第2話 商船学校
今日は9月1日。前の世界では第二次世界大戦が始まった日であり、関東大震災が発生した日でもあった。そして、この世界でも新年度の始まりの日でもあった。
商船学校は特に制服が制定されていなかったのは意外だったが、リリアは軍人でもあったので白い剣士の軍服を着て登校する事にした。そうすれば軍務も楽だし。しかし、濃紺帯の軍帽は一波乱を呼ぶ事になった。
「げっ⁉秘密警察が学校に来ている」
「学校が秘密警察に目を付けられた」
「誰かが秘密警察に目を付けられている」
という流言飛語が沸き起こってしまったのだ。だが、それは校長の一言で解決する。
「あー。ちょっと噂話を聞きつけたので諸君に言っておく。王国の事情により、此度の入学者に秘密警察所属軍人が混じっているだけで、本校は査閲対象に入っていない旨、特別高等監察部長から通達をわざわざ受けている。諸君は安心して学業に励むように」
入学式での波乱は雑言と引き換えに取り敢えず収まった。本当に調査対象だったらわざわざ軍服では来ないとリリアは思った。
入学式後、クラス分けが行われ、リリアはクラウリーヌ ジョギース先生のクラスに入った。長身銀髪碧眼の若い巨乳美女教師だ。男子共の視線はすっかりジョギース先生に釘付けである。リリア以外の女子は不愉快に思うが、リリアはちょっと違和感を感じた。
(こんな感じの先生では無かった筈だけど……?)
「君達のクラス担任となったクラウリーヌ ジョギースよ。よろしくね。今日はガイダンスのみ。授業は明日から行います。所で、魔法を使える人は挙手して!」
リリアを含めクラス全員が挙手した。全員といっても20人強といった所だ。どちらかというと、女子の方が多い。
「オーケー。手を下ろして。では、屋内魔導練習場移動します。みんなついて来て」
自己紹介をする事も無くクラスメイト達は言われるままぞろぞろとジョギース先生の後について行く。リリアはさっきから違和感しか感じない。
「では、名前を呼んだ者から魔法を使って頂戴。因みに魔導障壁があるから安心してね」
クラスメイト達は順番に魔法を披露する。
「では、リリア フォン ロロリア」
「はい」
リリアは数歩前に歩み出ながらサーベルに手をかけて魔剣発動をさせて簡単な形を披露する事にした。
「黄白剣‼」
居合抜きをしたサーベルの刀身は黄白色に光る。その長さは鞘よりも長い。リリアは前方の敵、左右の敵という大日本帝国陸軍抜刀術を披露した。ビュッ‼ビュッ‼とサーベルが振り下ろされる度に風を切る音がする。
「以上です」
リリアはサーベルを鞘に収めて終了をジョギース先生に告げる。
「ちょっと待って。今のは、ただ魔剣を振っただけでしょ?普通に魔法は使えないのかしら?」
「魔剣以外は使った事も無いです」
「貴女、小刀を飛ばしたり、魔石の粒を捻り出したって聞いたわよ?」
「それと同じ事をしろっていう事?」
リリアは怪訝そうに聞き返す。
「そうなるわね」
「ふーん」
リリアはジョギース先生を見つめる。あの吸い込まれるような青い瞳では無かった。
「あんた誰?ジョギース先生じゃないね‼」
リリアはサーベルに手をかけて抜剣する態勢をとる。
「な、何言っているの?」
見破られたのか?新入生は今日が初めての筈…。自問自答しながら偽先生は慌てる。
(落ち着け私……‼)
偽先生はリリアの魔力を測ろうとする。
「しらばっくれても無駄だ‼」
リリアは居合抜きでサーベルを抜剣して偽先生に切りかかる。
「ヤバい、来るっ‼」
偽先生は間一髪分身影の術でリリアの刃から逃れる。が、それでも洋服は腹の部分が切れた。
(ひっ⁉まさか…審美眼?)
