第48話 和平・開かれた道

 すかさずとびらが開き、あの巨魁キョカイが姿を見せた。


「軍務大臣、王国のミゲル軍務長官はこう申しておるが、そちはどう思うか」


「ワタクシといたしましては、もちろん負けを見越して戦いに臨む、などという考えは持ち合わせておりません。戦うからには万全を期します。ただ、今この軍務長官閣下カッカを斬り殺したとして、来月再度いくさに打って出ても敗北は必至です。まだ王国軍にかなすべがございません」


 タンパ様が口を開いた。

「発言を失礼いたします。ならばこそ、王国は帝国と講和がしたいのでしょう。違いますかな、ミゲル軍務長官閣下カッカ?」


 助けぶねを出してくれたことを感謝して話を続ける。

「わが軍は貴国が三倍の兵力をもってしてもなお打ち破れないほど強固な軍事力を有しております。それゆえわが陣営ジンエイには貴国に降伏を迫る者も多数おるのは事実です。しかし、私は講和こそが両国に恒久コウキュウの平和をもたらすものであると確信しております」


恒久コウキュウの平和か」

 タンパ様が言葉を繰り返した。


「双方の戦力は同程度であり、今戦っても勝利をつかめるとはかぎらない。であれば当面はいくさをする必要もないでしょう。であれば双方が『今攻め込むつもりはない』と表明して、まずはつかの間の平和を謳歌オウカしてもよろしいのではありませんか。今すぐ百二十年にわたる戦乱を終結させるのは難しいにしても、来春ライシュンまで戦わない、と同意するのはそれほど困難とは存じません」


「そちは半年の講和でも満足なのか?」


「もちろん講和は長いほど喜ばしいと存じます。できれば恒久コウキュウ的な平和を望んでおります。しかしそれを王国側から押しつけてはならないのです。双方が納得のいく形で講和を結べなければ、明日にでも帝国軍は打って出るかもしれません。ですので外聞ガイブンよりもまずジツをとりたいのです」


 王国が講和を求めてくる。

 居並ぶ者たちもにわかに信じられないようだ。


 これまで大勝タイショウしても講和など要求しなかった王国とは明らかに異なる。


 私が知りえぬ昔、レイティス王国は異民族との間で絶えず戦乱が巻き起こり、当時のランドル王子と近衛コノエ隊長カートリンクが平定に際してほろぼすだけでなく、講和をもって関係の取りまとめを急いだ。

 その話は皇帝陛下もご存じだろうし、私がそれを踏襲トウシュウしようとの意図も察せられるはずだ。


 だがいくさおおちしながら相手に講和を求めるのも妙な話ではある。

 本来なら降伏を迫ってもおかしくない局面だからだ。


 事実、過去両国とも相手に対して降伏を要求したことはあっても、講和を求めたことは一度としてなかった。

 帝国民は元々王国民である。

 帝国に講和を申し入れるなぞ侮辱ブジョク以外のなにものでもなかったからだ。


「両国の兵力が均衡キンコウしている今だからこそ、われわれは対等な立場で講和できます。そもそも私たちが争う理由はなんでしょう。端緒タンショは“中洲なかす”の穀物コクモツを奪い合うためです。しかし現在では、おそらく肉親や親友を殺された悲しみによるもの。それは新たな悲劇を生むにすぎません」


 ひと呼吸入れて場の雰囲気フンイキを察してみる。

 それから続きを進めていく。


「聡明なる皇帝陛下や帝国臣民にはおわかりのはずです。われわれには戦うべき正当な理由など存在しません。悲しみをまぎらわすため怒りに変えていくさをしているだけなのです。私はこれ以上理不尽リフジンに死んでいく者たちを見たくはありません。それによって慟哭ドウコクする者たちを見たくはないのです」


 タンパ様はウンウンとうなずきながら話に聞き入ってくれている。


「愛する者を失った悲しみは両国が互いにいだいています。今それを白日にさらし双方が公式にびて講和がれば、英霊エイレイ遺族イゾクの心もいくらかやわらぐと信じます。どうか聡明なる皇帝陛下、帝国臣民方、講和にご理解いただけますよう」


 皇帝陛下は場にいるすべての顔を見わたした。

 釣られて私も見わたそうとしたがそれはやめた。

 場内の雰囲気フンイキがそもそも沈鬱チンウツだったからだ。


「軍務大臣、再度問う。これから出撃して王国に勝つ公算はあるか」

 皇帝はクレイド軍務大臣のほうへ向きなおり、さぐりを入れた。


「ございますまい。王国にはなによりも“鬼神の才”を有する“軍師”がおります。彼の知略の前ではわが軍がいかに力をつけようとも敗北は必至。王国軍はつねに先手をとり、わが軍の行動の自由をうばいました。この差を埋められなければ勝つなどしょせん絵空事えそらごとです。さらに此度こたび講和を求めてきたこちらのミゲル軍務長官閣下カッカの政治手腕シュワンにも舌を巻きます。このふたりを敵にまわすのは得策ではありません」


 タンパ様が口添えする。

「うむうむ、私は戦場におもむいておらぬゆえ王国軍師の力量はわからぬ。だがミゲル軍務長官閣下カッカは物の道理がよく見えておるようじゃ」


「ここにいる皆がどう考えているか知りたい。王国との戦いを継続していかなる犠牲ギセイを払ってでも勝利か死かを争うほうがよいと思う者は手を上げよ」

 私の前に並ぶ国務大臣を筆頭とした老いた者の手が挙がる。

 彼らは実戦におけるクレイド軍務大臣の用兵を見ていない。


 稀代キダイ英傑エイケツであり勇者とゴウされるクレイド軍務大臣をもってしても倒せない軍を相手に勝てというのはどだい無理な話なのだ。

 戦場でクレイド軍務大臣の手並てなみを目の当たりにし、それでも勝てなかった事実に直視した者は到底「勝てる」とは思わないだろう。


「それでは王国に降伏したほうがよいと思う者は手を挙げよ」

 今度は居並いならぶ高官たちの誰も手を挙げない。


「よし、そちたちの意見はわかった。の意見も同じだ。現状では王国は倒せないだろう。それに降伏するのもシャクさわる。だが、相手が対等な条件で講和すると言ってきているのであれば、それに乗らない手はない」


 威儀イギを正した皇帝陛下はこちらを向いた。

「方針は決した。レイティス国王陛下への親書をしたためるゆえ、ミゲル軍務長官方は別室でひかえていてもらいたい」


 その言葉ののち、先ほど案内してくれた若い士官に連れられて別室へと歩み始めた。

 とにかく講和はったのである。



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