第41話 決戦・惨劇の幕開け

 拍動ハクドウが耳をつんざきそうな緊張感の中、本営の馬上で右手を挙げてそして勢いよく下ろした。


「王国軍、戦闘開始!」


 カイはすかさず配下に銅鑼ドラ太鼓タイコをリズムよくたたかせた。

 音によって動く軍は、まるでダンスを踊っているかのように映るかもしれない。


 ドン! ドワンドワ~ン! ドン! ドワンドワ~ン!


右翼ウヨクを前進、左翼サヨクを後退させて斜線シャセンジンをとれ」の指令が音の響きで発せられた。


 四将軍はこれを正確に遂行した。

 これにより王国軍は帝国軍に対してはすに構えることとなる。


「この深いきりの中、帝国軍は各個カッコ撃破ゲキハを恐れて動けません。動かない敵と戦うのですから、自在に移動できるこちらが圧倒的に有利です」

 カイは戦力差と前戦の実績それ自体を作戦にり込んでいた。


「まずは西の右翼ウヨク方角へ移動して帝国軍のかどを削ります。伝令、合図を打て!」


 ドワ~ン! ドンドン! ドワ~ン! ドンドン!


「よし、全軍西、右翼ウヨク方向へ進んで帝国軍とあいまみえるぞ!」


 ときの声をあげながら、王国軍九千は進路を定めて帝国軍左翼サヨクに位置する騎馬中隊と軽装歩兵大隊を捉えた。


 これだけ接近してもクレイド軍務大臣は兵を動かさず、様子見にテッしている。

 視界が閉ざされていて王国軍の全部隊がこの行動に従っているのか。見分けがつかなかったからだろう。


 しかし現実問題として王国には九千以上の兵はない。

 全軍まさに不退転フタイテンの決意である。


 そのまま帝国軍左翼サヨク正面をことさらすきが見えるようこれ見よがしに斜行シャコウする。

 クレイド軍務大臣は方陣ホウジン左翼サヨク側へ回頭カイトウさせてわが軍を正面に置こうとしてきた。


 カイがすかさず指示を出す。

「よし、作戦・甲を実行する。伝令、合図を打て!」


 ドンドンドン! ドンドンドン!


 王国軍全体の動きが見えない以上、帝国軍は受け身にまわらざるをえない。


 こちらが示威ジイ行動として左翼サヨク正面をななめに通過しているので、クレイド軍務大臣としては左翼サヨク側背ソクハイから攻められることを嫌うはずである。


 しかしわが軍の三倍の兵力を運用しているので、反応も当然鈍くなる。


 その時間のズレを利用して、王国軍は帝国左翼サヨクの騎馬中隊と軽装歩兵大隊にねらいを定め、半包囲におとしいれて攻撃を加えていく。


 剣の交わる音や兵の斬り倒される音が激しく響きわたる。

 王国軍は中央ふたつの半個大隊を起点として、そこから出撃した“無敵”のナラージャ筆頭中隊がなりふり構わず攻撃をたたみかけたのだ。


 他の部隊はそれをサポートしつつ外側からの挟撃キョウゲキに打って出て帝国軍部隊をしたたかに打ち減らしていく。

 攻勢コウセイ苛烈カレツを極め、ジンを振り向けようとして受け身にまわった帝国軍はろくな反撃もできないまま一方的かつ急速にその数を減らしていった。


 回頭カイトウを終えた帝国軍が本格的な反撃へ移ろうと、左翼サヨクでわれらが包囲して切り離された部隊以外の、後方に位置していた自由な騎馬中隊と軽装歩兵大隊の部隊を広く展開する。

 こちらを包囲下に置こうという行動だ。


 その兆候を見てとり、伝令に合図を打たせた。


 ダダンダダンダダン! ダダンダダンダダン!


 帝国部隊を包囲下に陥れたままの「高速離脱」である。


 帝国軍の包囲が始まろうという絶妙のタイミングで、王国軍はその手から逃れた。

 そして濃霧ノウムの中へと姿を消す。


 この一回の攻撃でクレイド軍務大臣はさとったはずだ。

 これは濃霧ノウムを利用した一撃離脱の各個カッコ撃破ゲキハ戦術である。


 事態の急変を受けて帝国軍は態勢を立て直して全軍を落ちつかせようと、方陣ホウジンを再編するべく追撃をあきらめていったん退いていった。


 すでに包囲している帝国軍左翼正面の騎馬中隊と軽装兵隊の三分の二の部隊を本隊から切り離し、クレイド軍務大臣との連絡を絶ち各個撃破ですでに壊滅状態に追い込んだ。

 勝負は帝国軍が再編を済ませるまでについていた。


 その短い時間で取り残された帝国軍左翼部隊は“無敵”のナラージャ筆頭中隊を始めとした全軍で短期決戦に勝利したのだ。

 すでに八割は仕留めており、さらに徹底した殲滅センメツが行なわれている。

 このいくさでは一度帝国軍本隊と切り離された部隊を総がかりで叩いていくのが基本戦術だ。


 あと何度このような凄惨セイサン殲滅センメツ戦が継続できるのか。

 そんな後々のちのちの計算などいっさいせず、目の前の孤軍コグンに全力をあげるのだ。

 よって短時間であっても、想像を絶する帝国軍の屍が築きあげられていった。


 帝国軍が態勢を整え終えたと斥候セッコウからの報告を受け、包囲下の帝国部隊のほとんどを回復できないほどに打ち負かしたわが軍は、さらなる攻撃までに疲労を回復するべく包囲を解き、帝国軍本隊と距離をとってさらに深いきりの中へと姿を消していく。


 そこに入れ替わりで帝国軍本隊が進出してくる。

 あまりの損害の多さに心胆シンタンさむからしめたろう。

 とても九千の軽装歩兵がしうる惨状サンジョウではない。


 軍を率いている私自身もその死者数を考えると自責の念にられる。


 だが、これにより帝国軍は迂闊ウカツに作戦行動をとれなくなるだろう。

 へたに動いたら、さらなる各個カッコ撃破ゲキハまととなりかねないからだ。



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