いやいや、そんな上級鑑定レアスキルですら使えば警告がなされる。偽先生は自問自答しながらリリアから視線を離さない。そんな筈は無い…!そう思い込みながら。しかし、リリアには見破られた。多分本物に会った事があるのだろう。私の変身術はどうやらここまでのようだ。しかし、偽者と見破られた以上、事後を考えなければならない…。とはいえ、少しでも動けばたちまち私はこの小娘に斬られてしまうだろう。一秒が何時間にも感じられる人生最大のピンチだ。
「ここで何をしている⁉」
屋内魔導演習場の扉が急に開いて男性の怒鳴り声がする。その隙に偽先生は隠遁煙霧の術を使ってこの場から脱出した。出来れば、この術は使いたくなかったが…。
「えっと、どなたかな?」
リリアは振り向いて不意に現れた男性に誰何した。
「あ、消えた⁉」
「うむ。そうじゃったが…」
リリアから状況説明を受けた校長は腕組を組んで思案する。屋内魔導演習場には王宮騎士団剣士隊が到着して現場検証が行われていた。特別高等監察部からも情報参謀や防諜参謀やらが派遣されていた。
「君が副官部のリリア君だね。ちょっと来てくれ」
リリアは情報高級主任参謀に呼ばれた。高級主任参謀は高級参謀を統べる立場の参謀であり権限はかなり強大である。それからリリアは何故か特別高等監察部では階級や苗字では無く名前で呼ばれる事が多かった。
「結論から言うと、ジョギース先生に扮していたのはコストリアのスパイだ。それも対処の難しい最上級魔導スパイ」
「そうですか。それで、本物のジョギース先生は無事なんでしょうか?」
「ああ。自宅で縛られていた所を発見、保護した」
「そうですか。ありがとうございます」
「ところで、相手の腹を切りつけたそうだね?」
「はい。かなりの手練れのようで服が切れただけだと思いますが」
「うむ。相手を確保できなかったのは残念だが活動断念に追い込んだのは立派な成果である」
情報高級主任参謀はリリアの行動に賛辞を贈った。
コストリア帝国の帝都ヴィーン。帝国情報省。
「やあ、サクヤ。お帰り」
「うっ。ただいま戻りました…」
偽先生もとい、黒髪美女スパイのサクヤは歯切れが悪い。それもその筈。任務失敗で強制帰還したのだ。
「では、任務報告を頼む」
上司はにこやかに命じた。サクヤは心臓が高鳴るのを抑えながら口頭で報告した。
「…ふむ。この時点での強制帰還は残念だが、よくやったと褒めてあげよう。その異世界人については同志が引き続き調査してくれるだろう」
「はぁ」
「でも、魔導模写には成功したのだろう?」
「はい。サーベルの方は無理ですが」
「それは分かっている。では、疲れている所悪いが場所を移そう」
「はい…」
しかし、これといった魔術は無く上司の顔はだんだん不機嫌なものへと変化していった。
その後、現場検証も終わり校長の指示により、この日の授業を打ち切って解散となったのでリリアはクラウリーヌの家があるアパートに向かう。リリアがアパートに着くと既に剣士隊の姿は無かった。リリアはドアをノックするとクラウリーヌがドアを開けてくれた。
「はーい?」
「リリアだよ」
「あら。リリア」
「様子見に来たんだ」
「どうぞ、お入りになって」
「失礼します」
クラウリーヌはリリアを招き入れた。
部屋の中はきちんと片付ていて特に荒らされた様子は無かった。
「縛られたって聞かされたけど?」
リビングで椅子に座ったリリアは訊ねる。
「ええ。猿轡までされてしまったわ」
クラウリーヌは少し恥ずかしそうに答える。
「でも、命取られなくてよかった……」
リリアはニコッと笑う。
「ええ。心配してくれてありがとう」
「思ったんだけど、うちの屋敷に住まない?また襲われでもしたら…」
「ありがとう。でも、もう大丈夫だと思うわ」
クラウリーヌは自信たっぷりに言う。
「でも…」
「大丈夫。明日は普通に出勤して授業をするわ」
自信たっぷりのクラウリーヌにリリアは不思議に思いながらもリリアは引き下がるしかなかった。
次の日。リリアは王宮への連絡任務をこなした後で商船学校に登校した。そして、クラウリーヌは予告通り普通にクラスに現れた。
