第42話 決戦・勇者を翻弄する

 横一列の陣形ジンケイに再編すると、カイは次なる合図あいズを発した。


「よし、作戦・乙を実行する。伝令、合図あいズを打て!」


 ドンドン! ドンドン! ドンドン!


 今度は東寄りの帝国軍右翼ウヨクの方角へ突進した。

 ただし、今度はえがきながらである。


 えがいた行動をすると、帝国軍に捕捉ホソクされることなく戦場を移動できる。

 そうして抵抗を受けずに帝国軍右翼ウヨクの正面から姿を現すのに成功した。


 見られてしまえば当然反撃が予想される。


 しかし先ほどのように不用意に近づくとわなおちいるとクレイド軍務大臣も気づいたはずだ。

 今度は王国軍の横断を見逃みのがせず、ただちに反撃しても先ほどのような激しい攻撃よりはましな展開となるだろう。

 そう判断するのも無理はない。

 しかしそれこそが真のわななのだ。


 帝国軍は方陣ホウジンを右に回頭カイトウさせつつ右翼ウヨク部隊を前進させてわが軍の進路をふさごうとする。


 帝国軍にぶつかる寸前に外側つまりより東側へ回避し帝国右翼ウヨクわきをすり抜けて本営めがけて突き進む。

 各個カッコ撃破ゲキハと見せかけて直接対決に打って出たのだ。


 危機を悟ったのか、帝国軍本営はいったん後退し、先ほどわが軍相手に多大な損害をこうむった帝国軍左翼サヨク部隊が本営に迫るわが軍の正面に置かれようとしていた。

 クレイド軍務大臣のねらいは、本営を後退させて距離をとり、左翼サヨクの兵力を正面に立てて本営を防御させると同時に右翼ウヨクの部隊と連携して王国軍を包囲しようというものだ、とその行動から推察できる。


 帝国本営との間に邪魔ジャマが入ったのを見たカイは、すぐに合図あいズを送った。


 ドン!カカ ドン!カカ


 前進の勢いを活かして帝国軍左翼サヨクが穴を埋めるより早く帝国軍右翼ウヨク隊をそのまま包囲する。


 帝国軍はクレイド軍務大臣のたくみな指示があって初めて精強セイキョウな軍として機能していた。

 しかし、包囲されてクレイド軍務大臣率いる本営の統率から隔絶カクゼツさせられた帝国軍右翼ウヨクは、反撃するすべもなく剣のつゆとなって消えていくほかない。


 われわれは帝国両翼リョウヨクによる挟撃キョウゲキ態勢が完成する前に、“無敵”のナラージャ筆頭中隊を中心として帝国軍右翼を殲滅センメツしにかかる。


 右翼ウヨク壊滅カイメツ阻止ソシしようとクレイド軍務大臣は、本営と左翼サヨクの部隊を率いてわが軍へ猛進モウシンしてきた。


 すでに捕まえている帝国軍右翼ウヨクが内側から呼応した挟撃キョウゲキの危機を察知して、帝国軍が近づいてくるのに合わせて包囲を解き、帝国軍との間合いをとってそのままきりの中へと姿を消していく。


 たった二回の接触ではあったが、帝国軍を翻弄ホンロウするにはじゅうぶんだった。


 離れていればまわり込み、たたきにきたら包囲する。

 挟撃キョウゲキされないよう帝国軍が動きだした途端トタンに察知して距離をとってはきりへ隠れて姿を消す。

 このままでは何度やっても同じことの繰り返しになる。

 クレイド軍務大臣にその危惧キグを抱かせたはずだ。


 そして、ここは側面を突かれる前に目の前のわが軍の撃破に専念したほうが賢明だろう。

 そう判断したであろうクレイド軍務大臣が、残存する両翼リョウヨク騎馬中隊を前列に押し立て、全軍に突撃の命令を下すタイミングを待った。

 この手が繰り出されたら、少数の王国軍の命運は時間の問題である。


 しかしこちらとてそう簡単に負けパターンにおちいるつもりはない。


 ドン! ドドン! ドン! ドドン!


 帝国軍が大挙して猛進モウシンしてきたのを見た軍師カイは、軍を全速で西へと転進させて帝国軍の突進トッシンをあっさりとかわす。

 と同時に、帝国の左翼サヨク軽装歩兵大隊に向けて手痛い反撃を加えていく。


 正面へと意識が向いていた帝国軍は不意を突かれてもろくもくずれてゆく。

 王国軍はそのまま後退し、きりの中へ姿をくらましに向かう。


 おそらく今、クレイド軍務大臣は頭を抱えているだろう。


 三倍もの兵をヨウしているのだから、正面切って戦えば力押しで勝てると戦前から思い込んでいたはずである。

 しかし実戦では兵が多いためにこちらよりも反応が数段鈍くなり、どうしても後手にまわらざるをえない。


 間者カンジャからの情報によると、帝国軍はクレイド軍務大臣の下に大隊長、中隊長、小隊長、什長、兵員と命令系統が五段で組まれている。

 一方わが王国軍は総兵数が少ないため軍師カイと同列に俺を含めた四将軍がおり、中隊長、小隊長、什長、兵員と命令系統が四段と少ない。


 しかもクレイドは都度ツド作戦と局面を考えてしかも重装歩兵大隊、軽装歩兵大隊、騎馬中隊のすべてに作戦行動を伝達しなければならない。

 全部隊に細密サイミツな連動を要求し、その伝達に時間を費やしていた。

 これでは時間がかかって当然だ。


 カイは作戦を考えたら方針だけを銅鑼ドラ太鼓タイコの音で伝え、実際の運用は四将軍の裁量サイリョウゆだねている。


 この差が軍全体の反応速度に現れているのだ。


 ゆえに帝国軍はこちらのリズムに従わざるをえない。

 クレイド軍務大臣としては帝国軍のペースに乗せたいところだろうが、全軍の動きはこちらの先制攻撃によって再三封じ込められる。


 ここまで事態の推移を見通す“軍師”カイの洞察力には驚嘆キョウタンするほかない。



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