第4話 ブラコンの小動物


 体育館の裏。昼休みにもかかわらず、周囲には人の気配はなかった。

 いるのはたった二人だけ。


「あ、あのっ!」


 緊張で顔が引き攣った男子生徒が、声を裏返しながら勢いよく頭を下げた。


夏風なつかぜ星空よぞらさん! ぼ、僕と付き合ってください!」

「ごめんなさい」

「へぁっ!?」


 間髪入れずに断られて、男子生徒は間抜けな顔で硬直。頭を上げかけ、中途半端な体勢だ。

 星空は、追い打ちをかけるように告白を断る。


「ごめんなさい。あなたとはお付き合いするつもりはありません」

「な、何故かな? 好きな人がいるから、とか? できれば教えてください」

「何故って、それは――」


 ニッコリと微笑んで理由を述べる星空に、フラれたはずの男子はボーっと見惚れてしまっていた。



 ▼▼▼



「星空おつかれー。まーたフッて来たの? 大変だねー」


 ニヤニヤと揶揄ってきたのは白雲しらぐも真香まどかだ。親友が帰ってきたのでお弁当の包みを開く。


「大変と言えば大変だった……。時間が限られている貴重な昼休みに体育館裏に呼び出さないで欲しい。いちいち靴を履き替えないといけないんだよ! 遠い! 告白するなら私のことも考えて!」

「自分のことしか考えてない奴の告白にオーケーするわけないよねー。男子って本っ当に馬鹿」


 盗み聞きをしていたクラスの男子がビクリと震え、女子たちは、わかるわかる、と同意している。

 ようやくお弁当にありつけた星空だが、空腹による苛立ちが消えない。


「てか、体育館裏は小説やマンガで告白の定番スポットなのかもしれないけど、この学校はゴミ捨て場だから! 誰がゴミ捨て場前で告白されて喜ぶの!?」

「コラコラ星空さんや。男子の幻想をぶち壊すのは良くないですぞ」


 他人事でお弁当を食べる真香に星空はジト目になって訊いた。


「じゃあ、真香まどかはゴミ捨て場前で告白されて喜ぶの?」

「いや全然。全く。喜び皆無。告白された女の子は男子の頬を引っ叩いても許されると思う」

「でしょ?」


 盗み聞きしていた女子たちも、うんうん、と深々と頷き、男子たちは真っ青な顔で、告白するときは体育館裏ダメ絶対、と深く深く心に刻みつけた。


「ねぇねぇ? なんて言って断ったの? 今後の参考にしたい!」

「フツーにごめんなさいって。あと、好きな人がいるから付き合えないのかって訊いてきたから――」

「あぁーいるいる。そういう男子。アニメの観過ぎ! お前と付き合いたくねぇーから断ってんだよ! それくらい分かれ! 察しろ! その質問がチョーうざい!」

「真香さん真香さん。男子の幻想をぶっ壊すのは良くないですよ」

「じゃあ、星空は何とも思わなかったの?」

「しょーじき、イラッとしました」

「でしょ?」


 いつの間にか周囲に集まって隠れることなく堂々と盗み聞きをする女子たちが同意し、これ以上話を聞きたくない男子たちはそそくさと教室から逃げ出す。夢から醒めて残酷な現実を目の当たりにした、という泣きそうな表情だった。


