第10話 魔法の光明

 翌日。特技の授業。

「喜べ仁!」

「…………何を」

 その日の特技の授業は武道場で行うとのことで、ジャージに着替えて真と二人で武道場に入ると、そこにはすでに着替え終わっていた天ヶ瀬が立っていた。

「ふっふっふ……」

「なんか悪そうな顔だなぁ……」

 悪さと言うよりは、なにか自慢話でも始まりそうな顔だと思うんだが。

「待たせたな! 旧時代の遺物、欲望の具現! ブルマだ!」

 バーン! と効果音でも鳴りそうな勢いで天ヶ瀬が宣言した。

 …………。

「「ふーん」」

「何だと!?」

 俺と真の反応が意外だったのか、驚愕を受けている天ヶ瀬。

 俺はともかく、真まで俺と同じ反応だったのが地味に驚いた。

「? どうしたの?」

「いやお前まで同じ返事だったから」

 あー、と呟いて、頬を掻く真。

「ブルマってちょっとマニアックすぎる気がしてあんまり気乗りしないんだよねぇ」

「ただの体操着だしな」

「「あっはっはっは」」

「お前ら本当に思春期まっただ中の学生か!?」

 何か天ヶ瀬が失礼なことを言っている気がする。

「いやまぁ武道場に集まるって時点で体動かすこと分かってたしな……」

 知り合いがブルマに身を包んでいるという事実は、ある意味では頭が痛くなるんだが。

「や、止めろ! なんか痛々しい目で見るな! なんか恥ずかしくなるから!」

 天ヶ瀬は頭が良いくせにアホな事をすることがあるよな。

「それで、今日は何をするのかな?」

「そういや聞かされていないよな。武道場に行けとは言われたが」

「お、おーい、さすがに放置は先輩に対してはひどいと思うんだが……?」

 そんなことをしていると、武道場の扉ががらりと開かれた。

「いやぁ、待たせてしまったでござる。説得に時間がかかって……初音? 何をしているのでござる」

「あ、五ツ葉先輩、今日何するか聞いて、――ッ!?」

 振り返り、武道場に入ってきた五ツ葉先輩の姿を見て、言葉が止まる。

「ふむ。やはりヒナ殿の魔法の練習であろうが……どうした仁」

「せ、先輩……」

「どうした仁」

「何でブルマなんすか!」

 五ツ葉先輩は天ヶ瀬と同じ、ブルマ姿だった。

 俺や雅と同等のスピードを出せる足は、何故か筋肉が見えず、スレンダーな足が伸びるブルマは、何というか、危ない雰囲気を醸していた。

「お前私の時と反応が違いすぎないか!」

 やばい、いつもイケメンな仕草が似合っている先輩のその姿はいい破壊力を持っていた。

「初音に誘われて、動きやすい格好にしてみたのでござる」

「五ツ葉先輩、それは思春期の男子にはキツいです……」

「真まで! え、何なのお前ら!」

「ふふふ……仁達に中々刺激の強い格好となってしまったようでござるな」

 腕を組みどや顔をする五ツ葉先輩は、いつもと違い、女子っぽさがありつつも格好いいという、中性的な魅力だった。

「……凄く出にくい空気になってない?」

「大丈夫だよ真雪ちゃん、先輩達嬉しそうだし!」

「あはは……」

 五ツ葉先輩の後ろから真雪、雅、大西さんの声が聞こえてくる。

 なんと、真雪と雅の二人はブルマ姿、何故か大西さんはジャージ姿のままだった。

 真雪と雅は、スレンダーで大人っぽい五ツ葉先輩とはまた違った、年下らしい可愛さだった。

