第9話 五ツ葉先輩の息抜き
息抜きとはいえ、学校から出るわけではなかったらしい。
教室を出た後は、廊下を進み学校の屋上に向かうようだった。
階段を上っていくと、屋上への扉がある。
少し錆び付いてしまっており、開けるのに苦労するそれは、この学校が屋上を開放していることを忘れさせる。
「何か沈むような気分の時は、某もここに良く来るのでござるよ」
他の皆には内緒でござるよ。と人差し指を口に当てる先輩は、やはりかっこいい。
相変わらず俺や真の男としての色々をへし折りにくる仕草が似合う。
「……はぁ」
「どうしましたか?」
「いや、相変わらず五ツ葉先輩は格好いいなって……」
すると、今度は逆に五ツ葉先輩と大西さんが顔を見合わせた。
少しの間そうしていると、今度は二人してため息を吐く。
「仁君……あまり女の子に格好いいと言っちゃダメですよ?」
「? どうして」
褒めてるのに。
「うーん、そうですね……」
言葉を選んでいる様子の大西さんに助け船を出すためか、五ツ葉先輩が後ろから大西さんの肩をつかみ、肩から顔を覗かせる。
「仁は、女子に『可愛い』と言われて嬉しいでござるか?」
五ツ葉先輩の質問に、ちょっと考えてみる。
天ヶ瀬に、雅に、ちょっと違うかも知れないが真雪に、『可愛い』と言われるところを想像する。
ダメだ。真雪に『可愛い』と言われてるところが想像できない。
「……複雑です」
天ヶ瀬や雅にそう言われることを仮定して、俺は多分そう思う。
「でござろう? そういうことでござるよ」
「すいませんでした」
素直に頭を下げる。
相手は素直に褒めていると分かっていても、受け取る側として、素直に喜ぶことはできないこともあるのか。
「……それでも」
「ん?」
「先輩は、格好いいと思います。そんな女子がいても良いんじゃないですかね」
「――!?」
俺の言葉に、五ツ葉先輩は扉に振り向く。
複雑だと感じることがあっても、はっきりと伝えておく。
「出口でこうしていても意味がなかろう! さぁ行くぞ二人とも!」
何故五ツ葉先輩の言葉に死地に向かうかのような決意のようなものが垣間見えるのか。
先に屋上に出てしまった五ツ葉先輩を目で追いつつ、首を傾げる。
「……はぁ」
今度は俺を見ていた大西さんが首を傾げた。
「そういう仁君も結構な男子力な気がします……」
「えー……」
俺なんか先輩に遠く及ばないだろうに。
とは思ったのだが、いつまでも先輩を外に待たせる理由もないだろう。
五ツ葉先輩に続き、屋上に出る。
ごうっと右から吹いてきた風に釣られ、右を見る。
「おぉー……」
そこからの景色を見て、ここに入学して、屋上に出られることは知っていたが、始めて屋上に来たのだと気づく。
「仁君?」
後ろから大西さんの声がして、はっと我に返る。
これは、なかなか良い気分転換になりそうだ。
「ごめん、すぐ退く」
屋上へと踏みだし、道を空ける。
すると大西さんも屋上に出てくる。
「わぁ……」
つい数秒前の俺と同じような反応の大西さんを見て、自分もそうだったのかと少し気恥ずかしくなる。
学校が高台にある関係で、屋上からの景色は、俺たちの住む町が一望できるほど広大なものだった。
学校の前の長い坂から、商店街が続き、その先の住宅街の向こう、海浜公園から水平線までがこの場所から眺められる。
「お~い二人とも、そこよりも、ここから眺めるでござるよ~」
いつの間にか屋上への出口の屋根の上に昇っていた五ツ葉先輩が手を振って俺たちを呼んでいた。
俺、大西さんの順番に、五ツ葉先輩のいる屋根の上に昇る。
「「おぉー……!」」
今度は大西さんと二人、感嘆の声を上げる。
さっきの景色は、落下防止のフェンスがあったため、網目の向こうに景色が広がっていたのだが、少し上がっただけだと言うのに、フェンスが無くなってしまった。