「で、その相手にはなんて言い返してやったの?」


 真香の瞳はキラッキラ。周囲の女子たちも身を乗り出すほど興味津々だ。

 それに対して、星空はお弁当をモグモグしながら平然と、


「私とお付き合いをしたいのなら、義理の弟になってから出直してください、と言ってやったけど」

「「「 あぁー! 」」」


 聞いていた全員が納得の声をあげた。若干呆れも混ざっている。


「なにその『あぁー』は。どゆ意味?」

「いやぁー、星空は弟くんのことが大好きなんだなぁって。ブラコン!」

「元、弟だから。元!」

「で、今は彼氏と」

「彼氏でもなーい! 元家族ってだけ! それ以上でもそれ以下でもないの!」

「でも、弟くんを理由に断ったんでしょ? 彼に迷惑がかかりそうだけど……」

「それは大丈夫。本人に許可取ってるから。面倒だったら俺の名前を出して断れって」


 よくできた弟を持ったなぁ、今度何か奢ってあげよう、と星空が考えていると、周囲の女子たちは何やらコソコソと囁き合っていた。


『ねえ、それって……』

『うん、そうだよ』

『弟くんも星空ちゃんのこと好きだよね!?』

『絶対にそう!』

『俺の姉を取るなーってやつ!』

『『『 きゃー! 』』』

『弟くんは不器用だから自分から想いを伝えることはできないんだわ! だから、星空さんに回りくどく伝えると同時に外堀を埋める作戦!』

『星空ちゃんも満更ではなさそう! 弟くんの想いにあまり気付いていないみたいだけど』


 ならば、と女子たちは全員で目配せをし合う。


『私たちにできるのは、弟くんを応援し、星空ちゃんに自分の想いを自覚させ、二人をくっつけること!』

『高校三年間の間にはくっつけたい! だって、私たちがその瞬間を見たいから!』

『あくまでもさりげなく、陰からの支援だからね! 直接はダメ!』

『『『 了解! 』』』


 相思相愛の元姉弟の恋を応援する会が設立した瞬間である。

 なお、瀧斗は、告白されるたびに姉が相談してくるのがとても面倒で、一番効果的であろう内容を提案しただけである。内容も『面倒だったら俺の名前を出して断ればいい。その代わり、俺が面倒な告白をされたら星空の名前を出して断るから』というお互いに利益のある契約である。

 ブラコンというレッテルが貼られるが、告白を後腐れなく断れるようになって星空はラッキー、瀧斗は姉からの面倒な相談がなくなってラッキー、とお互いウィンウィン。それが現在も続いている。

 ちなみに、瀧斗は星空の名前を使って告白を断ったことはない。そもそも、告白をされたことが無いのである。


「星空は弟くんのことってどう思ってる? 好き……なの?」

「そりゃ好きだよ」


 臆面もなく言い切った星空に、女子一同は絶句した。

 あまりにあっさり述べられたため、黄色い歓声を上げることすら忘れていた。


「えっと、それはLOVEの好き? それともLIKE?」

「LOVEに決まってるじゃん! 皆も親兄弟姉妹のことはLIKEじゃなくてLOVEでしょ?」

「「「 あぁ……そっちか 」」」

「何故に落胆?」


 残念な子を見る目で女子たちはため息をつき、何故そんな目を向けられるのか理由がわからない星空は首をかしげた。


「じゃあさ、弟くんと同棲していた時はどーだったの?」

「んー? 普通だったよ。ありふれた姉弟でした」

「着替えを覗かれたり、お風呂やトイレに突撃されたりするエッチなハプニングは? 枕や服や下着をクンカクンカしているシーンに遭遇したことは!? 弟くんのエロ本を見つけたことはっ!?」


 ちょっと鼻息荒く問いかけた女子に他の女子は、アニメや小説じゃないんだから、と呆れ気味。しかし、星空は懐かしそうに頷き、


「全部あったねぇ」

「「「 えっ!? 全部あったの!? そこんところ詳しく! 」」」


 あまりの圧力に星空は逃げ出したい衝動に駆られたが、周囲は囲まれており逃げ場など皆無。


「えーっと、特に面白い話はないよ? 現実だと驚きすぎて思考停止するよねー。『きゃー』という可愛い悲鳴なんかあり得ない。『え? あ? え……ごめん。扉バタン!』って感じ」

