ハーレムの予感
その日はTGOにログインしなかった。
電話から聞こえるて来るのは、結菜の泣き声ばかりで、何を言っているのか良く分からない。
まともに喋れない結菜に、流生がGPS情報をスマホに送るように言った。
直ぐにタクシーに乗り込み、結菜のもとに向かった。
マップ上の結菜の現在地を現すピンは、大きな病院に立っていた。
結菜がいた場所は、救急救命センターだった。
病院の職員に付き添われて泣き崩れる結菜の姿が目に入った。
母親が交通事故に遭い、救急搬送されたのだ。
結菜が駆け付けた時には、母親は既に亡くなっていた。
流生は黙って、泣き崩れる結菜を抱きしめた。
錯乱状態の結菜が、流生を振り解こうと暴れた。
「結菜、流生だよ」
優しい声で流生が結菜の耳元で囁いた。
結菜も自分を抱きしめているのが誰か、分かったようだ。
一転して流生にしがみ付き、大きな声をあげて泣き始めた。
余りの現実感の無さに、私は呆然とした。
交通事故による死者数は、今では年間一桁だ。
1970年が史上最悪で、その数は1万7千人弱。
現在の自動車は、殆どが自動運転である。
当然AIも搭載しており、違法改造しなければ速度超過も信号無視も出来ない。
この違反防止システムは、認可を巡って自動車メーカーと監督省庁の間で激しい攻防があり、実用に漕ぎ着ける迄に長い年月を要した。
交通違反の反則金は、国庫の財源として予算に組み込まれている。
違反者がいなければ、計上した金額を回収出来なくなる。
交通事故の原因の上位も速度超過、反則金のドル箱も速度超過である。
年間数千人の交通事故の犠牲者の命と、貴重な財源。
この2つを天秤にかけた時、政治家や官僚がどちらを取るかは、言わなくても分かるだろう。
それと引き換えのように、事故回避システムの開発が急がれた。
結果として、現在の自動車は、殆どの事故を回避する機能が備わっている。
交通事故の現場など、ワイドショーくらいでしか見た事がない人が殆どだ。
しかし、事故が減れば減ったで、他の問題も発生した。
自動車保険の加入者が激減してしまったのだ。
今度は保険会社と金融関連の省庁が、裏で動き始めた。
事故回避システムの認可取消しを求め、各方面の企業や政治家に圧力をかけた。
これに関しては自賠責保険を廃止し、今まで『任意』だった保険を『義務』とする事で手打ちとなった。
但し、事故の発生率が極端に下がった為、保険料は年間で数千円まで下がった。
この辺の話は、全て流生の受け売りだ。
流生が何を言いたかったかというと、賠償金や慰謝料を取り逸れる事はなく、結菜が経済的に生活に困ったり、学校に通えなくなる心配はしなくて良いという事だった。
流生なら相手が保険に入っていなくても、身ぐるみを剥いででも賠償金を取り立てそうな気もするが。
そして期待に違わず、流生の動きは早かった。
結菜の母親が事故に遭ったと聞くと、直ぐに弁護士を呼び出した。
流生が弁護士を呼んだ理由は2つあった。
1つ目は、示談の交渉だ。
保険会社との交渉は、結菜には荷が重い。
ましてや、そんな事が出来る精神状態でもない。
2つ目は、結菜の家庭環境だ。
事実上、結菜は母親と2人暮らしだ。
時々父親(母親の内縁の夫)が家に来るという家庭環境だった。
しかも、結菜は父親に認知されていない。
こういったケースでは、父親と結菜のどちらが遺産や保険金を受け取るかで、裁判や調停になる事が多い。
結菜は実子として、遺産や保険金を受け取る権利がある。
父親も内縁関係の夫として、受け取る権利がある。
但し内縁関係の場合、その関係がどの程度継続されているかで、受け取る割合が決まる。
結菜の父親の場合、ここ数年母親とは殆ど会ってない上、結菜の養育費も払っていないと言う。
裁判になれば、1円も受け取れないだろう。
それでも何処で嗅ぎつけたのか、父親はノコノコと病院に現れた。
明らかに保険金が目当てである。
宝くじにでも当たった気でいたのであろう。
「弁護士を呼びましたので、お話があるなら弁護士を通して下さい」
父親が保険会社の社員や結菜に接触する事は、流生によって阻まれた。
父親は流生を恫喝し2人への接触を試みたが、流生は怯まなかった。
弁護士が到着すると、流生は父親が恫喝した音声付きの映像を弁護士に手渡した。
父親は、撮影されていた上、その映像が弁護士に渡った事を知ると、流生に罵声を浴びせ引き上げていった。
「良い仕事だ、流生。良くやった」
流生の事を良く知る
この弁護士は、流生がスポンサーと契約する際の代理人も務めているらしい。
私と流生は、結菜を自宅に連れて帰る事にした。