 そして後輩二人は名札の所に何故か「まゆき」、「みやび」とひらがなで丸く書かれていた。

「ひらがなの名前って……分かってるね!」

「ああ、ただのひらがなだってのに、なんでこうもインパクトが詰まっているんだ……」

「お前らさっきと言ってることが真逆じゃないか!?」

 天ヶ瀬が掴みかかってくるかのような勢いで俺たちの方へ詰め寄ってくる。

 やれやれ、天ヶ瀬はこんな簡単なことが分かっていないらしい。

「天ヶ瀬」

「な、なんだ……急に真面目な顔になって」

「正直言ってしまうと、お前と五ツ葉先輩のブルマ姿は、コスプレ感が強い」

「!?」

「それに比べて、見てみろ……真雪と雅の二人を」

 天ヶ瀬の肩を軽く叩き、真雪と雅の方へと向ける。

 雅は何が何だか分かっていないのか、頭に疑問符を浮かべている。

 ……真雪が完全に引いた目でこちらを見ているが、今大事なのはそこじゃない。

「あの二人が着ると、年相応な事もあるが似合っているだろう」

「あ、ああ……」

「天ヶ瀬と五ツ葉先輩は、中身が大人びているせいか、「これじゃない」って感じがするんだ。分かったか」

「いやでも五ツ葉の時はお前らも喜んで……」

「…………」

「おい何とか言え」

「よし、大西さん! 始めようか!」

「頼むから何か言ってくれ! おい仁!」

 天ヶ瀬の肩から手を離し、大西さんの方へと歩いて行く。

 そう言えば、大西さん一人がジャージなのはどうしてなのだろうか。

「……ドンマイっ」

「真……それはフォローになっていないぞ……」

 後ろで何かやりとりがあったようだが、良く聞こえなかった。

 真雪と雅は何をするか聞いていないのだろう。手持ち無沙汰気味に準備運動を始めていた。

「大西さん」

「はい?」

 声をかけると、大西さんは首を傾げた。

「大西さんはブルマじゃないんだな」

「ふぇ!?」

 真雪達と行っていた準備体操のポーズのまま、大西さんの顔が赤くなった。

「出会って数日の女子にブルマ強要……この兄の変態性は留まる所を知らないようだ……」

「そうじゃねぇ! いや真雪まで律儀にブルマなのに、大西さんだけどうして……って思っただけだ!」

 いや確かに直球過ぎる聞き方だったけども!

 まだ少し顔が赤かったが、俺の意図が伝わったのか、大西さんは胸をなで下ろした。

「天ヶ瀬先輩が皆の分を用意してたみたいだったんですけど、さすがに私の分は無かったみたいで……」

「ああー……」

 言われてみれば当然である。

 出会って間もない女子のブルマを用意するどころか、それを間に合わせるとか正気と思えない。

 先輩二人のどちらかの物を借りたのか、まくらないと手が隠れてしまうぐらいの長さの袖と、折ってある裾。

 ブルマもブルマでもちろん魅力的だろうが、こういうのも中々可愛い。

「拙者の借り物とは言え、こういうあざとさもまた可愛さと言えるでござるなぁ」

「五ツ葉先輩がそれを分かるのはどうなんですかね……」

 というか身長だけなら俺たちの中で一番大きい五ツ葉先輩の物を借りたのか。

 道理で服に着られている印象がこんなにも強いのだろう。

「ふふふ……眼福でござるなぁ。皆可愛いでござるよ」

 随分と嬉しそうだな……

「大西先輩にブルマを履かせる妄想で随分と楽しそうだねお兄ちゃん」

「随分と唐突な濡れ衣!」

 嬉しそうだなぁおい!