「どうだった? どうだったのその後は! お互いに気まずくなって顔も合わせられず、でもチラチラと視線を交わし合って……きゃー!」

「いやいや! 『きゃー』じゃないし。気まずくなることはなかったかなぁー。『ごめんごめん』、『はぁ……ノックぐらいしてよ』ってやり取りで終わったよ」


 姉弟ってそんなもんだよ、と現実を語る星空に対し、周囲の女子たちは『生々しいところがリアルで逆にイイ! あぁ……とてもイイ! 妄想捗る!』と興奮しているのだが、星空は気付いていない。


「覗きの時、ガン見してた?」


 ニヤニヤ顔の真香が問いかける。星空は同世代よりも発育の良い。同い年の瀧斗がガン見していてもおかしくはない。


「してたしてた。モロガン見だった。引き締まった良い体をしててさ、思わず『おぉ……!』と感嘆の声を漏らしちゃったよね。密着したときにコッソリ触って……おっと。これは秘密ね!」


 触ったの? 触ってきたの!? 弟くんも男の子だねぇ、と女子一同が生温かい視線になった時、


「いやー、素敵な筋肉でした。また今度コッソリ触っちゃおーっと!」


 その言葉により『んっ? あれ?』と女子たちの思考が一旦停止する。

 星空は筋肉質なのだろうか? いや違う。確認のため触ってみるが、十代女子の柔肌だ。決して筋肉質ではない。

 では、どういうことなのか。

 コッソリ触る発言やワキワキと動かす彼女の指から推測するに――


「星空……触りたいのは弟くんの筋肉でオーケー?」

「そうだよ? 服の上からわからないけど、瀧斗って細マッチョなの! フライドチキンを連想させる美味しそうなプリップリのお肉です」

「お、美味しそう……? じゃあさ、着替えを覗いたのは弟くん、なんだよね……?」


 そこ重要、と固唾を飲んで待つ女子一同に、星空は笑いながら首を横に振る。


「違う違う! 着替えをしていたのが瀧斗で、覗いたのは私。お風呂もトイレも覗いたのは全部私なの! 弟の覗きが習慣みたいになってたよねぇ。全部偶然なのに。でも、不思議と逆はなかったなぁ」

「ま、枕や服や下着のクンカクンカは……?」

「えへへ。それも私です。いつもいい匂いがするから理由はなんだろうなって探ってたらちょうどいいタイミングで帰ってくるんだもん。あの瀧斗の呆れ顔は忘れられないよぉ。結局、同じ柔軟剤を使っているから、自分の服もいい匂いだという結論に至りました」


 恥ずかしかったなぁ、と過去を回想する星空に、女子たちは残念な子を見る目を向けていた。

 勉強が出来て美人な星空がこんなに残念だったとは……むしろアリ! 可愛い!

 女子の中では何故か好感度が爆上がりしていた。

 小動物を愛でるように彼女の頭をナデナデ。


「エロ本は!? 弟くんのエロ本は!?」

「私も興味が湧いてね、瀧斗に『お姉ちゃんはエロ本を探しまーす!』と堂々と宣言して探し始めたよね」

「堂々と宣言したんかい! で、弟くんの反応は?」

「無言だったね。なんか可哀想な子を見る目だった気がするけど、その時の私は弟のエロ本に興味津々だったから気にしませんでした。そして、あっさりと本棚に並べられていたエロ本を見つけてしまったのです!」


 おぉ、と女子たちは盛り上がる。


「まあ、エロ本というよりもエチチなライトノベルだったけどね。エチエチな表紙を確認し、中身をパラパラと検閲して、想像以上に過激な内容だと理解した私はパタンと閉じて――弟のベッドを占領して熟読しました」

