第50話 和平・永遠の平和へ

 ひと月後、テルミナ平原に両国首脳が会した。

 会場は両軍が共同して設営した。


 レイティス王国からは国王ランドル陛下、国務長官閣下カッカ、軍務長官の私、カイ軍師、ガリウス上将軍が出向いている。


 ボッサム帝国からは皇帝レブニス三世陛下、国務大臣閣下カッカ、軍務大臣クレイド閣下カッカのほかに大将二名がやってきた。

 この大将たちは先のいくさで生き残った第一重装歩兵大隊長、第三騎馬中隊長である。


 レイティス王国側は会場の北から、ボッサム帝国側は南から入場し、中央で双方が握手を交わすとそれぞれに与えられた席へ座っていった。


 皆が着席するのを見計らってまずはレブニス帝が口を開いた。

此度こたびは王国軍務長官より講和の申し出があり、と重臣とで議論した結果、これを受け入れることとした」


 皇帝陛下の視線はななめ前に座っている私にそそがれた。

「ただし条件がある」


 王国側はその言葉に気を引き締めた。


「王国軍務長官に聞きたい」


 皇帝陛下に見据えられながらも心は淡々タンタンとしていた。

 あらかじめ帝国側からあの件を聞かれるだろうと想定していたのだ。


「なぜ貴公は講和を求めてきたのか。真意を知りたい」


 やはりという表情が出ないよう顔を整えてその問いを聞いていた。

 確かに優勢である国が劣勢にある国へ講和を求めるのは通常ではない。


 だが、その理由を納得したうえで帝国側は講和に応じたのではないか。

 それを再度説明させようとする皇帝陛下の意図がわからなかった。


 そこで油断なく皇帝陛下の目を見つめ返しながら話した。

「私がボッサム帝国に講和を求めたのは、これ以上戦争による犠牲者を出したくなかったからです」

「それはわが国を滅亡させるなり降伏させるなりしても可能なのではないかな」


 試すような視線で皇帝陛下は眺めてくる。


おそれながら、それでは終戦したのち帝国人に禍根カコンが残ります」

「ほう、禍根カコンとな」


「さようでございます。帝国が劣勢であるとはいっても兵数は互角。帝国に対等な立場を用意するからこそ双方の国民は対等な付き合いができるのです。王国領民のことだけを考えていては帝国領民が迫害ハクガイされるのを見過ごすことになります」


 揺らぐことのない信念が伝わったのか、皇帝陛下は満足げにうなずいた。


「なるほど、貴公はうわさに違わぬ人物らしい」

うわさですか?」

 かるくまゆをひそめて、皇帝陛下の次の言葉を待った。


「王国人は貴公を稀代キダイの英雄だとうわさしていると聞く」


「私はそのような大それた者ではございません。ただ、王国人であろうと帝国人であろうと同じ人間、同じ民族である以上、生命がおびやかされないことを望むばかりです」


にはその考え方こそが英雄のあかしと思うがな」


 皇帝陛下はランドル国王陛下をちらっと見た。

もそう思う。政治をあずかる者として他国民の生命にまで思いをいたすのは難しい。それを当然のように言えるのは美徳以外のなにものでもなかろう」


 皇帝陛下は口がうまいのだろうが、なにも国王陛下までが便乗しなくてもよいではないか。

 心の内でかるく腹を立ててしまった。


「ミゲル殿はわが国のクレイド軍務大臣と互角に渡りあうほどの腕を持ち、かつ人を思いやる心にあふれている。これを英雄と呼ばずになんと呼べばよいのか」

 皇帝陛下はそうさとしてきた。


「私ひとりではクレイド軍務大臣と渡りあうことはできません。ここにいるカイ軍師と僚友であるガリウス上将軍以下、将兵があったればこそです」


「だが、彼らが貴公に付き従っているのは貴公の人徳の賜物たまものであろう。それはじゅうぶんに貴公の資質といえる。違うか」


 今度はクレイド軍務大臣に目をやった皇帝陛下は、彼に発言をうながした。

「陛下のおっしゃるとおりです。よい人材を得るのも指導者がよい資質を持っているからにほかなりません。見るべきもののない者に優秀な人材が付き従うことはありませんぞ」


 その言葉にただ恐縮キョウシュクするほかなかった。

 周りからこれほど言われてなお反論するのは、なにか子供じみているように思えたのだ。


 そのさまを眺めていた皇帝陛下は、にこやかな顔をしながら辛辣シンラツなことを聞いてきた。


「そのことはおいて、ミゲル殿に聞きたいことがもう一つある。貴公の本心はどこにある。は講和だけが貴公の目的ではないと思うのだが。たとえばのちに帝国を併呑ヘイドンするつもりなのではないかということだ」