 五ツ葉先輩と似たような表情のはずなのに、どうして妹の笑顔を見ると冷や汗が止まらないのだろう。

「えと……仁君は、私がブルマを履いてた方が、良かったですか?」

「気を遣わなくて良いから!」

 微妙に困ったような表情で気を遣われるとこっちが申し訳ない気持ちになる。

 考えてもいないことで罪悪感を植え付けられるとか止めて欲しい。

「して、初音」

 五ツ葉先輩が後輩達の姿を堪能し終えたのか、天ヶ瀬の方へと声をかける。

 その言葉に、ショックを受けて頷いていた天ヶ瀬が顔を上げ、真と一緒にこちらに歩いてきた。

「今日の活動は始めなくて良いのか? 先崎教諭から指示は受けているはずであろう?」

 武道場の時計を確認してみると、確かに、すでに授業時間が始まって十五分が過ぎている。

 特別技術、なんて授業でも、ブルマの話で授業時間を使いすぎるわけにもいかない。

「あー、それなんだがな……」

 どうにも歯切れの悪い様子で頭を掻く天ヶ瀬。

「今日は私たちだけじゃ無く、もう一人来る予定になっているんだが……」

 もう一人? 俺たち生徒の他に、参加するメンバーがいるのか。

 天ヶ瀬以外のメンバーで、「誰だろうか」と首を傾げたその時、武道場の扉が再び開かれた。

「ぱんぱぱ~ん! やっほぅ若人諸君~」

「館長」

 武道場に入ってきたのは、学校が所有している図書館の館長だった。

「やぁやぁ皆久しぶり~、おっと、初音ちゃんと五ツ葉ちゃんは二日ぶりだけど~」

 ポーズを取って「ビシッ」と自分の口で言い、パンと手を叩いた。

「うぉ~! 皆古き良き伝説の装備! 『BURUMA』じゃな~い!」

 目をきらきらさせて、各メンバーの手を取ってブンブンと振る館長。

 若干息を荒げてぴょんぴょんと四人を転々と回っていた。

「真雪ちゃんも雅ちゃんも~! ひらがなでの名札とはわかってるじゃな~い! か~わ~い~い~!」

 館長は数分真雪達のブルマ姿を鑑賞して、満足したのか無駄にいい顔で俺と真、大西さんの前にやってきた。

「それで~?」

「それで、って?」

「男の子二人は、いつブルマになるのかな~♪」

 なんて恐ろしいことを言うんだこの人は。

 衝撃の発言に言葉を返せないでいると、天ヶ瀬が館長の横にすっ、と二つの袋を差し出した。

「用意ならここに、館長」

「ほぉ~。ふっふっふ。おぬしもワルよのぉ~♪」

 館長と天ヶ瀬が、にやり、と悪い顔になる。

「用意って、まさか……」

「お前達用の、ブルマだ――」

「逃げるぞ真! この空間は俺たちを殺す!」

 社会的に。

 とっさに踵を返し、隣にいた真に叫ぶ。

 一拍おいて、真も後ろに走り出そうとするが、それでは遅い。

 この場に雅と五ツ葉先輩がいる限り、逃走にやりすぎは無い。

 こちらに振り向こうとしていた真の手を掴み、少し強引に俺の前に引っ張る。

 たたらを踏む様になってしまったが、軽く背中を押し、姿勢を直させる。

「仁ごめん!」

「いいから走れ!」

 真より先行し、扉に手をかける。

 思いっきり力を入れて、引――ゴン。

「まぁそう逃げぬとも良かろう。仁、真」

 古い建物だったせいもあったろう。

 気が動転していたせいもあったかも知れない。

 突っかかって開かず、むなしい音を立てた音と共に、俺たちの肩に五ツ葉先輩の手が置かれた。

 先輩の華麗な足払いと共に、俺たち二人はいとも簡単に武道場の床に倒され、どこから取り出したのか五ツ葉先輩の特別製ロープで簀巻きにされた。

 雅と五ツ葉先輩により、簀巻き状態で天ヶ瀬と館長の前に転がされる。

 柔道用の畳の上に置かれたのは、ちょっぴりの優しさなのだろうか。

「何で天ヶ瀬お前俺たち用のブルマなんか用意してんの!? 病気か!?」

「もぉ~、仁君、女の子相手に~病気とか言っちゃダメだよ?」

 めっ、と腰に手を当てて注意してくる館長。

 今は狂気しか感じない。

「女の子は~、身近な男の子の、普段とは違うギャップに~きゅんっ、と来る物なのだよ~♪」

「僕たちにブルマはかせたところで、誰も幸せにはならないよ! ね、五ツ葉先輩、これほどいて!」

「まぁ、拙者としては、友の喜ぶ顔が見たいのでござるよ」

「待ってくれ五ツ葉先輩! その喜ぶ顔は外道の色に染まっている!」

 チクショウ! 味方がいねぇ!

 雅はさっき俺を運ぶ時も、ちょっと嬉しそうだったし! 真雪は――!

「……くふぅ」

 ダメだ! 兄のこれから起こるであろう痴態に期待が漏れてやがる!