「皆さん。昨日はごめんなさい。私が魔導クラスを受け持つ本物のクラウリーヌ ジョギースです。よろしくね」
生徒達からは暖かい拍手を受ける。クラスメイトは全部で25人。うち、女子が15人、男子が10人で全員が魔法を使える魔導クラスだ。
「では、自己紹介をして貰いましょうか。では、あなたから」
指名された女子生徒が起立する。
「マリア スレジア ドバロス。ドバロス公爵家と言えば分かるでしょう」
金髪ロングヘアに縦ロールの髪型は如何にもそんな感じがするが、晩さん会で少々面識があるとはいえ、何となく話し方からは明らかに上から目線の高飛車お嬢様感が凄く滲み出ている。あんなのが王家の血を引いているのかと思うとアレクサンドラ王女やヨゼフィーナが何となく王女に見えなくなってきてしまう。
「ありがとう。では、あなた」
「ソニア マドリュース。コンツェの小さな商家の出身です」
次は商人の娘か。おとなしい感じの三つ編み金髪碧眼美少女だ。商家なら飛空船に乗る要素はあるだろう。
「ルシア ユッケルス。大砲の事ならお任せください!」
金髪ロングのハキハキとした感じの女の子だ。苗字はどこかで聞いた事のある気がするが…。
「フローリア シュバルクです。よろしくお願いします」
確か昨日は途中でいなかったような…。それからシュバルク技師と同じ名字で銀髪銀色の瞳の持ち主だ。彼女もローリア人なのだろうか。
「マリレーナ ジェボンヌ。フードラス人。槍なら任せろっ!」
赤髪の元気な女の子が元気良く自己紹介をした。
「ツェツィーナ シュポレコフ。機械の事なら任せて」
金髪を編み込んで一つに纏め上げている女の子が挨拶した。
「ユリアナ メイトフ。船乗りになる為に来ました。よろしくお願いします」
白いリボンを付けた金髪ロングの女の子が礼儀正しく挨拶をした。
「エリアナ ストラス。鉄砲が得意です。よろしくお願いします」
銀髪銀色の瞳の三つ編みおさげの娘が礼儀正しく挨拶をした。何となく良家のお嬢様と言う感じだ。
「メイラ クトリュー。身体を動かす事が好きです。よろしくお願いします」
ポニーテールの金髪娘が普通に挨拶する。脳筋なのかそうでないのかはちょっと分かりにくい。その後も自己紹介が続き、リリアの順番は一番最後となった。
「リリア フォン ロロリア。新人剣士中尉。よろしく」
ちょっと軍人ぽく言ってみる。
「秘密警察だろう?」
男子が嫌味ぽっく言うが無視する。
「まあまあ。では、最初の授業を始めますね。簡単なテストをしまーす」
クラウリーヌは軽くたしなめて驚きの発言をする。
「えーっ⁉」
クラウリーヌの発言に25人の生徒達はどよめいた。
テストの次は校庭で走り込みをやらされる。しかし、走り込みは前の世界みたいに体操着などという気の利いたものは無く今着ている服装でするのだ。リリアは軍服だからいいだろうがマリアはドレスで大変そうだ。男子共は丈の短いスカートを履いた女子の後ろ姿に目を凝らす。
「よし、見えた!」
「やったー!」
「白だ」
スカートが捲れて女子のパンツが見えると男子共は喜んでいる。そういうのに身分は関係無いらしい。自分の時もそういう風に見られていたのだろうか。
「いやらしいわね。下賤共が…」
男子を睨みながら走り終わったマリアがリリアに話しかける。
「男ってそういう生き物なんだよ」
男から女にされたリリアはマリアを諭す。
「そういえば、貴女、元の世界では男性だったそうね?」
「よく知ってるね」
「宮廷…王室の事はすぐ情報が入りますの」
「でも、女性にされた事は非公表情報なんだけど?」
リリアが異世界人であるという事は公表されているが、女体化されたという事実は伏せられていた。王族でもヨゼフィーナはともかく国王陛下しか知らないし、他にはアルシュヴェタと宰相、養父だけだ。リリアはマリアをジーっと見つめる。
「ごめんなさい。魔導聴音でヨゼフィーナとアルシュヴェタの会話を立ち聞きしてしまったの」
マリアはバツが悪そうな顔をする。
「魔導聴音?昨日は違う事をしてたよね?」
