価値観の相違

泣村健汰

価値観の相違

 僕の名前はくろです。11人の兄弟達と一緒に、いつもゆみちゃんの傍にいます。

 ゆみちゃんは僕達の事がお気に入りなので、おどうぐ箱の中からいつも僕達を取り出しては、画用紙に目一杯色んな絵を描いています。時には街の絵、時にはお花の絵、お父さんやお母さんやお友達の絵、女の子だけど怪獣の絵や、勿論お姫様の絵なんかも描きます。僕達には何だかわからない絵まで、本当に沢山描いていました。

「ねぇねぇ、今日は私、太陽になったのよ。赤く燃える太陽、素敵でしょ?」

 あかが誇らしげにみんなに話しています。

「僕だって、今日は君の周りの空で一杯使われたんだぞ」

 みずいろが、そんなあかに突っかかります。

「私も、今日はゆみちゃんが雲を描いてくれたから嬉しかった」

 いつもあまり活躍出来ないしろが、幸せそうに言っています。

 僕達は、自分達の身体が短くなればなるほど、それをゆみちゃんからの好意として受け取っていました。だからいつも、今日は僕はこれに使われた、私はこれに使われたなど、自分達が使われた絵の話をしていました。

 そして僕は、すべての枠線に僕が使われるので、ゆみちゃんの温もりを感じない日は無いと言う幸せものでした。

「よかったわねしろ。まぁ、どれだけ使われなくても、ももいろよりはましでしょうよ?」

 今日は出番が無かった為に少し不機嫌なきみどりが、しろに向かって言いました。それを聞いてももいろが、悲しそうに溜め息を吐きました。

 ゆみちゃんは、何故かももいろだけは一度も使いませんでした。それは僕達の目から見て、ゆみちゃんがももいろの事を嫌いなんだと思わざるをえませんでした。

 お花の絵でも、お洋服の絵でも、ももいろはいつも使われません。それは、僕達にとってとてもとても寂しい事でした。

「ゆみちゃんはきっと私の事が嫌いなんだわ。女の子なのに私が嫌いだなんて、おかしいわよね」

 そう話すももいろは、いつも寂しそうです。でも、どれだけそんな事を言っても、ゆみちゃんには聞こえないし、ももいろの頭は尖ったままです。その真新しい頭が、悲しくて堪らない。ももいろはそう呟きます。


 ある日、いつものようにゆみちゃんが絵を描いている時でした。同じ教室のしょうた君と言う子が、ゆみちゃんの近くに来ました。

「ねぇゆみちゃん、何描いてるの?」

 しょうた君は素直な子なのですが、ちょっとだけ乱暴な所がありました。だからゆみちゃんは、普段からしょうた君が苦手でした。

「今はお花の絵を描いてるの」

「へぇ、僕も描く」

 そう言うと、しょうた君は勝手にゆみちゃんのあおを手に取ると、力強く画用紙に押し付けました。絵を描いていると言うより、紙を破こうとしているようなその行為で、あおはみるみるボロボロになっていきます。

「しょうた君ダメ!」

 そう言いながら、ゆみちゃんはあおを取り返しました。

 しょうた君の紙には、あおで描いた花なのか動物なのかわからないものが浮かんでいました。あおを見ると、可哀想に少し欠けてしまっていました。

「ちぇ、じゃあ今度これ貸して」

 そう言ってしょうた君は再び、一本の兄弟を手に取りました。

 それは、ももいろでした。

 僕は何も出来ずにただももいろを見ている事しか出来ません。でも、ももいろは何だか安心したような顔をしています。

 今までゆみちゃんに必要とされずに、悲しみにくれていたももいろ。だったら、ゆみちゃん以外の人の手にかかっても、自分が必要とされるなら構わない、そんな顔をしていました。

 ところが、そんなももいろをゆみちゃんは、さっきよりも強い勢いで取り返しました。

 そして、しょうた君ダメ! と叫んだ後に、僕達をすぐに箱の中へしまいました。

「ピンクは一番大好きだから、使わないで大事に取ってあるの! だからダメ!」

 暗闇の中、ゆみちゃんのそう叫ぶ声が聞こえてきました。

 暗闇なので、兄弟達の表情はわかりませんでした。

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価値観の相違 泣村健汰 @nakimurarumikan

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