 縄が解けないかともがいてみるが、さすが五ツ葉先輩の忍者道具、びくともしないどころか足掻けば足掻くほどキツくなってくる。

「あ、あのっ!」

 万事休すか、と腹をくくりかけた所で、大西さんが声を上げた。

 全員の視線が向いた途端、ちょっと腰が引けたようだったが、それでも、大西さんは一歩前へ進んだ。

「二人とも、こう言ってることですし、嫌がっていることは、いけないと、思います……」

 尻すぼみにはなっていたが、はっきりと、大西さんはそう言った。

「ん~」

 頬に人差し指を当て、館長が何かを考える。

「まぁ、館長さん的には、男の子二人のブルマ姿は、ちょっと、いやかな~り興味があるんだけど~。主目的じゃないし、止めとこっか~……」

 真と顔を見合わせ、二人でほっと息をつく。

「また今度、個人的にお願いね♪」

 しばらく図書館には近づかないようにしよう。

「それじゃあ、今日のメインテ~マ、行っちゃおっか~!」

 五ツ葉先輩に縄を解くように言って、館長はくるりと回り、とてとてと大西さんの前に立った。

「にゃはは~、君が大西ヒナちゃんか、初めまして。図書館の館長さんだよ~気軽に「館長さん」、「館長」、「館長たん♪」好きに呼んでちょ~だいな」

「は、はい……」

 館長に初めて会った時の自分のリアクションを見ているようで、なんだか懐かしい気持ちになる。

 初対面で館長のノリについて行ける人間は一握りだろう。

「魔法使いって事だったけど、間違いないかな?」

「! は、はい……」

 緊張した面持ちになる大西さん。

 この授業の本題は、館長による大西さんのカウンセリングらしい。

「それじゃ、早速だけど始めようか」

 大西さんの両手を持ち、微笑む館長。

 腕が横からつつかれる。

 真が「ちょっと、ちょっと」と言いながら耳打ちしてきた。

「……館長の語尾が伸びてないよ」

「お前そこ気にするのかよ」

 確かに始めて館長が語尾を伸ばさずに会話している所を見た気がする。

「真く~ん?」

「はいっ!!」

 大西さんの手を持ったまま、館長が声を上げる。

 何故だろうか、隣にいるだけの俺でも背筋が伸びた。

「あ~んまり変なこと言ってると、館長さん、ブルマが見たくなっちゃうなぁ~?」

「あっはははは、周りにブルマ姿の女の子が四人も、よりどりみどりですよー……」

「うふふふふっ、そうだねぇ~」

「あははは……」

 口調だけはいつも通りだというのに、なんでこうも怖いんだ。

 余計な口は挟まないように、と心の中で決意する。

「お待たせ~、ヒナちゃん、でいいかなぁ?」

「は、はい! えっと、館長さん」

「うむうむ。よろしくね~」

 それじゃ、ちょっとこっちに来て~と、館長は大西さんを武道場の中央に連れて行った。

 とりあえず、大西さんと館長に俺たちもついて行く。

 武道場の中央で立ち止まった館長は、再び大西さんと向かい合い、両手を取った。

「それじゃ、他の皆は、ちょおっと、静かにしててね~」

 振り向いた館長に全員で頷きで返し、様子を見ることにする。

「目をつむって、私の言葉に耳を貸して」

「はい……」

 大西さんが目をつむり、息を吐いた。

「それじゃ、できる限り、何も考えず、ただ私の言葉に集中してみて」

 これから、何が始まるのだろうか。

 館長は、謎が多い人物だ。

 俺たちの中で、誰も彼女の名前を知らない。

 そして、俺たちと同じく、普通とはかけ離れた存在の事を知っている、そのくらいの知識しか無い。

 彼女は、自分のことは全くと言って良いほど語らないのだ。

 しかし、五ツ葉先輩の時も、雅の時も、ふらっと現れて、ふらっと手助けをしてくれた。

 そして、今回、大西さんの時もこうして現れた。

 館長に関しては、いまいち掴めない。

「ヒナちゃん、少し、自分の中に『自分』を見に行ってみようか」

「自分、ですか……?」

「そう。ヒナちゃん自身で、ヒナちゃん自身に、潜ってみよう」

「…………自分、自身に」

「ゆっくり、ゆっくりでいいよ」

 ……この話は、周りから刺激してはいけない。

 深層心理に、アクセスをしているのか。

「ヒナちゃんの中には、どんな光景が広がってるのかなぁ……その光景は、ヒナちゃんが、大切にしているものかな?」

 ……話の、核心に迫っている。

 その話は、俺たちの見守る中、少し続いた。

 館長と大西さんは、武道場の中央で、話を続けている。