「熟読したんかい!」

「私の3日間を返して!」

「3日も熟読したの!? もしかして……」

「いえ~す、おふこ~す! シリーズ全15巻、読破しましたぜ!」

「15巻!? ……ご感想は?」

「ヒロインのサキュバスちゃんがえっちぃくて可愛かったです」


 よしよし、と頭を撫でられる星空。訳が分からないけれど、気持ちいいので素直に撫でられておく。

 今まで美人で頭のいい星空は近づき難い存在だった。しかし、彼女を知れば知るほど、残念さが目立つ。

 高嶺の花だった存在は、今、愛でる小動物としての地位を確立していた。


「弟くん、何も言わなかったの?」

「全然! ベッドを占領する私をペイっと押しのけて、隣でぐーすか寝てたけど。で、気づいたら抱き枕になってた」


 きゃー、と盛り上がった女子たち。ふと、今までの残念な話の内容を思い出す。


「一応訊くけど、抱き枕になったのは星空だよね?」

「ううん。瀧斗が私の抱き枕」

「「「 で、ですよねー! 」」」

「膝蹴りしちゃってごめんなさい! 耳をハムハムペロペロしちゃってごめんなさい! 寝ぼけていたんですぅー! 男性の朝の生理現象を見逃すことで全部チャラにおねしゃす!」

「それは弟くんに言ってやりなよ……」

「私たちに言うことではない……」


 それもそっか、とケラケラ笑う星空を女子たちは撫でまわす。


「で? どうだった? 私たち、フツーの姉弟だったでしょ?」


 一瞬黙り込んだ女子一同。そして、彼女たちは一斉に叫んだ。


「「「 いや、それはない。予想以上にブラコンだった! 」」」

「フツーの姉弟だってばぁ~!」

「普通の姉弟なら覗かれたら喧嘩になるから!」

「弟のベッドを占領とかあり得ないし!」

「ましてや一緒に寝るなんてファンタジーの世界!」


 兄弟姉妹がいるクラスメイト達が異常な常識を持つ星空の言葉を即座に訂正。無い無い、絶対にありえない、と割と本気マジの顔。


「またまたぁ~! 冗談はよくないって」

「「「 いやいや! 冗談じゃないから! これが普通だから! アンタが異常だから! 」」」

「え? でも、瀧斗も『姉弟なら普通こんなもんだろ』って……」

「「「 弟くんおまえ星空こいつ異常者同類かっ!? 」」」


 え、何この総ツッコミ、とぜぇはぁ息を荒げるほど全力でツッコミを入れた女子たちを見て、星空は目を真ん丸にした。全くわけがわからない。


「この姉弟に常識を教えてあげないと……誰かぁー!」

「でも、もう元だから意味ないんじゃない?」

「それに、教えないほうが私たち的に美味しい展開になるかもだし」

「このまま何も知らず無意識にイチャラブして欲しい!」

「というわけで、この姉弟には今後も何も教えない方向でオーケー?」

「「「 オーケー! 」」」


 相思相愛の元姉弟の恋を応援する会の創設メンバーたちは目配せをし合って一致団結。会の方向性が決定した。

 その後、彼女たちは『この選択は英断だった』と元姉弟のイチャラブの尊さに涙を流しながら過去の自分たちを褒め称えることになるのだが、それは先の未来のお話。


「ねぇ真香? 一体何の話をしているの?」

「星空は気にしなくていいの。お願いだから星空と弟くんはそのままでいて」

「うん! わかった!」

「「「 くっ! この子、素直かよ! ちくしょう! 可愛すぎる! 」」」


 お菓子食べる? とクラスメイト達は緩みきった笑顔で、可愛らしい残念な小動物の餌付けを開始。お昼休みが終わるまで彼女の全身を撫でまわし、お菓子をポリポリ食べる姿や笑顔に癒され続けるのだった。












 一方その頃、隣のクラスでは……


「アチュー! ズピッ。おかしい。さっきからくしゃみが止まらない」

「……秋月、お前なんでくしゃみが欧米風なんだ?」

「さあ? アチュー! ズピッ。昔からこうなんだ。風邪ひいたかなぁ?」

「確かこういう時は……ブレスユー。お大事に」

「それはどーも。アチュー! ズビビッ!」

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俺と私は元家族 ブリル・バーナード @Crohn

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