v.s.ハデス 後編

ハデス戦も佳境に入った。

ハデスのHPゲージも3段目に入り、こちらの戦力も俺達6人とゴエモンさん達2人だけだ。


残ったタンクはユナ1人だが、ハデスが常に凛にヘイトを向けている為、何とか凌げている。

しかし、俺達は火力不足に陥っていた。


厄介なのは、ハデスの炎だ。

まともに食らったら、2発は持たないだろう。

これを警戒して、俺達は思い切った攻撃に出れない。


ハデスが炎を放とうと槍を構えた瞬間に、俺の斬撃か後衛の風魔法でハデスの体勢を崩し、魔法をキャンセルさせている。

ついでに僅かばかりHPを削っている。


前衛の攻撃は、ノナとゴエモンさんだけだ。

DPSが圧倒的に足りない。

このままでは、後衛のMPが枯渇して、ジ・エンドだ。


それでも何とか、ハデスの3段目のHPゲージを半分まで削った。

ゲージの色が黄色に変わる。

その瞬間、ハデスが槍を天に向けた。

そして石突を地面に打ち付けた。


しまった!


完全に油断した。

HPゲージの色が変わった瞬間に攻撃パターンが変わる事など、珍しくも何ともない。


「下がれ!」


退避の指示を出したが、間に合う筈もなかった。

ハデスの半径3mくらいの範囲で地面から炎が吹き出した。

俺を含めた前衛4人が吹き飛ばされた。

一撃でHPゲージがレッドゾーンに突入する。


「エリアヒール!」


直ぐ様、凛が回復魔法を唱える。

アスクレピオスの杖を持つ、凛だけが使える範囲回復魔法だ。

俺達のHPが半分まで回復した。


「流生、もう大きい魔法は撃てない」


凛も今ので、大量のMPを消費してしまった。

寧ろ今まで温存していたMP管理の巧さに感心する。

しかし、次はない。

もう一発、魔法を撃たれたら終わりだ。


「ハデスに魔法を撃たせるな!」


前衛がハデスに接近戦を仕掛け、後衛が攻撃魔法を放つ。

最早バンザイアタックに近い。


万事休すか?!


そう思った時、ボス部屋の扉付近に1頭の馬が身を隠している事に気付いた。

アムダスから乗って来た馬だ。


やはりデメテルなのか?!


デメテルは、ハデスの妹か姉だった筈だ。

ゼウスの姉に当たる。


デメテルがゼウスにレイプされて出来た娘がペルセポネだ。

ペルセポネはハデスの姪に当たるが、嫁として冥府に攫われて来た。

ギリシャ神話では近親相姦は当たり前の話だ。


デメテルは、ペルセポネを返すようにゼウスに掛け合ったが、取り合って貰えなかった。

それでも諦めず、自ら取り戻す為に、地上に降りて来たと言われている。


地上に降りたデメテルは、今度は自分がポセイドン(これまたデメテルの弟)に見染められ、彼から逃れる為に牝馬に姿を変えた。

しかし、牡馬に姿を変えたポセイドンにられてしまう。


(ギリシャ神話って、インモラルだよな)


いや、そんな事を考えてる場合じゃない。


「デメテル、力を貸してくれ!」

『……』


加勢を頼んでみたが、返事はない。


「俺達ならハデスを倒せると思って、付いて来たんじゃないのか?」

『……』

「俺達はハデスを倒したいだけだ。ペルセポネに危害を加える気はない」

『……』


AIの説得なんて無理なのか?

これでダメなら諦めよう。


「ペルセポネを取り戻したくないのか?!」

『…か弱き人間よ、我が愛しき娘に仇なせば、わたくしがハデスに成り代わり、其方らを屠りますよ』


マジか?!

説得に応じた?


「約束する。貴女の娘に危害は加えない」

『良いでしょう。加護を与えます。我が愛し子いとしごとしてハデスと闘い、滅ぼしなさい』


光に包まれた1頭の牝馬が、女神に姿を変える。

神々しい光が俺達の身体に降り注ぐ。


クシナダの爪櫛を髪に刺した時と同じだ。

俺達に強力なバフが掛かった。


「ルイス、何だよコレ?」

「俺達もよく分かってません」


ゴエモンさんも不思議に思っただろうが、俺にもよく分からない。

分かっている事は、これでハデスと闘えるって事だ。

出し惜しみはしない。

最初から全開だ。


ハデスに向かって走り出すと、俺の世界から色が消えた。


(入った!)


いつの頃からか覚えてないが、俺はゾーンに入るとこうなる。

脳から不要な情報が、消えて行く。

ノナとゴエモンさんが、ハデスと交戦する音も聞こえなくなる。


スピードを上げるに連れ、視界が狭まる。

視野角は既に30°程しかない。


ハデスの槍を躱し、天叢雲剣で叩き斬る。

ハデスの動きも槍もスローに見える。


HPゲージがどれだけ残っているのかも分からない。

ひたすらハデスを斬り続ける。


どのくらい、刀を振り続けただろう?

