引越し

「ルイちゃん、これ何処に置く?」

「ああ、調理器具は適当にその辺に置いとけば、後で使い易いように片付ける」


キッチンの向こうから、流生と結菜の声が聞こえる。


「先生、何勝手にルイのフィギュア飾ってるんですか?」

「あ、あ、ダメだった?」


リビングでは、亜里沙と先生が何やら揉めている。

私と陽葵は、部屋の掃除をしていた。


私達は今、引越しの真っ最中だ。

VRバーチャルではなく、現実リアルでの話だ。


引越しが決まり、一番喜んだのは勿論私だ。

今日から流生と2人で暮らすなんて、夢みたいだ。


そしてもう1人、大はしゃぎした人がいる。

先生だ。

私と流生の新居は、先生と同じマンションのペントハウスだった。

引越し当日、同じマンションに住んでいる先生は勿論、結菜達も手伝いに来てくれた。


何でこうなったかと言うと、話は中間テスト最終日に遡る。



〜〜〜〜〜



最後の科目が終わると、私達4人は笑顔でハイタッチを交わした。

口に出さなくても分かる。

みんな納得の行く出来だったのだ。


帰りの電車の中で、流生からメッセージが届いた。


『いつもの店で待ってる』

『うん、もうすぐ着くよ』


ちょっとビックリした。

流生は通常授業で、まだ学校の筈だ。

ああ、待ち切れなかったのか?


ハデス戦以降、試験中はエッチ禁止にした。

毎日TGOのホームに集まって、勉強に明け暮れた。

流生も相当溜まっているのだろう。


学校が終わるまで我慢出来なくて、帰って来ちゃったのか?

しかも朝学校に行くまで一緒だったのに、駅に迎えに来るほど私に早く会いたいなんて。


(もう、本当に可愛いんだから♡)


私は電車の中で、かなり締まらない顔をしていたと思う。

正直に言うと、私も今日は流生が帰って来たら、甘えまくる気でいた。

電車を降りると、直ぐに流生にメッセージを送った。


『着いた〜、今電車降りた』

『もう改札にいるよ』


改札の向こうに、スマホを弄る流生がいた。

こうやって人の大勢いる所で見ると、やはり流生は目立つ。

通り過ぎる女子中高生がチラチラ見ているのは、気の所為ではないだろう。


「流生、お待たせぇ♪」


流生の腕に抱きついた瞬間、チラ見してた女の子達の表情が曇る。

すっっっごい優越感だ。

私って、ちょっと性格悪いかも。


そのまま、流生と腕を組んで家に帰った。

今から流生と…

そう思うと、身体がほてってきそうだ。

流生がドアを開けて、私を先に玄関に通してくれる。


「ありがとう」


こういう所は、本当に紳士だ。

玄関に入ると、ママと謙介さんの靴があった。


「えっ?!ママ達帰って来てるの?」

「ああ、今から大事な話がある」


平日の昼間に家族全員揃うなんて、そんなに大事な話なの?

お花畑になりかけていた頭が、急速に冷めて行く。

不安になった私に、流生が笑いかけてくれた。


「そんなに心配しなくて良いよ。親父達も俺も、凛の意思を尊重するから」


リビングのソファには、ママと謙介さんが並んで座っていた。

私と流生は、その向かいに並んで座った。

謙介さんは、何の前置きもなく本題を切り出して来た。


「流生には既に話しているんだが、私と麻里は近い内に日本を離れる」

「えっ?!」


意味が分からなかった。


「もう何年も前から、親父の事業の拠点はU.S.に移っていたんだ。今の時代、VRで大抵の事はできるから、俺が高校を卒業する迄は日本にいる予定だったんだけど、夏くらいから急に状況が変わって、向こうに行かなきゃならなくなった」


流生は知っていたんだ?


「状況が変わったって?何か謙介さんの仕事で、良くない事が起きてるの?」

「心配ない。親父の所は大丈夫だよ。まだ報道規制されてるけど、ビジネス用の大手VRサービス会社が、大規模なサイバー攻撃を受けたんだ。共産圏の国家規模でのクラッキングの可能性が濃厚だって言われている。色んな企業の情報が漏洩して、かなり混乱しているらしい。今のところ現地のスタッフに任せているけど、ビジネスユースのVRはかなり制限されている。親父も日本に居たんじゃ殆ど仕事にならない。出来るだけ早く向こうに行かなきゃならないんだ」


国家規模のサイバー攻撃とか、大事過ぎて話について行けない。

それより、今の生活はどうなっちゃうんだろう?


「私達はどうなるの?」

「凛次第よ」

「へっ?!」

「自分で決めなさいって言ってるのよ。流生君は日本に残るって言っているわ。そのつもりで、進学の準備も進めて来たしね」


ママに付いて行ったら、流生とは離れるって事?

そんなの無理。

答えなんて最初から一択よ。


「私は流生と一緒に残る」

「そう言うと思ったわ。流生君がいなければ、あなたを日本に残す選択肢はなかったんだけどね。流生君になら安心して任せられるわ」

「ママ…」

「私と謙介さんが家を空けていても、ちゃんとした生活を出来ていたのは流生君のお陰でしょ?中学生にしては、ちょっとエッチが過ぎると思ったけど…」

「「……」」


やっぱり、毎晩エッチしてたのバレてたんだ?!