結菜を一人にしておく事など出来る筈もなかった。
帰りのタクシーの中でも結菜は泣き続けていた。
流生はずっと、結菜の手を握っていた。
自宅に連れて帰って来てからも、結菜は暫く泣いていた。
ソファに座らせた結菜の肩を流生がずっと抱き続けた。
その甲斐あってか、ほんの少しだが、結菜は落ち着きを取り戻した。
その頃には夜も更けていた。
「リンちゃん、ごめんね。ルイちゃんにいっぱい甘えちゃった。もう大丈夫だから、私帰るね」
「何言ってるの?!一人に出来る訳ないでしょ?!」
「でも、…」
「結菜、今夜は泊まりなよ。ううん、暫くここにいなよ。良いよね、流生?」
「勿論だ」
「……」
「今日はホームで寝る時みたいに3人で寝よう」
「リンちゃん…」
無理をした訳でもなく、すんなりと言葉が出た。
結菜が泊まる事が決まると、流生がキッチンから夕飯の残りを温めて持って来た。
「こんな物しか無くて悪いな。少しでも何か食べた方が良い」
「ううん、ルイちゃんの料理大好きだから嬉しい」
結菜が食事に手を付けるのを見届けると、流生はソファから立ち上がった。
「食べてる間に風呂の用意をして来る。凛、結菜に着替えを貸してやってくれ」
「流生が貸してあげなよ。結菜は流生のシャツが大好きだもんね?」
「…私が好きなのは、シャツじゃなくてルイちゃんなんだけど」
結菜が少しだけ笑顔を見せた。
少し気が紛れて来たかな?
「じゃあ、2人で流生のTシャツを着て寝ようか?」
「良いの?」
「良いよ。だけど替えの下着どうしようか?私のじゃサイズ合わないし」
「…急いで洗濯する?」
下着の問題は、流生の一言で解決した。
「美玖さんのなら、サイズが合うんじゃないか?」
「「あっ!」」
先生が直ぐそこにいたんだ。
あの人なら、常に新品の下着を幾つかストックしてそうだ。
「学校も何日か休む事になるだろうし、呼んで話しておいた方が良いだろう」
流生は先生に電話すると、エレベーターでロビーに降りて行った。
専用エレベーターは、普段は便利でセキュリティもしっかりしているんだけど、こういう時には面倒だ。
5分も掛からず、流生が先生を連れて来た。
先生の顔には沈痛な表情が浮かんでいた。
「結菜さん、なんて言って良いか分からないわ。ごめんなさい」
先生はそう言って、ランジェリーショップの袋を結菜に手渡した。
袋の中は新品の下着だろう。
「そんな…、先生が謝る事なんて無いですよ」
先生は結菜を抱きしめた後、流生と話し始めた。
結菜の欠席については、先生から学校に伝えてくれる。
1週間は休む事になる。
「ルイ君がいれば、そのくらい休んでも勉強が遅れる心配はないわね」
「結菜はそれどころじゃ無いでしょうけど、折角今回のテストも頑張ったのに、俺がそんな事にはしませんよ」
「ルイちゃん…」
本当に流生は頼りになる。
「結菜が登校出来るようになるまでは、俺も学校を休む。結菜一人じゃ負担が大き過ぎるし、一人にはしておけない」
流生なら当然そう言うだろうと思った。
「ダメだよ、ルイちゃん。転校したばかりなのに、私の為に何日も学校を休むなんて」
「結菜、ここは流生に甘えておきなよ。1週間やそこいら休んだくらいで、流生がどうこうなる訳ないでしょ」
「そ、それは分かってるんだけど…」
結局、流生も学校を休む事になった。
話は決まったが、先生が帰る気配がない。
「美玖さん、送っていきましょうか?」
「あ、あの、ルイ君に送って貰えるのは嬉しいんだけど、そうじゃなくて…」
「まさか、先生も泊まりたいんですか?」
「そ、そこまで空気読めなくないわよ。出来れば、2人と一緒にお風呂に入りたいなぁ、なんて…」
先生なりに結菜を励まそうとしているようだ。
確かに大勢の方が、結菜も気が紛れるだろう。
「流生、良いかな?」
「ここの風呂なら、3人でも狭くないだろう。凛と結菜が良いなら、俺は構わないよ」
「じゃあ、3人で入りましょう。結菜も良いよね?」
「うん」
………
………
………
「結菜さんの胸、私が高校1年生の時より大きいんじゃないかしら。しかも、形も色も物凄く綺麗ね」
「そんな事…、この1年、殆ど育ってないんですよ。多分、成長止まってます。先生だって、凄く綺麗ですよ」
「有難う。私も17歳の時から、カップは変わってないわ。ルイ君が大きい方が好きなら、もっと大きくなりたいけど、私はこれでも邪魔なくらいよ。肩も凝るし」
「そうですよね。ルイちゃんの好みが一番大事ですよね」
忘れてた。
私はこの2人と一緒にお風呂に入った事を後悔した。
何なの、あの凶器?!
