第38話 決戦・大局を見る男

「やはり帝国軍はひとつにまとまっていますね」


 一昨日おとといの夜に戦場の方位を示す旗幟キシを立ててきた斥候セッコウから受け取った情報に目を通したガリウスは、カイに意見をつのった。


「下手に分散しては先のいくさのように各個撃破される恐れがあります。斥候セッコウと伝令さえきちんと機能していれば、兵を分けて布陣フジンする必要などありません。そのことをクレイド軍務大臣はよくわかっているのでしょう」

 ずいぶんあっさりと答えられた。


 彼にはクレイド軍務大臣がどう行動するのか。あらかた見当がついていたようだ。


 帝国軍は先の大敗により、兵力分散を最も嫌うだろう。

 またカンベル山稜サンリョウのような大軍が動きづらい地形で挟撃キョウゲキや半包囲されるのもけたいところだ。

 となれば必然的にさえぎるもののないテルミナ平原で兵をひとつにまとめざるをえないのである。


 ここなら見通しがよく挟撃キョウゲキを受けにくい。

 また兵力差があるため、こちらの半包囲攻撃を未然に抑えるのも容易たやすいだろう。


 昨日きのうの見せかけだけの軍事行動でさぐりを入れてみたが、やはりこちらがどのように動こうとも一糸イッシ乱れぬひじょうに美しい方陣ホウジンきずいていた。

 ジンてはその将の才能を表すといわれている。


 あの規律正しく整然と統率された軍隊は、クレイド軍務大臣の非凡ヒボンさを証明しているようだ。

 思えばクレイド大将とカートリンク軍務長官閣下カッカとの「テルミナ平原の戦い」においても、クレイド軍はひじょうに整然としたジンてをしていた。


 あの構えを見ただけで、彼の非凡ヒボンさを見抜けなかったのは不徳フトクいたすところだ。

 もし見抜けていれば、カートリンク軍務長官閣下カッカをみすみすち取られずに済んだかもしれない。戦う前に撤兵テッペイする選択肢もあったのだから。


「軍師殿の見立てには恐れ入ります。それでは実際に戦火を交えたとき、帝国はどう動くとお考えですか」

 感服したラフェルの筆頭中隊長は今後の展望についてたずねてきた。


「こちらがどのように動こうとも、帝国軍は密集してひとつに固まってくるはずです。兵を小出しにすれば、われらに各個カッコ撃破ゲキハされる恐れがありますからね。こちらが攻め入るのを待ち構え、両翼リョウヨクを広げて一挙に反撃してくることでしょう」


「それではこちらに勝機がありませんね」

 わかりきったことをユーレムの筆頭中隊長が聞いてきたので、カイは半ばあきれながら答えた。

「相手がそうしてくることがわかっているのなら、こちらもそれ相応ソウオウの対策をとればよいのです」


「その策とは?」

 ガリウスの筆頭中隊長の問いかけにカイはただ笑っていた。

 三名の筆頭中隊長とも、実戦での部隊運用は私たち王国四将軍に比肩する能力を持っている。

 だが物事の先を見通す能力はまだまだ及ぶべくもないようだ。


 そもそも用兵には二種類ある。

 いかにして敵を崩すか“攻め”の用兵と、いかにして敵に崩されないか“守り”の用兵である。

 クレイド軍務大臣が“守り”の用兵にテッしている以上、こちらはいかなる手段を使ってでも帝国軍の陣構ジンがまえを崩す“攻め”の用兵を貫くほかない。


 私もガリウスも元来“守り”の用兵には定評テイヒョウがある。

 “攻め”については私の筆頭中隊長である“無敵”のナラージャへ全面的に頼ってきた。

 彼の部隊いや彼ひとりで敵指揮シキカンを確実に倒してくるため、私の率いる部隊は、その攻撃力を活かす戦い方に偏重ヘンチョウしていたといってよい。


 困り果てた三名の筆頭中隊長を後ろからながめていたが、

「なんのためにおれたちがこれまで演習を繰り返してきたと思うか」

 とナラージャが助け舟を出してきた。


「それでは、軍師殿は最初から帝国軍がここに布陣フジンすることをご存じだったのですか?」

「それに敵がひとつにまとまることも……」

 三名の筆頭中隊長とも、これにはひどく驚いている。


 それもそうだろう。


 戦う前から相手の配置を完全に予測するのは、神の所業ショギョウに等しい。

 先のいくさにおいて、戦うずっと前から敵の布陣フジン看破カンパしたことを知っている私たち四将軍からすれば「さすが」の一言で済まされよう。

 だが、初めてたりにする彼らはただ仰天ギョウテンするばかり。

 まるで異民族の“魔法”でも見せられているようなものだ。



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