流生も謙介さんも凄い気不味そうだ。


「あなた達が付き合う時に一度約束して貰ってるけど、凛と2人で日本に残るなら、一生凛の面倒を見て貰うって、流生君には改めて約束して貰ったわ」


そんな約束してくれたんだ?!


「流生、大好き!」


思わず流生に抱きついてしまった。


「この子は、親の前で堂々と…」

「あっ、ごめんなさい…」

「まあ、良いわ。これ以上、私から言う事はないわ。あなた達が夫婦関係になるのかは知らないけど、あなたの事はもう流生君に任せるから」

「ありがとう、ママ」


私とママの話が終わるのを待っていたように、謙介さんが口を開いた。


「この際だから、私と麻里は生活の拠点を向こうに移す。永住権も申請する予定だ。日本に残す不動産の管理は流生に任せるが、処分できる物は処分した。この家も既に買い手が付いているんだ。セキュリティ面も考慮して、流生と凛ちゃんにはマンションに引越して貰う事にした。名義も流生に移してある」


不動産の管理とか、自分の名義のマンションとか言われても、私には付いていけないよ。


「謙介さん、凛にはまだちょっと早いわ。その辺の事は、流生君に任せましょう」

「そうだな。流生には弁護士も付けているしな」

「流生君、凛の事はお願いね」

「はい、任せて下さい」


うわぁ、ママのプレッシャーも凄いけど、流生も負けてないよ。


「ふふふ、頼もしい返事ね」


ママが上機嫌に続ける。


「凛も我儘ばかり言って困らせちゃダメよ。ちゃんと流生君の言う事を聞くのよ」

「な、何で、私は子供扱いなのよ!」



話が終わった後、ママがコッソリ耳打ちしてきた。


(これが、ママの最後の援護射撃よ。流生君を逃しちゃダメよ)


頑張りなさいと言う意味だろう。

私にだけ見えるように小さくガッツポーズをした。


(…ママ、ありがとう)



その日の午後から、私と流生は引越しの準備を始めた。

私は家中の家具に付いているQRコードを読み込み、流生のPCに転送する。

流生が専用のソフトで間取りを確認しながら、私がデータを転送した家具の配置をシミュレートする。

こうして、持って行く家具と処分する家具を選別して行く。


LDKで使っているソファやテーブル等は、全部持って行くことになった。

問題は私と流生の部屋だ。


「寝室は一緒じゃなきゃイヤだよ」


黙々と作業をする流生の背中に抱きついた。

これは絶対に譲れない。

流生に念を押した。


「俺だって凛と一緒が良いよ。大きいベッドに買い替えようか?」

「買い替えるのは良いんだけど、私のは買ったばかりだよ」


私がこの家に引っ越して来たのは3ヶ月前だ。

家具も新しく揃えて貰った。

捨てるのは勿体ない。


「部屋は余るから、凛の部屋の家具は全部持って行こう。俺のは子供の頃から使っているから、運ぶ手間の方が勿体ない」


一通り作業が終わると、流生が自分と私のヘッドギアをPCに繋いだ。

私にヘッドギアを装着するように促す。

流生がVR機能をオンにすると、私達は新居の中にいた。


「うわ、こんな事も出来るんだ?!」

「どこの不動産屋でもやってるよ」


2人で部屋の中を見て回った。

ここで2人で暮らすのかと思うと、顔中の筋肉が緩む。


「どう、気に入った?」

「うん、凄く素敵」


荷造り等は翌日以降にして、その日の作業は終わりにした。

浮かれていた私達は、当たり前のように一緒にお風呂に入った。


「2人とも私達がいるの忘れてない?」


お風呂から出ると、ママに怒られた。

流石にこの日はエッチは出来なかった。



〜〜〜〜〜


そして迎えた週末。

引越しが決まって僅か3日後、私達は新居にいた。



「ルイ君、回線繋がってる?」

「大丈夫ですよ。スループットも十分です。VR機100台くらいじゃビクともしません」


この部屋のインターネット回線は、先生の部屋から引くことになった。

流生と先生がそのチェックをしている。

元々1000Tbpsテラビットの専用回線なんなんて、馬鹿げた回線を使っているのだから、分配した所で速度低下なんて起きる訳がない。


「しかし、凄い部屋だね」

「まあ、今までリンコ達の住んでた家も凄かったけどね」


亜里沙と陽葵が言う通り、この部屋を見た時(実物ではなくVRだったが)は私も驚いた。

流生と2人暮らしだと言うから、普通の2LDKくらいのマンションを想像していた。


しかし、謙介さんの持っていた物件の中で、桐高に徒歩で通えるこの部屋が私達の新居に選ばれた。

流生も近くの中学校に転校が決まった。

毎日、学校に送り迎えしてくれると言っている。


先生と同じマンションだという事も驚いたが、このマンションに一つしかないペントハウスだと知った時は、もっと驚いた。

エレベーターも専用だ。

これが流生の名義だなんて。


「学校から出る奨学金は、固定資産税に当てるか?」


登記簿などの書類を確認した流生は、そんな事を言っていた。

奨学金の使い方、間違ってるよ。



全部が片付いた訳ではないが、当面の生活が出来るようになった所で、作業を終わりにした。

夜にTGOで集まる事を約束し、みんなを見送った。



その夜、TGOにログインする直前、私のスマホに着信があった。

電話からは、泣きじゃくる結菜の声が聞こえた。

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