3分か1分か、もしかしたら数十秒かも知れない。

ハデスの巨体が崩れ落ちた。


動きを止めると、視界が広がった。

世界に色が戻って来る。


「「「「「……った〜、やったぁ〜」」」」」


凛達の声が聞こえる。

音も戻って来た。

凛達5人が喜びを爆発させ、俺に抱きついて来る。


「久しぶりに見たよ。ルイス君のゾーン」


喜び合う俺達をアステリアさんが、ニコニコと見ている。


「いつの間にかハーレムになっちゃってるし。美玖まで、落としちゃうとはねぇ…」

「あ、彩花先輩、そ、その、落ちたって言うか、前から落ちてたって言うか…」

「あははは、そんな事をバカ正直に言わなくて良いのよ。それに後から入学して先に卒業しちゃって、先輩も後輩もないわ」

「……」


この2人、同じ大学だったのか?

その後も2人は何やら話し込んでいた。


気が付くと、デメテルの横にもう1柱の女神が立っていた。

ペルセポネか?

メチャクチャ綺麗だ。


「〜ってぇ!」

「なに鼻の下伸ばしてるの?!」

「ルイちゃん!」


見惚れていると、凛とユナに両側から尻を抓られた。

アバターに痛覚はない筈なんだが、何故痛く感じるのだろう?


『彼氏さん、痛かったですか?』


ウィンディが俺の心を読んだように現れた。


「ああ、ウィンディが痛覚設定を悪戯してるのか?」

『人聞きの悪い事を言わないで下さい。そういうイチャつき行為は、スキンシップとして認識されるんですよ。だから記憶に紐付いて、感触が再現されているんです』

「そういう事か?」


痛く感じる理由は分かった。

それにしても凛は分かるが、ユナにまで抓られる覚えはない。

いや、同じベッドで寝るのを拒否しない段階で、そんな事を言う資格はないか?


「相手はNPCだろう。そんなに怒る事ないだろう」


ギュ〜


今度は頬っぺたを引っ張られた。

やっぱり痛い。


「流生、帰ったら皆でお仕置きだからね」

「……」


皆でって、5人掛りで何する気だよ?


「そろそろ良いか?」


俺達が戯れついているのを黙って見ていた、ゴエモンさんが声をかけて来た。


「あ、すいません」

「別に謝る事でもないんだけどよ。ところで、お前らはレベル上がったか?俺とアステリアは2つ上がった。養殖させちまったみたいで悪いな」

「いえ、そんな事ないですよ。俺達も1つ上がってるみたいなんで」

「そうか?俺にも幾つかアイテムがドロップしてるけど、お前らはどうだ?」

「多分狙ってたのが、落ちましたね。ウインディ、これを鑑定してくれ」


ハデスの使っていた槍とタナトスが被っていた兜だ。


『は〜い。兜の方はレア度10のユニークアイテム「隠れ兜」です。効果は彼氏さんの知っている通りですけど、時間制限があります。消えていられる時間は3分だけです。効果が戻るのに24時間かかります』


そりゃそうか?

消えっぱなしじゃ、ある意味無敵だもんな。


『槍の方もユニークアイテムですね。レア度7の「バイデント」です』


ユニークアイテムが2つも落ちたのか?

今の所、この2つは隠しておこう。

生き残れなかった連中に何を言われるか分からないからな。


「ルイス、使う予定が無ければ、暫く隠しておけよ」


ゴエモンさんも同じ心配をしているようだ。


「分かってます。そろそろ行きましょうか」

「ああ、帰るか」


ボス部屋を出ようとした所で、デメテルに呼び止められた。


『我が愛し子よ、大儀でした。褒美を取らせます』


デメテルの横に1頭の馬が現れた。


『この者は「アリオン」。人間の言葉を理解する賢い馬です』


その子ってポセイドンと『お馬さんプレイ』をして、出来ちゃった子だよね?

確か右脚が人間の脚だった筈だが、そうじゃないみたいだ。


『アリオン、今後は我が愛し子に仕えなさい』

『御意』


俺達は馬を1頭、連れて帰る事になった。


あるじよ、我は戦場いくさばにも伴いたす。よしなに頼む』


戦闘も出来るのか?

後衛の機動力に使えるかも知れない。


「こちらこそ、よろしくな」



デメテルとペルセポネに別れを告げて、地上に戻った。

一緒に闘った連中は、既に何処かへ行ってしまったようだ。

県人会の陣も無くなっている。


マップを確認すると、ダンジョンを攻略した事により、新たな街とダンジョンが現れたようだ。

殆どのプレイヤーが、そちらに向かったのだろう。

俺達も行ってみたいが、それをやったらキリがない。



「さて、帰って勉強しよう」

「「「「うん!」」」」

「…その切替の早さ、本当に感心するわ」


アムダスのホームに帰ったら、テストが終わるまでは勉強に専念だ。

ゴエモンさんにテスト明けから復帰する旨を伝えて、ホームに帰った。

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