「ああ。サイキュリアム。暗闇でも目が見える魔法よ」
「私は魔法を使わなくても暗闇でも見えるよ」
「そう……」
マリアは黙ってしまった。
「念の為言っておくけど、バラしたらギロチンだよぉ?」
「わ、分かっているわよっ。その位…」
マリアは頬をふくらませた。話が通じると言う事は、この世界にもギロチンは存在するらしい。
「所で女子って公爵令嬢から庶民の娘までいるけれど、男子ってみんな貴族か軍人、医者の家庭の人だけだね?」
リリアは話題を変える。
「そうね。商船学校はコース分けが細かくて普通に入ると私達とは全く別の課程となって校舎も郊外の校舎になるわ」
「ふーん。お金の問題だけではなさそうだね」
高額な学費には釣り合わない子もいるのは確かだ。
「商船学校の学費ってコースや家柄で全然違うのよ」
「えっ!そうなの?」
マリアによれば均一学費にすると奨学金制度をどんなに充実させても、例えどんなに優秀で素質があっても学校に通えない子が出るのは避けられないので、家柄で不揃いな学費制度にして人材を確保しているとの事だった。
「スロキナは人口が少ない小さな国だから仕方ないのよね」
マリアは割り切った言い方をした。
「……」
学費が全額国費負担であるリリアはちょっとバツが悪かった。まあ、その代償は何も知らずに命がけで先払いした訳だけど。
「私もお話に混ぜて欲しいなぁ」
ルシアが話しかけて来た。
「あら、ルシア」
「知り合い?」
「ユッケルス家は侯爵家よ。ところで貴女、幼年学校放校って本当なの?」
「本当よ」
ルシアはツーンと澄まして答える。
「でも、よくここに入れたわね?」
「そこはお金の力よ。入学金倍払いますって言ったら入れたわ」
ルシアは涼しい顔でさらりと言う。
「うげぇ」
さすがにマリアもドン引きしている。
「さすがに父さんにはめっちゃ怒られたけれど、アニキがとりなしてくれたし、おじいちゃんがポンとお金出してくれたからね」
ルシアは笑顔でVサインをして見せる。
「ブイじゃないでしょ?」
「えっへへへ」
ルシアは笑う。サバサバ系の性格のようだ。
「ところでリリア」
「なーに?」
「貴女、この前の演習で王宮騎士団をコテンパンにしたんですって?」
ルシアはリリアに話を振って話題を変える。
「えっ?何でそんな事も知ってるの?」
「えっ?何それ?初耳なんですけどっ⁉」
マリアは驚愕する。
「貴女、うちのアニキが感心してたわよ。とっても珍しんだけど?」
「お兄さんってどんな人?」
「王宮騎士団で参謀をしているわ」
「あ~あ。あの人か。名前は確か…」
「バルサーダ ユッケルス銃士大尉よ」
リリアはすぐに思い出した。演習中にも関わらず自分の戦術論をすぐに理解した人だった。
「思い出した。凄く頭のいい人だね」
「今度の休みにでも撃ちの屋敷に来てよ。アニキも会いたがっているし」
「ん~。今の所予定は無いけれど」
「じゃあ、決まりね」
「えーっ⁉ちょっと‼私も混ぜてよ‼」
「いいわよ」
ルシアはいたずらっぽく笑った。そんな様子をエリアナはジッと見ていた。
授業が終わり、リリアは夕方の軍務の為、厩舎に向かう。早速マリアから放課後のお茶に誘われたけれど、軍務ともろに被る為に断わざるを得なかった。リリア自身としては興味はあったけれど。
厩舎で預けている軍馬を連れ出し馬に跨る。馬を勧めようとした所で、木の陰に人の気配を感じた。
「何奴⁉」
リリアは鞍嚢に仕込んである短銃の柄を掴みつつ叫ぶ。すると、おずおずと木の陰から見た顔の銀髪の少女が現れた。
「ん、君は…ストラスさん?」
「エリアナとお呼びください」
エリアナはちょこんと頭を下げた。
「何か用?」
「スロキナの上流階級との交流はお控えください」
「何で?」
「リリア様の為です」
「じゃあ、屋敷で話そう」
「お屋敷はちょっと…」
「じゃあ、軍務が終わったらエリアナの家で」
「軍服は困ります」
「馬車に乗って現れて着飾った服装も困るだろう?」
「それは、そうですが…」
話を先回りされてエリアナは困った顔をする。
「一筆書くから、ジョギース先生に知らせて」
「先生をどうするのですか?」
「先生の家で話を聞くよ」
「そういう事なら…」
エリアナが承知したのでリリアは鞍嚢から便箋と魔法の羽ペンを取り出しジョギース先生に手紙をしたためる。それを小さく折り畳んでエリアナに手渡す。
「お預かりします」
そう言ってエリアナは立ち去った。
軍務が終わるとリリアはジョギース先生の家に向かう。養父には総本部に立ち寄ってこの事を伝えておいたのである程度遅くなっても大丈夫だろう。ジョギース先生の家に着くと、中でクラウリーヌとエリアナが待っていた。
「夕飯、食べるでしょう?」
「はい。いただきます」
「よろしい」
クラウリーヌはどこか嬉しそうにして台所に行った。リリアは軍帽を脱いで帽子掛けに掛けて椅子に座った。
「じゃあ、話を聞こうか」
「……」
エリアナは硬い表情だった。
「それでは、話を始めます」
エリアナは少し遠慮がちに話を切り出す。
「リリア様は、特別高等監察部が滅亡国家ローリア帝国の軍隊だと言う事をご存知でしょうか?」
「うん。指導役の軍人から簡単に聞いているよ」
リリアはローゼン大尉が話した先の事が聞けるのだろうと期待する。
「そうですか。それなら話が早い。ローリア帝国はコストリア帝国と敵対し滅ぼされました。そして、コストリアの次なる目標はスロキナをはじめとするスロミアの地です。これはハムージャ王国と合併し大コストリア帝国を打ち立て、かつての神聖ゲルドニア大帝国、いえ、かつての神聖ラーマ帝国を再現する事に他ならない。そこで、コストリアに対立するスロキナは先王の時代に我らローリアの敗残の民を受け入れてくれたのです。しかし、国家は人の為せるもの。コストリアと誼を通じている連中もいる。奴らは我らローリアが邪魔で仕方ない。そういう考えの連中は王宮や王室メンバーにもいる…」
「一筋縄ではいかぬのはどの時代も世界も関係なく同じだね」
「は、はぁ」
「早い話、ドバルス公爵家やユッケルス侯爵家に迷惑をかけるなと言いたいのかな?」
「……」
「言っておくけれど、私は異世界人で純粋なローリア人ではない。容貌が君達に似ている為ローリア帝国皇太子の養女となり、あくまで便宜的にローリア人として紋章局に登録しただけだし、既に国王陛下をはじめ私を召喚したヨゼフィーナ殿下など王族との交流もある。ここまで来て他の上流階級の人達と関わるなと言う方がはるかに短慮ではないか?誰かの指図だと言うのならそいつの名前を言え‼」
リリアは半ば感情をぶつけてまくし立てる。成り行きとはいえ自力で構築した人脈なのだ。もちろん、その人脈が吉と出るか凶と出るかは時の運だろう。そして、エリアナは自分の意思で行動している訳でも無い。エリアナはいつもと違うリリアのおっとりとした口調とは程遠い男性的な荒々しい口調に驚く。
「リリア様はそんな喋り方もされるのですね……」
「それはどうでも良い」
「ごめんなさい。父の指示で…」
「エリアナのお父さんて?」
「高等副官部監察官をしています」
「あ~あ。あの方か」
リリアはなんとなく堅物そうな大佐を思い出していた。監察官は憲兵と検事をミックスしたみたいな役目を持っている。
「で、どういう根拠でこうなったのかな?」
「そこまでは知らされておりません」
「ま、それは後々分かるだろうね」
「……」
「で、エリアナはどうして商船学校に入ったのかな?」
「飛空船乗りを目指すように父に言われてまして」
「エリアナって軍人?」
「いいえ。軍事教育は父に叩き込まれましたが」
「道理で忍者ぽい所があるなぁ」
「忍者とは…?」
忍者は知らないようだ。
「スパイみたいな職業だよ」
「……」
エリアナは絶句する。
「性格はともかく、動きは如何にも過ぎてすぐバレちゃうね」
「!」
「こりゃあ再教育だね」
「……」
エリアナはリリアに痛撃されて意気消沈してしまった。
「ご飯できたわよ」
クラウリーヌが台所から顔を出した。
リリアは屋敷に戻ると養父に事の次第を報告した。
「ハハハ。アイツらしい。恐らく独断でやったのだろう。そうでなければロネットが止めるからな」
「ご存知なのですか?」
「無論。アイツは父付きの近衛兵だったからな。ま、ロネットには私から伝えておこう…」
「まだ何か」
「…リリア。お前はローリア人に似た風貌が故、滅亡国家に付き合わされる事になってしまった。すまない」
養父はリリアに頭を下げて謝罪する。
「父上…」
「もう、私が皇太子だった事も知っているのであろう」
「はい」
「うむ。それは問題では無い。屋敷の使用人自体、ローリアの宮廷に仕える官吏やその子孫だったなのだからな」
今更ながら、道理でみんな銀髪銀色の瞳の人達だったのか。
「でも、ブサーク領の人達はローリアの人達では無いですよね?」
「そうだ。民族的にはモラン人とボェコ人でスロキナ人すらいない」
「そのような土地を領地として大丈夫なのですか?」
「それはロネットにも言われたが、今の私はスロキナの伯爵だ。それにこれはコストリアに対する楔でもあるんだ」
「くさび?」
「お前らには決して屈しないという意味だ」
養父はそう言ってリリアに微笑んだ。
「そうか」
サリバル大将はリリアの報告を聞いて呟いた。
「まだ諦めてはいなかったのは幸いだ」
国を滅ぼされても皇帝位を目指しているのかとリリアは内心思う。
「話はそれだけでは無いだろう?」
サリバル大将はリリアに質問する。リリアはエリアナの事を話した。
「うむ。で、リリア君はどうなんだ?」
「吉と出るか凶と出るかは時によります。何らかしかの思惑はあるでしょうけれど、向こうからやって来たのに追い返す理由が私にはありませんし、私には既に国王陛下をはじめとする王族の方々と人脈があります。閉鎖的な思考は想定外の選択肢が少なくる他、却って敵が増えかねません。それに、人間の行動心理は意外な程選り好みと言うか人間関係が左右しますから、その影響は時局にも及ぼします」
「リリア君がいた世界ではそういう事があったのか?」
「戦争だけでもたくさんありますよ。立場によりプラスマイナスは異なりますが」
「うむ…そういうのは世界を問わないようだな……」
サリバル大将は遠い目で口ひげを撫ででいる。何か思い当たる事があるのだろう。
「よく分かった。私の方からストラス大佐を指導しておこう」
「ありがとうございます」
リリアは連絡任務を終えて商船学校に登校する。リリアはエリアナの姿を見つけると教室とは別の場所に連れ出す。
「エリアナはマリアやルシアなどについて何か知っている事があるの?」
よく考えてみればこのクラスは全員魔法が使える。エリアナというより大佐が懸念するような魔法もあるのだろう。現にマリアの魔導聴音はその一例に入る。
「父から聞いたのですか?」
「今朝は見かけていないよ」
「そうですか…。ルシア様はともかくマリア様は非常に厄介です」
「彼女は私の非公開情報を知っていたよ」
「そうでしたか」
エリアナはやっぱりという顔をする。
「だから、こちらの陣営に引き入れればいいんじゃない?」
「え?」
「逆転の発想。彼女が王家の血を引いた公爵令嬢なのに、何故か王室騎士団に入っていない」
王室騎士団は王族の血を引いた者しか入れない鉄の掟がある。しかし、そこにも入れないというのは彼女自身に何らかの問題があるのだろう。きっとそれは彼女自身がどうしようもできないし、身内でも遠ざけられる事案なのだ。軍の学校にも入れず商船学校に来たというのも頷ける。リリアは魔法の羽ペンを取り出して自分の考えをエリアナに伝える。
“魔導聴音”
「口に出さないで」
リリアは思わず口に出しそうになったエリアナを制する。
「ごめんなさい。父もそれによる水漏れを気にしています」
エリアナはあっさりと認めた。リリアは羽で文字を消す。
「この件はちょっと任せてもらってもいいかな?」
「何か心当たりでも?」
「まあね」
リリアは夕方の連絡任務の為、王宮に入り顔見知りの宮廷吏や女官、王室騎士などにそれとなく探りを入れる。仕入れた情報は予想通りだった他、これまで把握していなかった宮廷の内情も入手できたがそれは予想外なものでもあった。それからリリアは宮廷魔導師団長のアルシュヴェタを訪ねた。
「久しぶりね」
アルシュヴェタは忙しそうだったが時間を作ってくれたのだ。
「ちょっと相談があって」
「飛空船の事?」
アルシュヴェタの質問にリリアは魔法の羽ペンで説明する。
「ああ、それね」
「知ってたの?」
「以前、ヨゼフィーナから相談があったわ。でも、魔法をどう律するかは本人次第だし私には術自体をどうこうしろというのはできないわ」
「要するに、使い方の問題なのでしょう?」
「それもあるけれど、術に対する周囲の理解も大切よ」
「なるほど」
そこでリリアは自分の考えをアルシュヴェタに伝える。
「それはいい考えね。確か、魔導医師の資格を持っていた筈よ」
アルシュヴェタは魔法で分厚い本を本棚から取り出す。そしてペラペラとページを捲る。
「あったわ」
「マリア スレジア ドパロス=スロキナ。魔導医学博士号を取得している」
「何で医者にならなかったのかな?」
「私は聞いていないけれど、ヨゼフィーナなら知っているかもしれないわね」
「分かった」
「じゃあ、頼まれたモノは任せて。来週工廠で会いましょう」
「うん」
リリアは宮廷魔導師団本営から王宮騎士団本営を訪ねて衛兵に取次ぎを依頼する。
「殿下はすぐにお会いになられます。どうぞお通りください」
リリアはすぐに通されてヨゼフィーナの執務室に向かう。
「やあ。リリア。久しぶりだな。元気にしてたか?」
「うん」
リリアとヨゼフィーナはハグする。身長差でリリアの顔にヨゼフィーナの巨乳が押し付けられるが軍服のボタンが痛い。
「で、用件は何か?」
ヨゼフィーナはリリアの頭を一通りナデナデすると用件を訊ねる。リリアはマリアの魔導聴音について話をする。
「なるほどなぁ。ローリア側が警戒するのも理解できる。まあ、我々だって同じだが」
「ドパロス家は親コストリア派だと耳にしたけれど?」
「マリアは反コストリア派だ。しかし、魔導聴音のせいで騎士団にも軍にも入れなかった気の毒な奴だ。家族も別の邸宅に住んでいる」
「医師の資格を持っていると聞いたけど?」
「ああ、それな」
ヨゼフィーナは腕組をする。
「周囲が反対したんだよ」
ヨゼフィーナの話でははじめ、受け入れる患者の階級をめぐって親子で対立してたそうで結局家族の反対と言う形で開業を断念したのだ。それに開業自体、他の医師からの妨害や圧力もあったそうだ。
「患者を取られれば彼等も生活が成り立たないし、頭脳が国外に流出するのは国にとっても損失だからな。一番上のアニキが説得して断念させた。マリアにすれば居場所を失う恐れもあったし…」
一番上のアニキってルーメル皇太子だろう。どこか陰湿っぽい匂いがする人だったが。そもそも、庶子であるらしい。王室の情報は短期間だけ王室にいたリリアでもかなり入手していた。
「それで商船学校に入ったの?」
「公爵令嬢と雖も嫁にも行かず毎日ぶらぶらして何もしない訳にも行かないからな。飛空船の乗組員は常に不足気味だし丁度良かったんじゃないか?リリアの場合もすんなり入学が決まったし」
体裁はともかくそういう事なら合点はいく。
「アルシュヴェタにも相談していい案だと言われた」
「そうだな。アイツにはぴったりだ。私からも礼を言うぞ」
「この事は報告しても?」
「多分、特別高等観察部は知っていると思うがな」
ヨゼフィーナは隠そうともしなかった。国論の二分は周知の事実なのか。
「リリア。これから面倒な事に巻き込まれる事になろうが、それはどうやっても避けられない。どうか理解して欲しい」
「それは心得ているつもりだよ」
「そうか。すまない」
ヨゼフィーナは心苦しそうに言った。
リリアは退出する時、ヨゼフィーナに呼び止められた。
「何かあればすぐ私の所に来い。私がいなければ姉上でもいいし、師匠の所でもいいぞ」
「うん。分かった」
つづく
異世界召喚されたら銀髪ロリ美少女になった。 第2幕 飛空艇に乗る。 土田一八 @FR35
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