第七章 雌雄決すべき刻

第36話 決戦・勇者との決戦場

 このたび軍務大臣に就任したクレイド大将率いる二万九千の帝国軍がテルミナ平原で宿営した。


 その知らせが“中洲なかす”を監視していた斥候セッコウからただちに王都へ届けられた。


 エビーナ大将、ヒューイット大将、マシャード大将の三名は誰ひとりとして軍務大臣職に就いていない。

 レブニス帝があえて軍務大臣職を空席にしていたと見てよかろう。

 それもおそらくはクレイド大将のために。


 軍を率いる大将がクレイドひとりしかいないのだから、彼を軍務大臣にえたとしても誰からも批判されないはずだ。


 皇帝はこの事態を想定していたのだろうか。


 仮に前回の戦で王国軍が敗北していたら、勲功クンコウ第一の大将が軍務大臣の地位に就いていた可能性が高い。

 となれば皇帝は無意識のうちにヒューイット大将とマシャード大将に失敗してほしかったのだろうか。


 しかし現段階でこの仮定は無意味だ。


 事実、ヒューイット大将とマシャード大将は戦死し、クレイド大将ひとりが生き残った。

 だから軍務大臣に任じられた。

 王国側からわかるのはその事実だけである。


 考えればレイティス王国だって、生き残った将軍は私とガリウスしかいなかったから、結果的に私が軍務長官となったのだ。

 戦乱の世では、つねに戦果によって人事が決まる。


 戦時の英雄は政治的影響力が平時とは段違ダンちがいである。

 いくら平時に活躍した能吏ノウリであっても、英雄にはかなわない。



 知らせを受け取った王国では、軍務長官執務室にランドル国王陛下とムジャカ宰相サイショウも同席する中、全将軍による作戦会議が開かれている。

「ボッサム帝国は全軍二万九千をテルミナ平原の下流域へと進め、大規模戦闘にいどもうとしております」

 ムジャカ宰相サイショウがいつもどおりに述べあげる。

 いつもと異なるのは、ここが全官僚も参加する謁見エッケンではなく、軍事のみを扱う軍務長官執務室だということだ。


 官僚には今回クレイド軍務大臣から出された挑戦状を受ける資格がない。


 軍事上の権限を持つ軍務大臣の挑戦状は、同じく王国の軍事上の権限を持つ軍務長官つまり私と“軍師”カイに出されたものだ。

 そして王国側はこの挑戦を受けるつもりであると全官僚が心得こころえていた。

 そのために毎日演習を繰り返してきたのだから。


 今回クレイド軍務大臣が出撃してきた地は先の戦場より下流にあたるため、前戦で原形をとどめていなかった遺骸イガイや武具装具が散乱していない。

 平原特有の環境として林や背の高い草がないため両軍の動きが丸見えとなる。

 伏兵フクヘイ奇襲キシュウを仕掛けることはできず、背後や側面からの挟撃キョウゲキ逸早いちはやく察知できるのだから、先着したほうが有利になる。


 先の戦いにおいてクレイド軍務大臣が王国軍の側背ソクハイ強襲キョウシュウできたのは、こちらが前がかりとなり側背ソクハイへの備えがおろそかになっていたからである。


「カイ軍師の想定どおりだな。このまま王国全軍をテルミナ平原へ進めるのは少し躊躇ためらわれるが、それでは今日コンニチまでの演習が無駄になってしまう。厳しい戦いは覚悟のうえで、決戦に打って出るほかないだろう」


「いよいよですね」

 ガリウスが気をはやらせて興奮していた。カイの訓練が活かされる状況に勝利を確信したのかもしれない。


「カイ軍師、ひとつ提案なのだが」


「なんでしょうか、軍務長官閣下カッカ


「帝国軍は全軍をもって“中洲なかす”のテルミナ平原下流域へと攻め込んできた。その裏はかけないだろうか」

「かけなくはありません。一時的な効果はあげるかもしれませんが、今回前提となっている戦術を活かせなくなってしまいます」


 ランドル国王陛下が興味深げにたずねてきた。


「ミゲル長官、裏をかくとはどのようなサクか」



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