第34話 雌伏・秘密の作戦

「今回は軽装歩兵だけで軍を構成いたします」


 それは唐突な編成であった。

「軽装歩兵だけでか?」

「さようです、ミゲル軍務長官閣下カッカ


 この場にいる将軍たちが編成の利点をあれこれ考えて始める。


「全員弓を持てるから、遠距離から攻撃してじわじわと削っていく戦術では?」

「いや、相手の重装歩兵がすべて大盾おおたてで防いでしまうな」

「重装歩兵といえば槍衾やりぶすまの攻撃が強力です。軽装歩兵なら移動が素早いから、槍をけて一気にふところもぐる、というのは?」

「重装歩兵も小剣ショウケンは持っているからね。いざ近接戦となればよろいの分厚い重装歩兵のほうが有利でしょう」


 カイはニコニコしながら議論の活発さをながめている。


 おそらく自分の考えた戦術には誰ひとりたどり着けないと確信しているのだろう。


 国王陛下も真剣な表情で考えている。

「こんなのはどうじゃ? 軽装歩兵をここにいる四将軍で分割し、戦場で円を描きながら帝国軍の布陣フジンが乱れたところを攻撃していくというのは」

「国王陛下、おれれ入りました。確かに機動力を活かして敵の弱点をねらえば、確実に敵を減らしていけますね」


 ただこの作戦には弱点もある。

「ですが陛下。その作戦ではわが軍の疲労が早期に蓄積チクセキして、すぐに作戦の継続が困難となりかねません」

「ミゲル軍務長官、これでは駄目だったか」

「いえ、機動力を活かすお考えは悪くないと存じます。ですが陽動のために無駄な動きが増えるのはけたいところです」


 このやりとりである案が浮かんできた。


此度こたびいくさ朝霧あさぎりを味方につけて、こちらの動きを隠蔽インペイできました。もし帝国軍がこちらの動きを視認シニンできないのであれば……。帝国軍の反撃を考慮コウリョしないで、機動力を活かした戦い方ができるかもしれません」


 カイがにわかに顔を引きつらせた。


「その手があったか! 此度こたびの勝因を再び用いても、帝国軍にすぐ看破カンパされるとはかぎらない。またわかっていたとしても、現実問題として見えない敵と戦うのは達人でも難しい」


「あーはいはい。そこまででよろしいでしょう」

 ややあきらめ顔をしながらカイは答えた。


「ということはよいところまでサクられていたということだな、カイ軍師」

「陛下とミゲル軍務長官閣下カッカのお考えを混ぜれば、七割方はそのとおりです」

「ははは、の戦術眼もまだまだ捨てたものではないな」

「陛下、感服カンプクいたしました」

 さすが陛下は軍事に明るい。王太子時代に前線で活躍したのもうなずけた。


「しかし、正解はどのような戦術となるのか。今ひとつピンと来ないのだが」

「全軍の機動的な動きは、すべて軍師である私の指示に従っていただきます。ミゲル軍務長官閣下カッカとガリウス、ラフェル、ユーレムの各将軍は、私の指示を瞬時に理解して隊列と行動を変化させてください。今はこれしかもうせません」


「軍師殿、せめてには教えてくれないか?」

「陛下といえどもお教えいたしかねるものもございます。とくに今回は帝国最強のクレイド大将を翻弄ホンロウしようとするもの。わずかでも作戦が漏れてしまえば成就ジョウジュしないでしょう」

 そこまで秘匿ヒトクされるサクに興味がいたが、今は合図による行動の重要性を徹底するべきだろう。


「ではわれわれはカイ軍師の指示を聞き、それで瞬時に陣形ジンケイを変えていくよう訓練するべきだな。作戦自体はカイ軍師の頭の中にしかない。タイミングがわかるのもおそらくカイ軍師しかおるまい」

「ミゲル軍務長官閣下カッカのおっしゃるとおりです。皆様には、私が発する合図から指示を読み取ってすかさず陣形ジンケイを変えながら戦場を移動していただきます」


「ということは、私たちは将軍の位にあっても、自らの意志で部隊を操れない、ということですか?」

「ラフェル将軍、そのとおりです。今回の作戦は、すべて私の頭の中にあります。皆様には私が発した銅鑼ドラ太鼓タイコの合図に従って動いていただきます。いっさい疑念を持ちませぬよう」


「しかしそれではわれわれ兵を率いる者にも全体の行動がわからないのではありませんか?」

「ユーレム将軍の不安もわかります。しかし、わからないのは帝国軍も同じなのです。いえ、帝国軍こそこちらの真意が読み取れず、戸惑とまどいを隠せないでしょう。そのためこちらの出方を観察するしかなくなるのです。これでたとえクレイド大将であっても、こちらの行動を把握ハアクできなくなります」


 場を収めるために一声投げかけた。 


「会議はここまででよかろう。あとは実際に銅鑼ドラ太鼓タイコのどの合図で、われわれがどのように動けばよいのか。演習で繰り返し頭と身体にたたき込むしかない。機動力を活かしたいくさというのは、わずかでも躊躇チュウチョしてはならないのだ。全軍のバランスと指示はカイ軍師に一任しよう。皆もそれでよいな」


「はっ!」


「ではさっそく演習を開始する。各自、己の部隊を召集して一刻ののち演習場に集合せよ」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る