 その場にいた者は皆、私を見た。

 王国の者たちはここまでしか話を聞いていない。

 私にそれ以外の目的があるとは思わなかったのだろう。


 真顔に戻り、すべての顔をながめると大きく息をしてりをつけた。

「さすがは聡明とうたわれる皇帝陛下であらせられます。すべてを開陳カイチンいたしましょう」


 注目されているので、意図的にゆっくりと語り出した。

「まず帝国と王国を対等の立場で講和させます。そのうえで、両国を統括する組織を作れないかと」


「つまり西方諸国が行なうという連合政府を作るのか」

「おっしゃるとおりです」


 連合政府という言葉に他の者は首をかしげていた。


 ランドル国王陛下が口を開いた。

「ミゲル軍務長官、わかりやすく説明してもらえまいか」


「はい。両国の政府から人材を出しあって、両国の政策を一致させるための組織です。つまり王国と帝国とが基本的には同じ目的を持って行動することになります」

「兄弟国ということか」

「結果としてはそうなりましょう」


 先月まで戦い続けていた敵同士が今日からは友好関係を結ぶというだけでもたいへんなのに、兄弟国になろうとは誰ひとり想像もしていなかった。


「両国の主権はおかしませんので、王統も皇統もそのまま保つことができます。また、今後統一された政府を持つことで両国が戦争をする必然性もなくなりますので、両国民にとっても有益です」


 この話を聞いた皇帝陛下からある提案が示された。

「それであれば、帝国と王国双方の軍を解体し新たに連合政府直属の軍を編成してはどうか。さすれば双方が相手に攻め込む危険もなくなり、外敵や野獣と戦うときにも協力して当たれよう」

「それは妙案でございます」

 私に異論はなかった。


「となれば、連合政府にはここにいる大将や将軍たちが入るべきだろう。ミゲル殿にはぜひその首班シュハンの座を占めていただきたいものだ」

「私が、ですか?」

 皇帝陛下の提案に思わず尻込しりごみした。


「当然であろう。そもそも連合政府の構想は貴公のものだ。それに貴公なら帝国と王国の領民を平等に考えられる。これ以上の人材はおるまい」


 さらに皇帝陛下はまくしたてる。

「それに貴公には人徳がある。そこに控える軍師や上将軍も従っておるし、やクレイド軍務大臣も貴公を全面的に信じてみたい心持ちになっておる」


 皇帝陛下が横目で見るとクレイド軍務大臣も、

「私も信じてみたいですな」

 と語った。


 それを確かめた皇帝陛下は連合政府の構成を告げた。


「ミゲル殿に連合政府の首班シュハンの座へいてもらう。その代わりわが国のクレイドが連合軍の総大将にき、カイ殿が軍師となって外敵・野獣から両領民を守る。これが受け入れられれば、予は連合政府案を快諾カイダクしてもよい」


 これまで話を聞いていたランドル国王陛下が口を開いた。

は実のところ、このいくさが終結したあかつきにはミゲル軍務長官を宰相サイショウに迎えようと考えておった。しかし連合政府が実現するのであれば、その首班シュハンとしてミゲル軍務長官を据えることになんら異存はない。それ以上に望ましいことがあろうか」


首班シュハンの地位は皇帝・国王の下に置き、王国宰相サイショウ・帝国宰相サイショウと同格とする。さすれば連合政府の機能は磐石バンジャクとなろう」

 レブニス陛下は連合政府の機能が発揮できる提案をしてきた。


「であれば能力・人望を含めミゲル長官を上回る首班シュハンは考えられない」


 自分が高みに登るために連合政府を思いついたわけではない。

 能力でいえばレブニス三世陛下のほうがはるかにふさわしいだろう。

 だが、それでは王国と帝国のバランスを欠いてしまう。


 ガリウスとカイに助けを求めようとしたが、ふたりともあきらめろと言わんばかりの顔つきだ。

 改めて周囲を見わたすと、どの顔にも期待が込められているように見受けられた。


 下を向きつつ大きくひとつ息を吐き、赤髪の頭を上げてから、

かしこまりました。不肖フショウながら私が連合政府の首班シュハンつとめさせていただきます」

 と告げた。


 王国と帝国による対立の構図は、この時をもって変貌ヘンボウすることとなる。



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