第39話 決戦・ほぐれる緊張

「演習のときは、やれ東に行け西に行けとわれわれに指図さしズばかりしてご自身は口だけを動かしておられましたから、てっきりなまけ者なのだとばかり思っておりました」

 あまりのことに、ユーレムの筆頭中隊長はつい日頃から感じていた印象を口走ってしまった。


「私がなまけ者ですかぁ」

 おおげさにあきれてみせるカイを見て一同はどっと笑いだした。

 それにカイも加わる。


 私たちは此度こたびの戦で徹頭テットウ徹尾テツビ「ナラージャへ全面的に頼る」部隊行動が求められている。

 演習でもナラージャを私のすぐそばに置いて、本来なら不可侵フカシンの彼の中隊も大隊の一員として動かした。

 しかし半包囲や完全な包囲を完成してからは“無敵”のナラージャ筆頭中隊の独壇場ドクダンジョウである。


 それだけにいかに精強セイキョウなナラージャ筆頭中隊であっても、疲労を考慮コウリョに入れた運動が求められるのだ。


 おそらくクレイド軍務大臣も“無敵”のナラージャを警戒するだろう。

 もちろんナラージャも彼の中隊も皆一騎当千であり、その破壊力は王国随一ズイイチ

 だからこそクレイドは開戦直後から優先してねらってくるはずだ。


 王国軍もナラージャ筆頭中隊が倒された時点で決定的な攻め手を欠いてしまう。

 だがいつまでってもナラージャが名乗りをあげなければ、大軍対大軍の兵法で競うこととなるのだ。


 乱戦に持ち込めば、数の不利をくつがえも出てくる。

 統制された帝国軍もあらゆる角度から攻め立てられたら、瞬時の判断が追いつかなくなるだろう。

 クレイド軍務大臣をそこまで追い込めたら、彼は余裕を持てなくなっていつかほころびを見せるはずだ。


 皆の笑いがひととおり収まるを見てとると、軍務長官の顔に戻った。


「さて、気を取りなおそうか」


 視線が一斉に向く。

 静かにきらめく赤いひとみで皆をすくめる。


 私が高職を前面に押し出すとき、意図的に力を入れた赤い瞳でにらむようにしていた。

 ナラージャからも「巨竜に凄まれている感じがする」と称されるほど「恐ろしいにらみ顔」になるそうだ。


「帝国軍はカイ軍師の予測したとおり密集してひとつにまとまっている。おそらく戦端センタンが開かれても、容易に隊列をくずしはしないだろう」

 各人の顔を見わたして念を押す。

「今回の作戦の成否は、われわれがカイ軍師の指示へ忠実に従えるかどうかにかかっている。東へ西へ奔走しつつ全軍の運用を他の将軍と有機的に連動させることが求められよう。カイ軍師からの合図を聞きらすことのないよう注意してほしい。もし聞きらせばその時点でわが軍の敗北は定まってしまうだろう。とくに両翼リョウヨクのラフェル将軍とユーレム将軍の責任は重大だ」

 ラフェル将軍とユーレム将軍の表情が引き締まる。


 敵部隊と正面からぶつかる中央の私とガリウスの大隊はたしかに激しい反撃にさらされるだろう。

 だが両翼リョウヨクは自在にしかも的確に動きまわる必要があるのだ。

 カイはこの両翼リョウヨクの働きによって戦局が大きく変わると見ていた。

 そのためにギリギリまで演習を繰り返してきたのである。


 おそらく私とガリウスが両翼リョウヨクを率いたほうが作戦行動の難易度はぐっと下がっていたはずだ。


 しかし軍務長官として帝国軍に狙われる私が左右どちらかのつばさにいると、帝国軍を半包囲下に落とし込めないのである。

 ガリウスにしても、私が倒されたときの備えとしてそばにいなければならない。

 結局、実戦で半個大隊を率いるのは今日が初めてであるラフェル将軍とユーレム将軍に任せるほかないのだ。


 その場を退しりぞいてカイを招き入れた。

 そこに立った“軍師”カイは猛禽モウキンルイごとき鋭い目つきで、私を含めた四人の将軍と四人の筆頭中隊長を見据えながらおだやかな声で語った。


「皆様はまだ死にたくないでしょう。此度こたびいくさでは、目の前の状況から逃げることなく勇気をしぼって戦う以外に生き残る道はありません。悔いを残さぬよう、いさぎよいくさのぞんでください」


 皆が深くうなずくと各人カイの手をとり、健闘をちかいあった。



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