「むふふ……拙者以外、ここにほぼ誰も来ないのが不思議なくらいだったのでござるが、やはり拙者の見立ては間違いでは無かったか」
誇らしげに胸を張る五ツ葉先輩は、嬉しそうに頷いていた。
「まぁ、本来ならばこっちの避雷針の上が一番の景色なのでござるが……」
やっぱ忍者なんだなぁと感心する。
結構頻繁に風が吹くこの屋上で、避雷針の上で立つとか、並のバランス感覚ではない。
「避雷針の上って安全なんですか……?」
「忍者でござるからな。よい子は真似しちゃダメでござるぞ」
「それ悪い子も真似できないですよ……」
そもそも避雷針って、人が乗れるほどの耐久力があるのだろうか。
…………忍者って凄いな。
「あまり高いところで風に当たっていると、体を冷やしてしまう。これでも飲むと良いでござるよ」
五ツ葉先輩から缶コーヒーを渡される。
「あ、ありがとうございます。いただきます」
大西さんは受け取った缶コーヒーを開けて、ちょっとずつ飲み出す。
まだ自動販売機から出したばかりのように温かいそれを口にする前に、一つの疑問が頭をよぎる。
「……どこから出したんですか」
先輩は授業が終わってからまっすぐ俺たちと屋上に来た。
一体いつ、このコーヒーを買って来たのだろう。
「ニンニン♪」
忍者ってスゲェな!(二度目)
五ツ葉先輩は片方の人差し指を握ってもう一方の人差し指を立てる、いかにもな手でテンプレな台詞を言い、「はっはっは」と笑った。
「どやぁ、でござる」
「これはどや顔してもいい手際のよさですね……」
俺たちの会話を聞いて、改めて疑問に思ったのか、大西さんがコーヒーを見つめていた。
色々ハイスペックな先輩の頼もしいこと頼もしいこと。
「ヒナ殿」
「はい?」
「魔法に関しては、拙者はちんぷんかんぷんでござる」
「は、はい……」
話がいきなり真面目なものになり、緊張した様子で大西さんが返事をした。
「いやぁお恥ずかしい限りで申し訳ない。しかし、拙者には拙者の分かる範囲でヒナ殿に協力をさせてもらおう」
「あ、ありがとうございます……」
頭を下げる大西さんの肩を、五ツ葉先輩はぽんぽんと軽く叩いた。
「困ったことがあればいつでも言ってくれでござる」
五ツ葉先輩の言葉。はっきりとした自分の意思を伝える物。
大西さんは、少しの間、頭を下げたままだった。
「ヒナ殿?」
「あ、いえ、すいません」
「謝ることはないでござるが……」
大西さんは、頭を上げると、再び景色へ目を向けた。
それにつられてか、俺と五ツ葉先輩も風景を眺める。
「魔法というのが、どういうものかはよくわからぬが、ヒナ殿は、少し焦っているようにも見えるでござる」
「…………」
「返事をする必要はないでござるよ。まぁ、独り言だと思ってくれれば良いでござる」
ちらりと横を見ると、五ツ葉先輩も大西さんも正面を向いたままだ。
何となくではあったが、俺も正面に目を移す。
「急がば回れ、とも言うでござる。己の技術は、やはりリラックスした環境で、冷静な自分が大事だと、拙者は思うでござるよ」
「はい……ありがとう、ございます。私のために……」
「はっはっは。某もかっこつけでござるからな。自分でも中々困ってはいるのでござるが、こればっかりは直らぬ」
困ったと言いつつ、あまり困ってなさそうな先輩。
ぎこちなくではあるが、笑う大西さん。
「……コーヒー飲んだからって、あんまり風に当たりっぱなしってのも良くないだろ、そろそろ下りようぜ」
「そうでござるな」
「あ、はい」
三人で屋上から下りて、教室に戻ると、落ち着いた雅と真雪と天ヶ瀬が待っていたため、帰路についた。
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