第37話 決戦・最後の出陣へ

 “軍師”カイが代わりに答える。


「テルミナ平原以外を突っ切って、守る兵のいない帝都を落としてしまうサクです。ただ実際に落とす必要はありません。帝都が攻略されそうだとクレイド軍務大臣をあせらせて、いや怒らせてかな。冷静でいられないように仕向けて帝都から反転したわが軍を捕捉ホソクしようと移動してきたところをつのです」


「移動で疲労している兵と戦うので、考えもなしに正面決戦をいどむよりは勝率が高まります。問題点はわが軍が帝国側へ深く侵入しなければならないところにあるのです。また逆にクレイド軍務大臣に王都を攻め落とされかねません。その危険性を排除するのなら、クレイド大将にこちらの動きをそれとなく伝えればよいでしょう。王国軍は帝都へ向かっているのですよ、と」


 このサクは戦史をひもといて改めて気づいたものだ。

 過去、北方の異民族が大陸西部の国家から襲われてレイティス王国に助けを求めてきた。

 これに時の軍務長官は王国全軍を挙げて西部国家の首都を強襲キョウシュウした。

 それにより異民族を攻撃していた軍隊は、本国首都を防衛するために長駆チョウクしての帰国を余儀ヨギなくされたのだ。


 結果的に王国軍は首都攻めをしなかった。

 代わりに急いで反転してきた疲労の極致キョクチにある西部国家の軍隊を急襲キュウシュウし、完勝した事例があるのだ。


 もし今回このサクが使えたら、先に首都を落としたほうが勝つ。

 犠牲者を少なくして勝利できるだろう。


 しかし王国軍は数が少ない。


 仮に帝都をおとしいれても、守備兵を置いて帝国軍と戦うとなれば、今よりさらに少ない兵で戦わなければならないのだ。


 いっそ捨て身となって王都をあえて攻め落とさせてから、王都へ守備兵を残して反転してきた帝国軍をむかつ戦術もありうる。

 この場合、今よりも少ない帝国軍と戦えるので幾分有利にはなるだろう。

 だが、仮に勝ったところで、占拠センキョされた王都の奪還ダッカンには難渋ナンジュウするはずだ。


「それにクレイド軍務大臣が正面からの最終決戦にいどむ構えを見せているのに、それを無視なさるのは信義シンギにもとります。帝国軍は正式にわが軍へ挑戦状をたたきつけてきたのです。おそらくミゲル軍務長官閣下カッカと私に向けられているでしょう。逃げ出したり応じなかったりすれば、国際的な信頼を失ってしまいかねません。異民族が味方とはいえないまでも中立でいてくれるから、私たちは後顧コウコうれいなく決戦におもむけるのです」


 だからこのサクは数多くの利点がありながらも、現在の状況では採用しえない戦術なのである。


 クレイド軍務大臣はこちらの奇策キサクを封じるため、あえてテルミナ平原へ進出してきたのだろう。

 カンベル山稜サンリョウさそい込まれたら、また分進ブンシン合撃ゴウゲキで三倍の戦力差をくつがえされかねない。


 帝国軍は絶対に分散しない。

 その意図と覚悟があるから、王国軍より先に出撃して四方に森や山丘のない大規模戦闘に適したテルミナ平原へおもむいてきているのである。


 今回クレイド軍務大臣が先にテルミナ平原の下流域へ到着して戦場を設定した。

 ここは伏兵を置くのに適さず、わな馬防柵バボウサク敷設フセツする時間が持てているはずだ。

 その様子も斥候セッコウが収集して、私たち司令部はその位置を正確に受け取っている。

 王国軍に情報が筒抜つつぬけとわかっていても、すぐれた大軍の将は戦場へ先着して準備を整えるものなのだ。


「今からテルミナ平原へ全軍振り向けたとしても、おそらく開戦は翌日になるはずだ。おそらくそれまでにはクレイド軍務大臣も“中洲なかす”の朝霧あさぎりを経験しているだろう。彼ほどの才幹サイカンなら、われわれが朝霧あさぎりを利用してくると想定できるはず」

看破カンパされた戦術であっても、彼の想像のさらに上を行けばよいのです。そのために私は皆様に毎日演習を行なっていただきました。もちろんその中には帝国軍の内通者もいることでしょう。たとえ軽装歩兵しか出撃していないとクレイド軍務大臣に知られても、全軍がどのように動いているのかは、私と軍務長官閣下カッカ以外誰も知りません。だからこそ、わが軍は神出シンシュツ鬼没キボツの戦術によってクレイド軍務大臣率いる帝国軍を翻弄ホンロウできるでしょう」


 目の前にいる軍師カイ、ガリウス将軍、ラフェル将軍、ユーレム将軍へ向かい、軍務長官としての覚悟を語ろう。

 これは国王陛下への誓いでもある。


「今からテルミナ平原へと出発する。各自兵士を王都の城外に集結させよ。現地には夜に到着し、宿営ののち兵士たちをひと晩よく眠らせること。翌日はきりが晴れてから軍を進め、帝国軍に正面決戦をいどむかのように振る舞ったのち、戦わずに宿営地へ戻って夕刻で食事してすぐに眠らせる。そして未明に兵士を編成して、朝霧あさぎりのうちに行動を開始するのだ。クレイド軍務大臣は受けて立つ側だから、こちらがいついどんでくるか計りかねるはず。そこにわが軍の活路がある。ただちに出陣シュツジンだ」


「はっ!」


 これが王国軍の基本戦術であり、今回のいくさの生命線でもある。

 将軍たちに再確認させて、念を押した。


 激戦が予想される最終決戦でクレイド軍務大臣を仕留められるのか。


 おそらく彼に同じ戦術は二度と通用しまい。

 だからこそ、この一戦にすべてをけなければならないのだ。



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