だった。ずらずらと出てくる生徒の中に空がいないか探していると、靴のつま先をトントンしながら出てきた美久と不意に目があった。美久は咲夜を睨みつけた。咲夜は美久がそうする理由について心当たりがあった。
(俺が空と一緒に登下校するようになったからだろうな)
元々、空と美久は家の方向が違うため、一緒に登下校をしていなかった。だから「本当は美久と帰るはずだった空を咲夜が奪った」わけではないが、明らかに空と過ごす時間が増えた咲夜を美久は目の敵にするようになったのだ。自分を睨みつけてくる美久を咲夜は一瞬嘲笑おうかと思ったがやめた。美久がこちらを必死に睨みつけても、何にも反応しないほうが相手には効くと咲夜は思ったからだ。案の定、美久は少し戸惑って、羞恥心故に顔をぷいっとそらすと、そのまま足早に去っていった。それを咲夜が優越感に浸りながら見届けていると、空の声がした。
「咲夜! おまたせ! 帰ろ」
「おう!」
(なんか、付き合っているみたいだなあ)
歩き出して、そんなことを考えていると、思わず口元が緩んだ。それが空にバレないように咲夜は口元を左手で隠した。今日の学校でのことを話し合い、一段落したところで咲夜は話を切り出した。今日一日空に聞きたいと思っていたことだ。
「空。お前はどうしていつも先生に質問しに行くんだ?」
「いつも、でもないけれどね。分からないことをいつまでもそのままにしとくのって、モヤモヤして……。あ、あとね! 先生との交流にも繋がるんだよ!」
「そうか」
空はニコッと笑った。咲夜は少し考えてから言葉を発した。
「お前、無理してないか?」
「え? してないよ」
「嘘つけ、してるだろ。お前の笑顔、作っているように見える」
「もう、やめてよー。そんな冗談面白くな、」
「冗談じゃない。前も言っただろ、空。俺はいつだって真剣だ」
「……」
「本当は先生に質問や話をしに行きたくなかったりするんじゃないのか?」
「それは違う! 私は本当に、」
「それでもお前にだって、嫌いな先生くらいいるだろ?」
「……っ」
「先生だけじゃない。同じクラスのやつに何か頼まれた時もいつも断らないだろ。頼まれることの中には、今はちょっとな、って嫌な時もあるんじゃないのか?」
「わ、私は……」
「なんでいつも、そんな「いい子」でいるんだよ……。本当は苦しんでいるのに、笑顔でいる空を見るの、俺嫌だよ……」
「……」
「全ては、内申のためか……?」
空は何も言わずにコクリと頷いた。
「少し休もう」
二人は近くにあった公園のベンチに一緒に座った。
「ごめん、さっきは。知ったような口を聞いて」
「ううん、いいの。咲夜が言ったこと、当たっているから」
空は苦笑いした。
「私は本当に、本当に勉強に囚われているような気がする。家族は勉強しろだとか、内申を取れだとか別に言わないけれど、家族が期待してくれているのを知っているから。だから、自分で分かっていても、やめることが出来ないの。先生に質問や話をしに行くのは、本当にそうしたいからだし、楽しいのも事実だよ。でも、正直に言うと全部がそうじゃない。私にも嫌いっていうか苦手な先生がいて、でも内申を取るために質問や話をしにいかなきゃって思うの。そこまでしなくてもいいって思われるかもしれないけれど、誰かに負けるのは怖いから。その先生に何か頼まれた時も、少しくらい我慢しなきゃって思うし。クラスの人に何か頼まれたときに断れないのは、断って嫌われたりしたら怖いなって。そんなことで嫌われたりしないって分かっているんだけど、私、人見知りだから。だから咲夜や美久が私と仲良くしてくれるの本当に感謝している。いつもありがとう、咲夜」
その言葉に咲夜は一瞬泣きそうになったが、我慢した。
(空の前で涙なんて見せたら、格好悪い)
「こちらこそありがとうな、空」
「ううん」
「空」
「何?」
「今まで、人生で素直になったの初めてか?」
「え、なんで?」
「だってさ、素直なのもそうだけど、怒ったり、泣いたりするところ見たことない」
空はまた苦笑いした。
「気を遣いすぎたり、何でもそうだけど、あんまり自分を追い込み過ぎるなよ。空は俺からしたら尊敬するくらいめちゃめちゃ凄いからさ」
「ふふ、ありがとう」
空は紅潮しながら笑った。
『題:空が苦しんでいるのが嫌だ。
高田との心理戦は本当に心地が良かった。高田は俺には勝てない。俺は空の幼馴染だから。空の「おまたせ!」は本当に可愛かった。鼻血が出そうになった。空はやはり無理をしていた。ずっと「いい子」でいるなんてやはり空はいい子だ。空が「ありがとう」って言ってくれた時、高田よりも俺の名前の方が先だった。高田はやはり俺には勝てない。空の中で俺は高田より優先順位が高いのだ。嬉しすぎて飛び上がるかと思った。空の前で泣きそうになったことは誰にも言わない。空は時々顔を赤くさせる。それも本当に可愛い。少し素直にはなったけど、まだ怒ったり泣いたりしていない。これじゃまだ駄目だ』
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