 二人の会話は、進むにつれて小さくなっていき、もう俺たちには聞こえなくなっていた。

「……長いでござるな」

「……人の深層心理なんだ。そんな簡単に到達できるものじゃないさ」

 雅に至っては武道場の端で船をこぎ始めている。

 真雪は雅に付き添っていた。

 ここにいても特にできることも無い。

 天ヶ瀬達とジェスチャーを交わし、一度武道場を出ることにした。

「そういや天ヶ瀬」

「どうした」

「昨日、図書館行ってたよな、結局収穫あったのか?」

 大西さんの直面している『魔法』。

 俺たちだけで対処するには、あまりにも知識がなさ過ぎる。

 館長以外で図書館をよく利用し、どんな本があるのかを知る天ヶ瀬なら、何か掴めているかと思う。

「残念だが過剰評価だな。特にめぼしい発見は無かった」

「そうか」

 首を振る天ヶ瀬。何もしていない人間が文句を言える訳も無く。

 館長がカウンセリングをすることで、何かが変わればいいのだが。

 武道場の方を見ていると、ずいっと視線に何か入ってきた。

「今、私のこと役立たずだと思わなかったか」

「何で? 思ってないけど」

 天ヶ瀬がわざわざ回り込んでこちらを睨む。

 その顔は、随分と不満そうなものだった。

「いろんな文献をあさって、その結果、やはり魔法の安定には精神の安定が鍵だと、今日だって、特技の授業が終わればヒナ君を誘って……」

「やめておくでござる。初音」

 五ツ葉先輩が天ヶ瀬の肩に手を置く。

「仮に本当に真実だったとしても、すでに他の人物に先を越されてしまった事を『それをするつもりだった』と主張しても、二番煎じ臭が激しいでござる」

「ぁ……ぁ……」

「ま、まぁ……館長のカウンセリングだって、結果が出るかどうかなんて分からないんだから、そう落ち込むなって、な?」

 何故か天ヶ瀬に容赦なかった五ツ葉先輩の言葉に打ちのめされていた天ヶ瀬に励ましの言葉をかける。

 効果があったかどうかはよくわからないが、少しだけ天ヶ瀬の顔に生気が戻った。

「……仁、その言葉はいわゆるフラ――」

 そんなことをしていると、武道場から真雪が飛び出してきた。

 慌てた様子でこちらを確認すると、こちらへ駆けてきた。

「お、おに……! まほ、ひか……!」

 混乱していて呂律が回っておらず、ぶっちゃけ何を言っているか分からなかった。

 話ができないと思ったのか、真雪は武道場の方を指さした。

 全員で武道場まで戻り、そっと中を覗く。

 その中では、光の粒子と言えば伝わるだろうか。

 まるで実体の無い蛍が何百匹と舞っているかのように、小さな光が武道場を埋め尽くしそうなほど漂っていた。

「これが、魔法、なのか……」

 天ヶ瀬が、ぽつりと零した、その言葉で、やっと目の前で何が起きているかを理解する。

 これが、大西さんが言っていた、『魔法』なのか。

 俺たちの中で、誰一人、そこで何が起きているのか、分からなかった。

 俺や五ツ葉先輩はもちろん、天ヶ瀬でさえ先ほどの言葉から一言も口にしていない。

 ふよふよと漂うそれを手にするが、手の中で霧散してしまい、捕まえることなどできない。

「かんち――」

 館長に声をかけようとするが、館長は人差し指を口に当てて、ウインクをしてきた。

 俺たちが戻ってきたことを、もしかして、出て行ったことさえも認識していなかったのか、大西さんは目を閉じたまま集中していた。

 しかし、それらの光は、手で捕まえようとした時と同じように、ぽつり、ぽつりと消え始めた。

「あら~、時間切れかな~?」

 館長がいつもの様子に戻り、「残念~」と残念そうにはあまり見えない仕草で消えつつある光をながめていた館長が呟いた。

「っと、その前に、ヒ~ナちゃんっ」

 館長が手を叩く。

「ふえっ!」

 はっとしたように、大西さんが変な声を出す。

 寝ていた、のか?

「! これは……」

 すでにかなり消えかけているが、光の粒子が舞っているその光景。

「魔法……」

 大西さんが呟いたその言葉。

 彼女が『魔法使い』に戻った事を意味するそれ。

「ヒナ殿は、これで元の生活に戻れるのでござるな」

 ……そういう事になるのだ。

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俺たちの世界にヒーローはいらない 鍵谷悟 @Nath-10

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