「リンちゃん、相変わらず凄く綺麗ね」
そんな私の気持ちを察してか、結菜が私に話を振った。
「本当に、女の私が見ても惚れ惚れするわ」
先生も私を持ち上げる。
「わ、私なんて、2人に比べたら胸も小さいし…」
「何言ってるの、リンちゃん?!そんな綺麗な肌とプロポーションして。他の娘に聞かれたら、殴られるよ。最近、胸も大きくなってるでしょ?」
えっ!気付いてたの?
流生も大きくなったって言ってたけど、慰めかと思ってた。
引越しの時、下着を買い足そうと思って測って貰ったら、本当にCカップになっていた。
それでも、この2人の前では言い辛い。
「う、うん。Cカップになった」
「ねぇ凛さん、知ってるかしら?日本人女性に理想の胸のサイズを聞くと、Cって答える人が一番多いのよ。小さ過ぎず大き過ぎず、日本人の体形には最もバランスが良いらしいの。形が崩れ難いって理由もあるらしいけど」
「本当ですか?」
「ええ、本当よ」
私が持ち直すと、3人でお風呂から上がった。
「随分、長湯しちゃったわね。ルイ君、怒ってないかしら」
「流生は、そんな事で怒るような子じゃないですよ」
「ルイちゃんは、本当に優しいもんね」
思った通り、流生にはイラついた様子もなかった。
私達が髪を乾かしたりしている間に、サッとお風呂に入り先生を送って行った。
「同じマンション内なんだから大丈夫よ。本当にルイ君は過保護ね」
そう言いながらも、先生は凄く嬉しそうだった。
流生が戻って来ると、3人で寝室に入った。
ベッドは、市販品で最も大きなサイズだ。
こんなバカみたいなサイズのベッドを置ける部屋なんて、
市販品という事は、それなりに需要があるのだろう。
「本当に良いの?」
結菜が申し訳なさそうに聞いて来た。
「まだ言ってるの?私も流生も、今の結菜を一人になんて出来ないよ」
「…有難う、リンちゃん」
そう言って、結菜はベッドの端に身体を横たえた。
「結菜、そんな端にいないで、真ん中においで」
「…でも」
「良いから、今夜は私と流生の間で寝なよ」
「……」
結菜をベッドの真ん中に寝かせ、私と流生が両脇に寝た。
結菜がそんなに簡単に寝付けるとも思っていなかったが、私達も結菜が心配で寝付けない。
「…ぅう、う、ぅう、グズ、うぅ、グズ、ヒク、うぅ、」
暫くすると、結菜の啜り泣く声が聞こえて来た。
流生と2人で、両脇から結菜を抱きしめた。
「ぅう、ご、ごめんね、うぅ、2人とも、ヒグ、」
「「……」」
無理もない。
まだ事故から何時間も経っていないのだ。
今まで気丈に振る舞っていただけでも、相当無理をしていたのだろう。
何とか結菜を元気付けられないだろうか?
いくら考えても、思いつく方法は一つだけだ。
結菜への特効薬など、最初から分かっている。
遅かれ早かれ、こうなる気はしていた。
後は私の決断だけだ。
私は結菜の涙を指で拭いながら、顔を覗き込んだ。
「ヒグ、リンちゃん、グズ、どうしたの?」
「結菜、少しの間だけ、お母さんの事を忘れさせてあげる」
「えっ?!」
結菜が驚きで目を丸くした。
こんな事で驚いてちゃ、次の言葉で心臓止まるよ。
私は、流生と結菜を纏めて抱きしめた。
「…流生、お願い。結菜を慰めてあげて」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あとがき
明日からR-18の展開が続きます。
数話を1話分に再編集してから、全年齢への投稿となります。
申し訳ありませんが、暫く更新をお休み致しますm(_ _)m
義姉とVRMMOで遊んでたら、女の子だらけのパーティーが出来た(旧題:リアル?バーチャル?今日はどっちでイチャつく?) @nolo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。義姉とVRMMOで遊んでたら、女の子だらけのパーティーが出来た(旧題:リアル?バーチャル?今日はどっちでイチャつく?)の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます