第88話 後日談 和久津と五条の披露宴

「サブロー。あそこが手薄」


 双眼鏡を覗いていた黛がある一角を指差して呟いた。双眼鏡を受け取って黛の指差す方を見ると、なるほど──。


「SPが一人だけ」


「うん」


 窓しかないからだろうか? かつて華族の邸宅だった披露宴会場はぐるりと黒服の男に囲まれていたが、そこだけは手薄だった。SPは一人しかいない。狙うならそこか……。


「黛。囮を頼みたい」


「……分かった。結婚してくれるなら囮になる」


 黛を見ると、期待した目でこちらを見ている。……こいつ、和久津と五条の披露宴の雰囲気に当てられているな。


「制度上の問題だろ。結婚は」


「そう。制度上の問題。だからサブローは気にせず頷いて」


「……」


「沈黙は肯定」


 まぁいい。結婚ぐらいで今日の企みが成功するなら安いものだ。


「分かった。結婚するから囮になってくれ」


「うん!」


 黛が珍しく声を弾ませた。なぜかこちらまで気分がよくなる。不思議なものだ。


「囮、どうすればいい?」


「何も考えずにゆっくりとあのSPに向かって歩いていけ。そして三十メートルの距離まで近づいたら蹲り、そのまま地面に倒れるんだ。俺は隙を突いて披露宴会場に入る」


「分かった」


 パーティードレスに身を包んだ黛は厚底のブーツでゆっくりと披露宴会場を望む丘から降りてゆく。一方の俺はSPと同じブラックスーツに身を包み、別ルートを駆け降りる。



 よし。気付かれてはいない。そっと茂みの中に隠れ、様子を窺う。



 二十分程待ったところで視界に黛が現れた。SPとの距離はそろそろ三十メートルといったところか……。


 ──うっ。


 そんな声が聞こえた気がする。


 黛は腹を押さえて蹲り、そのまま地面に倒れ込んだ。SPに向けて助けを求めるように手を伸ばし、小刻みに震えている。芸が細かいな……。ちょっとわざとらしくないか?


 しかしその演技は功を奏したようだ。


 遠目にも華奢だとわかる女子が突然倒れ、SPは慌てる。そして、持ち場を離れた。今がチャンス。


 俺は細心の注意で茂みから這い出し、音もなく駆け出す。そして、披露宴会場を囲む生垣に身を同化させた。


 ここまでは成功だ。あとは、いかにして中に入るか。狙いをつけた窓の鍵は……開いている。それどころか隙間まである。辺りには香ばしいかおり。


 俺はSPと同じようなサングラスをかけ、何食わぬ顔で窓に近づいた。そして、ガラリと窓をスライドさせる。


 コック帽をかぶった男達の視線が集まった。


 なるほど。ここは厨房か。手を止めたコック達の視線からは戸惑いを感じる。SPが急に窓を開けたのだ。何事かと警戒している。


「不審者が会場に入りました」


「えっ!」

「そんなっ!」

「馬鹿な!」


「大丈夫です。我々が取り押さえます」


 そう言ってから窓の桟に手にかけ、一気に中に飛び入る。コック達はまだ落ち着かない様子だが、こいつらに構ってはいられない。早足に調理場を出てホールを目指す。確か、通路の右手の筈……。


 豪奢なレリーフの扉を静かに開けると、整然と並んだテーブルが見える。……ここだ。


 準備の終わったホールにはまだ誰もいない。まぁ受付の時間までまだ一時間以上あるからな。


 絨毯の上を慎重に歩き、新郎新婦の座る高砂席から一番近いテーブルの下に潜り込んだ。


 あとは時間の経過を待つのみだ。



#



「新郎及び新婦のエクスプローラー時代の恩師から祝電が届いております」


 司会の声にホールが静まり返った。何故か空気が張り詰め、テーブルの下に隠れる俺にまで緊張感が伝わってくる。


「根岸三郎様からです」


 あちこちから悲鳴が上がる。ガタガタと椅子を鳴らすものまでいる。大袈裟だな。一体、俺が何をしたというのだ。けしからん。


「和久津。五条。結婚おめでとう」


 司会は慎重に俺の祝電を読み進める。読み間違えが死に繋がるとでも思っているかのようだ。


「俺の記憶が確かならば、二人の初対面はあのファミレスだ。俺が二人を呼び出した」


 俺がエクスプローラーになりたての頃の話だな。


「その時、五条はまだ若く学生だった。和久津は今と変わらずハゲていた」


「ちょっと! 披露宴っすよ!」


 和久津が声を上げ、失笑が生まれる。


「その後しばらく二人はただの友人だったのだが、新宿ダンジョンの完全攻略と時を同じくして付き合うようになった」


 司会が息継ぎをした。そして──。


「これは知られていないのだが、異世界に行ったことのある男女が結婚するのはこの地球で初めてらしい」


 ぉぉおおおおおおぉぉー!!


 だいぶ、温まってきたな。いい頃合いだ。


「そんな二人に、異世界からの贈り物だ……?」


 ──バッとテーブルの下から這い出し司会からマイクを奪う。


「ちょっと! パイセン!! なんでいるんですか!!」


「ほう。披露宴に来てやったのに随分な言い草だな」


「招待状、ちゃんと渡したっしょ! 普通に来てくださいよ!!」


 席から立ち上がった和久津が唾を飛ばしながら、がなる。


「普通に来ても面白くないだろ。なぁ、五条?」


「……あの、帰ってもいいですか?」


「馬鹿なことを言うな。今日の主役が帰ってどうする。それに贈り物があるといったろ?」


 スーツのポケットから出すのは黒く輝く球体。性悪の神様の化身が封ぜられた召喚オーブ。


「……そ、それは!?」


「決まっているだろ! 性悪の神様が宿る召喚オーブだ!!」


 召喚オーブを天高くかざし、力を込める。すっと何かが流れていく感覚……。同時に紫の光が空間を埋め尽くす。


 ──バリンッ!!


 召喚オーブが割れて煙が噴き出し、それは渦巻く雷雲となる。見る見るうちににホールの天井近くまで膨れあがった。


「い、一体何が……」


 和久津が呆然と宙を見上げる。


 ──バリバリバリバリッ!!


 空気が引き裂かれる音と共に雷が落ち、照明が消えた。そして聞こえるのは形容し難い声。


『レディース! エンド! ジェントルメーン!! 本日はこの性悪の神の復活祭にお集まりいただきありがとうございます!!』


 脳に直接響くような感覚だ。


『おっと、暗いままでは私の姿が見えませんね! 照明さん、よろしくお願いします!!』


 パッと明るくなったホールの中央には──。


「……和久津さんがいっぱいいる」


 五条の声を合図に召喚オーブから生まれた沢山の和久津が高砂席に押し寄せる。十人以上のそれは顔も身体も服装も完璧に和久津だ。


「ちょっとこれ、どういうことですか!!」


「「「「ちょっとこれ、どういうことですか!!」」」」


 和久津のあとに和久津達が続く。


 高砂席は揉みくちゃになり、もはやどれが本物の和久津か分からない。


「本物の和久津はどいつだ?」


「「「「「「自分っす!」」」」」」


 声を重ね、自分の顔を指差す和久津達。


「俺にはどれが本物の和久津か見分けがつかないな。しかし──」


 和久津達が息を飲む。


「配偶者である五条ならば見事、本物の和久津を当てる筈だ!!」


 ぉぉぉおおおおおおおおぉぉぉー!!


「五条、お前の愛する和久津を当ててみろ! そうすれば幸福の神様の召喚オーブを使ってやろう。ただし、質問は無しだ」


「……あの、外したら」


「裸の富沢をここに呼ぶ」


「「「「「ちょっと!」」」」」


 心地の良いハモりだ。性悪の神様も分かっている。


「富沢は二人の門出を祝いたがっていたぞ。少し痩せたし、大丈夫だ」


「嫌です! 当てます!!」


 五条は拳を握って気合いは充分。和久津達を一列に並ばせて真剣に端から検分する。


「……これは、違う。……これも、違う」


 五条には違いが判るらしい。じっと顔を見ると、これは和久津ではないと烙印を押す。


 ホールにしじまが広がる。


 七人目の和久津の前で五条が立ち止まった。つま先から頭のてっぺんまで入念にチェックすると、五条はさっと七人目の手を取った。そして──。


「……本物はこの人です」


「いいのか?」


「……大丈夫です」


 五条の声は控えめだが、その表情からは自信を感じる。


「理由は?」


「……この僅かな時間で髪が減りました」


 そんなことがあるのか? 俺には分からないが五条は胸を張る。


「よし、分かった。性悪の神様よ。真の姿を現せ!」


 ──バフンッ! と煙幕が張られる。そして宙に現れるのは黒い鼠のような姿。それはスッと俺の方に飛んできて、肩にとまった。


 高砂席に残されたのは一人の和久津と五条。二人は手を取り合っている。チッ。五条のやつ、当たりを引きやがった。


「……やるな、五条。見事に本物の和久津を引き当てたようだな」


「はい!」


「約束通り、幸福の神様を召喚しよう」


 スーツのポケットから白く輝く球体を取り出す。それは幸福の神様の化身が封じられた召喚オーブ。高く掲げると、観客の視線が集まる。


「幸福の神様よ。二人に祝福を」


 ──バリンッ!!


 召喚オーブから強い光と共に彩どりの花びらが吹き出す。それは和久津と五条に向かって弧を描きながら飛んでいく。二人は花びらに包まれ、姿が見えなくなる。


 静寂。そして花びらが消えると──。


「……和久津さん、フサフサ」


「えっ」


 和久津が慌てて自分の頭を触る。そして、何が起こったかを察するとポロポロと泣き始めた。


「どうした、和久津。前はハゲのままでいいと言ってなかったか? ありのままの自分とそれを受け入れてくれた五条を大切にしようって」


「……よく夢をみるんです。異世界にいた頃の」


 和久津はまだ涙を流している。五条もつられて瞳に涙を溜める。


「その夢の中で自分の頭はフサフサで……」


「なんだ。やはり後悔していたのだな」


「……はい」


「幸福の神様の祝福だ。髪と五条を大切にしろ」


「はい!!」


 観客から割れんばかりの拍手が巻き起こる。さて、余興はもうお終いだな。


「俺はいく」


「そんなっ! 最後までいてください」


「こーいう場は苦手なんだ。それに外で待たせている人もいる」


「……わかりました。パイセン、ありがとうございます!」

「ありがとうございます」


 和久津と五条が頭を下げているうちに、踵を返してホールの入り口へと向かう。係のものが何も言わずに扉を開けた。俺はホールを後にした。



#



 披露宴会場から少し離れたバス停の待合所に黛と富沢はいた。俺の姿を見つけると、二人同時に立ち上がる。


「サブローどうだった? 性悪の神様の化身、出てきた?」


 駆け寄ってきた黛は性悪の神様のことが気になるらしい。


「あぁ。問題なく召喚出来た」


「もう消えたの?」


「……いや。俺の肩にいるが、見えないのか?」


 黛は首を振る。見えないらしい。


「ほっほっほ。ボスは性悪の神様に取り憑かれたってことですかねぇ。目々野と同じようにスキルも使えるかもしれませんよ」


 富沢は扇子をゆっくり動かしながら興味深そうに言った。


 そういえば、加護を授かっていた時と同じような感覚がある。身体に力が満ち溢れている。


「サブロー。幸福の神様の化身はどうなった?」


「そっちの方は行方不明だ。何処かに行ってしまったよ」


「そう……」


 黛は不満げだ。


「そんな顔をするな。別に神様の祝福はなくても幸せにしてやる」


「うん!」


「おやおや。ボス。やっと決心なさったんですねぇ」


 富沢が激しく扇子を動かす。興奮しているのか?


「あぁ。さっき約束したからな」


「おめでとうございます。結婚式には呼んで下さいね」


「あぁ。その時はちゃんと服を着ろよ」


「もちろんですよ」


 パンツ一丁の富沢は額から流れる汗を拭いながら「次は服を着ます」と宣言したのだった。



############


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