第40話 決戦・静かなる前哨戦

 戦場となるテルミナ平原下流域に到着して三日目。


 未明かつ濃い霧が立ち込めている中、わが王国軍はジンを組み始めた。

 帝国軍の斥候セッコウにわざと見つかるように、である。


 斥候セッコウも驚いたに違いない。

 昨日は重装歩兵や騎兵などの兵種もいたのに、なにせ決戦をいどむ今日は全軍軽装歩兵で編成された部隊なのだから。

 これが王国軍によるなんらかの奇策キサクの母体となるのか。


 どんなに眼力ガンリキの鋭い斥候セッコウであっても、大兵を率いたことがなければその真意は測りかねるだろう。

 ゆえに斥候セッコウは見たままの状況を伝令に渡して帝国軍宿営地へと知らせるしかない。

 そしてほどなくして帝国軍も布陣フジンを始めるだろう。

 しかしかなり疑問を持ってしまうはずだ。


 全軍軽装歩兵であれば、守りに徹する意志がない表れと見做みなされるだろう。


 それでも帝国軍には重装歩兵も騎馬兵も存在するため、戦端センタンが開かれてしまえばすばしっこい軽装歩兵を上まわる機動力と装甲で王国軍の企図キト頓挫トンザさせられる。


 クレイド軍務大臣にそう思い込ませるのが、今回の作戦を成功させる第一の要素だ。


「ミゲル軍務長官閣下カッカ、各自持ち場につきました。いつでも出撃の合図を送ってください」

 “無敵”のナラージャ筆頭中隊長のれたような口ぶりだった。

「まだ全軍が整っていない。今回は激戦が予想される。とくにナラージャ筆頭中隊はとらの戦力だ。今は体力を温存させて、消耗ショウモウなどせぬよう抑制ヨクセイせよ」

「確かに。あの演習は死ぬほど疲れたからな。閣下カッカ、部隊全体を一時休息させてよろしいでしょうか」


「頼む」


 東西北と私が指揮シキする本営に配された銅鑼ドラ太鼓タイコで、カイによって戦闘開始の合図が発せられるのを焦燥ショウソウの思いで待っていた。


 濃霧で視界が利かない中では、旗幟キシによる合図は役に立たない。

 しかし大きな音であれば戦場のいずこでも聞こえるはずだ。


 するとひとりの伝令が到着した。

 帝国軍を見張っている斥候セッコウからの報告である。

 彼らは敵に捕まる恐れもある、帝国軍を視認できる距離まで歩を進めて調査をしていた。だがわが軍がクレイドに見せつけるように布陣フジンしたのと同様、帝国軍もこちらに情報が伝わるようにわざと見逃みのがしているのかもしれない。

 斥候セッコウから届いた内容を確認する。


「帝国軍は中央に重装歩兵、その脇に軽装歩兵を連ね、両翼に騎馬兵を配して密集し、ひとつにまとめた大きな方陣ホウジンを築いた」


 対する王国軍は横長の陣形をいている。


 本来少数の王国軍が多数の帝国軍と戦うなら重装歩兵を外周に配した円陣エンジンき、守りを固めてくるものと考えてしまうだろう。


 しかし現実はその逆で、ジンがひじょうに薄い。

 しかも全部隊が軽装歩兵である。

 守りを役目とする重装歩兵や、機動力で撹乱カクランする騎馬兵・戦車小隊を伴っていないのだ。


 中央の厚くて堅い帝国軍が正面切って戦えば、ものの数刻で壊滅カイメツされる部隊編成とジンいている。

 前戦の実績で“鬼神の才”とうたわれる“軍師”カイがそのような作戦を発案したのである。

 これはひとえに「こちらに裏があるよう帝国軍へ見せつけるため」だ。これも今回の作戦を成功させる要素のひとつである。


 陣形ジンケイとは、多分タブンに心理戦なのである。

 攻守のバランスのとれた方陣ホウジン、守りに特化した円陣エンジン、中央突破に適した魚鱗ギョリンジンなど。

 相手がどの陣形ジンケイをとったから、こちらはそれに勝てる布陣フジンのぞむ。

 それが陣形ジンケイ争いの特徴である。


 しかしクレイド大将とカートリンク軍務長官との「テルミナ平原の戦い」において、クレイド軍務大臣は戦いながら陣形ジンケイを変えている。


 これは軍事上“画期的”な出来事なのだ。


 戦いながら陣形ジンケイを変えると、移行中は無防備になりやすい。

 付け入るすきを与えず、応戦しながらの変化は、まさに戦場の動的ドウテキ側面を体現していた。


 そんな中でわが軍が薄い横長のジンを採用したのは、数の不利を補うためである。


 帝国軍と接する人数を互角以上にするには、厚みを考慮コウリョせず細長ほそなが布陣フジンするほかない。

 兵数三分の一では、ほかにとりようがないのだ。

 だから帝国軍もさして不信感を覚えず、納得してしまったはずである。


 これはクレイド軍務大臣を超える“流水のジン”の構えだとカイから聞いている。

 戦史には存在しない陣名ジンメイなので、おそらく“軍師”の発案だろう。

 急ごしらえとはいえ流動性の高さは比類なく、その変化はただただ見事としか言いようがない。


 帝国軍の作戦行動において、最も恐ろしいのが包囲殲滅センメツである。

 今回は三倍の兵力なので容易たやすく包囲できるはずだ。


 包囲されてこちらの機動力を奪われ、一対一で刺し違える状況におちいるとこちらが全滅ゼンメツしても帝国軍はなお二万が残るのである。

 だからわが軍は帝国軍に包囲されないよう、細心の注意を払って行動しなければならない。

 これはカイの戦術センジュツガンが試される局面でもある。


 兵法に通じていれば、今回のわが軍の陣形ジンケイや動きは奇異キイに映るだろう。

 なにせ少数の王国軍が重装歩兵で守りを固めず、軽装歩兵でのぞんだのだから。


 一説には武具防具が揃わなかったからだ、という理由もあるのかもしれない。

 しかし昨日は重装歩兵も騎馬兵も存在していた。


 つまり今日はあえて武具も馬も宿営地に置いてきたのだ。

 この兵種の偏りが戦局全般にいかような影響を与えるのだろうか。

 おそらくクレイド軍務大臣には理解できないかもしれない。

 そうであればわが軍が勝つ確率もひじょうに高くなるのだが。


 帝国軍はまだ動かない。

 やはりこちらの動き出しを待っているのか。


 “軍師”カイは四将軍と筆頭中隊長に、クレイド軍が仕掛けたわな馬防柵バボウサクの位置を正確におぼえさせている。

 だから機動戦が始まってもそれらに進路をふさがれる心配も少ない。

 また、こちらが弱みを見せ、ことさらに後退して穴倉あなぐらから引き出してしまえば、それらにさえぎられず自由な行動を得られる。


「ミゲル軍務長官閣下カッカ。各員配置につき、準備が整いました。きりを有効に利用するためにも逸早いちはやい決断をお願い致します」

 カイが作戦開始のときが来たと知らせてきた。


 いよいよ始まるのだ。

 クレイド軍務大臣と王国軍全将兵との最終決戦が。



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